第1話 邂逅
「ぁ、はぁ、ったく、なんで。夢でも、見てんのか!」
少年は息を切らせながら、他に人がいない薄暗い夜の路地を全力で駆ける。振り向けば少し後ろから優に3mは超えるだろう巨大な狼、ただし後ろ脚だけで立ち前脚を腕の様に構えるその様は正確には狼男というべきか、が追いかけて来ている。細い路地を何度も曲がり振り切ろうとするが、単純な速さで狼に敵うはずがない。巨体ゆえに小回りが利かないのか、細い路地を利用して追いつかれないようにするのがやっとである。道に置かれているゴミ箱を蹴飛ばし狼の走行を少しでも邪魔しよう試みるが、前足から伸びる鋭い爪で即座に切り裂かれ1秒と時間を稼ぐこともできない。
(助けを呼ぼうにも近くに人がいそうな場所はねぇし、逃げ切ることも不可能。やられるのも時間の問題……か。つか、なんで俺がこんな目に。)
いつもと同じくピピピという目覚ましの電子音で目を覚ます。「寝たりねぇ」とぼやいて時間を確認すると7時丁度だ。軽く部屋を見回すと、見慣れた寮の自室だ。ゆっくりとベッドから起きだし、いつも通り制服に着替えて寮の食堂に向かう。食堂に入ると、食堂に居たほとんどのそれまで普通に食事をしていた奴らが怯えた視線をよこしやがる。それらを無視して、お金を払って朝食の乗ったプレートを受け取り、近くにあった席に座る。
|(あぁ、くそ。どいつもこいつも、いつものことだがイラつく。てめぇらに危害加えたことなんて無いだろうが。)
「どうしたの渦閃(わせん)?そんな怖い顔して」
そこに柔和そうな笑みを浮かべ、朝食の乗ったプレートを持って現れたのは火束 鋼(ひつか こう)、成績優秀・スポーツ万能・誰からも好かれるような性格で人望もあると、絵に書いたような優等生に加えイケメンで、俺の数少ない友人の一人だ。なぜこいつが俺の友人やっているのか本当に不思議だ。
「この顔は生まれつきだ」
「あはは、渦閃だって生まれた頃はもっと可愛かったと思うよ」
冷たく言ったのだがそれを気にすることなく、女性なら向けられただけで惚れてしまいそうな笑顔で返してきやがる。男に可愛いとか馬鹿にしてんのかと思うが、鋼からそういった意図は感じられない。ただ単に思ったことを言っているだけだ。そもそも、こいつが誰かに対して悪意を向けたのを見たことが無い。
「俺にそんな頃はなかった」
「わからないだろ。それより知っているかい?最近行方不明者が続出してるって」
「しらん。そんなの関係無い。行方不明になるやつの勝手だ、行方不明になりたいから行方不明になってんだろ」
「君らしいね。でも、もっと周りに関心持ったらどうだい?」
「最低限周りに関心は持っている。ただ身近では無いことまでは知らんと言ってるだけだ」
「それが案外身近なことなんだよね、うちの学校の生徒も行方不明になっているんだよ」
「ふーん。うちの生徒がね。でも偶々だろ。他の行方不明者とそのいなくなった生徒が関連している証拠がない」
「行方不明者が続出してるって状況で、行方不明者が出たら関連付けるのは普通じゃないかな?」
「たかだか行方不明だ。殺人じゃない。それに知られていないだけで全国で毎年何万人と行方不明になってる。それに続出してるっていうがどれぐらいの範囲でどれぐらいの人数なんだ?」
「詳しくは知らないけど、まだ5月だって言うのに2万人近くが全国で行方不明になっているらしいよ。それに行方不明になった人はその直前まで普段と同じ行動をしていて、皆突如としていなくなっているんだよ。さっき渦閃は行方不明者の勝手だって言っていたけど、自分からいなくなるような人の場合なら、悩んでいたとか兆候が見られんじゃないかな」
(約1カ月で2万?ありえんだろ。勘違いしてるのか。)
「その数字間違ってんじゃないのか?」
「ううん、確かに2万人であってるよ」
(やけに自信を持って言い切るな、勘違いじゃないってことか?)
「確かに異常だが全国規模って時点で事件性皆無だろ。どうやったらそんな規模で事件を起こせるって言うんだよ。周りが兆候見逃がしただけかもしれないだろ。それに人は自分が思っている以上に他人のことを知らないものだ」
「そうだね。事件性は無いに等しいのかもしれない。兆候も単に見逃しだけかもしれない。だけどそうじゃないかもしれない。この話僕は興味深いと思うけどな。渦閃は気にならない?」
全く気にならない訳じゃない、そう答えようとした時
「あっ、もうこんな時間だね。それじゃまた学校で、さぼったりしちゃだめだよ。」
そう言って鋼は足早に去って行った。俺も言われて時計を見ると8時過ぎたくらいを指していた。「やばっ」慌てて残っていた朝食を胃に流し込み、準備のために自室に戻った。ここに来てもう1カ月か。