第5話 欲望
提案を受け入れた彼女はソファーに座った。俺は、机の上に置いてあったコンビニの袋を手に取り、転がっているコンクリートの大きな残骸の上に座り、彼女の観察を始める。未来人がどんな飯を食べるのか気になるのはしょうがないことだろう。ソファーに座っていた彼女は、どこからともなく缶詰を取り出し、缶詰を開けていた。
(いったいどこから取り出しんだ。というか缶詰だけか?)
「そんなにじっと見られると食べづらいのだが」
「悪い。何を食べているんだ?」
食べていたビスケットのようなものをゴクンと飲み込み、
「乾パンだが、この時代では珍しいのか?」
「いや、珍しくない。なんでそんなもの食べてるんだ?もっと安くてうまいもの幾らでもあるだろ」
「未来では最低限の食料しかない。【欲望に取り憑かれたもの】(ディザイアー)のせいで、世界中が 戦争時以上に荒んでいて、食料が充分に無いんだ。毎年人口の5%が餓死している。私は食料が国から毎日支給されていてかなり恵まれている方だ」
暗い顔をして彼女は告げた。地雷だった。まさか、未来がそんなことになっているとは思わなかった。未来は今よりもっと豊かだと、どこか楽観的に決めつけてしまっていた。そんな先入観さえ無ければ、察することが出来たかもしれないのに。俺が何も言えずにいると、
「すまない。暗い雰囲気にしてしまったな。でも君が気にする必要はない。そんな状況であってもみんな希望を捨てずに頑張って生きているからな」
ぎこちなく笑ってそう言った。
「そういえば、まだ名乗っていなかったな。私の名前は神月 玲羅だ。しばらく共にすることになるからな、玲羅と気軽に呼んでくれ。君の名前は?」
「俺は矢鳴 渦閃。しばらく共にするって言うのは?」
「昨日の【欲望に取り憑かれたもの】はどうやら君、じゃなかった。渦閃を狙っているようだからな。しばらく渦閃のそばに居ることになる」
(これが俺を探していた理由か)
「俺を狙っている?そもそも昨日のアレは倒したんじゃないのか?」
「あと一歩のところで逃げられたんだ。戦闘中ずっと渦閃のことを見ていたから、何か渦閃に対する執着から【欲望に取り憑かれたもの】になったのかもしれない。すまない、昨日殺しておけば渦閃に危険が及ぶことも無かっただろう」
「いや、玲羅のおかげ命拾いしたんだ。俺がお礼をする理由はあっても、玲羅が謝る理由なんてどこにもねぇよ」
「そうか」
話に夢中になって飯喰うの忘れてた。今にも食事を終えそうな玲羅を見て、慌てておにぎりを食べ始める。おにぎりを食べながら、ついさっきの言葉について考えてしまう。
(俺に対する執着。さっきの口ぶりから察するに執着が人間を化け物に変えるようだが、あの狼は俺が原因なのか)
お茶を飲んで、二つ目のおにぎりを一口食べた時、ふと視線を感じた。玲羅のほうを見ると、乾パンを食べ終えこちら見ていた。正確には俺の手にあるおにぎりを。ものすごく欲しそうにして。
「よかったら、これ食べるか?」
そう聞くと、一瞬嬉しそうな顔をした後、いつもの凛とした表情に戻って
「貴重な食料を人の分まで食べるような真似はしない」
「いや、この時代じゃそこまで貴重ってわけじゃないし」
「それでも、人の分まで食べようなどという意地汚い考えは持ち合わせていない」
そう言いながらも目線は俺の手元のおにぎりで、言い終えた時に後悔の表情を浮かべる姿に俺は必死に笑いを噛み殺した。
「そうか、それは困ったな。いまは食欲がなくて、これ以上食べられない。捨てるしかないか」
「なんだと。そんな勿体ない事していいはずがないだろ!」
「なら、代わりに食べてくれないか?」
その言葉を聞いて、目を輝かせながら、ゴクッとのどを鳴らして
「仕方ない。捨てるなんて行為を認めるわけにもいかないし、なにより、そこまで頼まれては食べるしかないな」
笑顔でそんなことを言った。
思わず噴き出して笑ってしまい、顔を赤くした玲羅に「何がおかしい」と睨まれた。
玲羅は、幸せそうな顔をしておにぎりを食べた後、半分ほど残っていた俺のお茶も全部飲んだ。俺の胃は物足りないと訴えていたが、胃を満たす以上の満足感を得たので、たいして気にならなかった。玲羅は、ゴミをしばらく名残惜しげな表情でみていたが、キリッといつもの凛とした表情に戻り俺の方を向いた。
「それでは、話の続きを再開することにしよう」
「ああ、確か、世界中の人間はウイルスに感染していて、俺が化け物になるかについては俺次第って話だったな。どういうことなんだ?」
「そのウイルスは、強い欲望に反応して、遺伝子レベルで身体を再構築し、人の手には余る異能を与える。そして欲望や能力に思考を支配された人間は、意識を、記憶を、理性を失う」
「つまり、俺が、感染している人間すべてが、化け物になるかは、ウイルスが反応するほどの強い欲望を抱くかどうかってことか。そのウイルスが反応するほどの強さってのは、どれぐらいなんだ?」
「はっきりとは言えないが、心の底から思った時や、その欲望を中心に行動や意思決定を行うような場合だ。そしてウイルスは、どす黒い、醜い、浅ましい欲望に対してより反応する」
「さっき、化け物になるではなく異能を与えるって言ったよな。それは、ディザイアーの中には人間の姿をしたやつもいるってことか?」
「そうだ。私も人間の姿をしながら異能を持っている。だが、私は【欲望に取り憑かれたもの】ではないし、これから先も【欲望に取り憑かれたもの】になることはないだろう」
(玲羅も異能を。どんな異能か気になるな。それと異能を得たってことは、何か強い欲望を持っているってことか)
「玲羅とディザイアーの違いはなんだ?」
「私は異能に目覚める前に、抗ウイルス剤を打っているため、ウイルスによる欲望増幅を抑えられている。また力を得ることでの精神変化に対する訓練も受けている。だから異能を持っているといっても、私の意識が奪われることはない」
「なるほどな。なんとなく分かってきたぜ。じゃあ、話は変わるが、何のために未来からやってきたんだ?」
「人類を救うため、未来を守るためだ。未来予知系の異能を持っている者達によって分かっていることだが、人類は西暦2507年に滅ぶ。その原因はウイルスがこの星の欲望を叶えることで、この星にとって人類が有害であるかのように、人類が生きられない環境へと変わる」
「ちょっとまて。地球に意思が、欲望が、あるってのかよ」
「わからない。だがウイルスは、人の欲望によって人に異能を与えるのとともに、自身も進化させていった。最初は動物の強い本能にも反応するようになり、動物を怪物に変え、次に植物の意思にも反応したかのように、一部の植物を進化させていった。そして最後に、2507年7月19日13時49分に、地球が変貌する。」
「そんなことが」
話のスケールにもだが、地球に意思がある、その事に呆然とするしかなかった。