恋と魔物
小さい時から見る夢。
それは女の人が泣いている夢だ。
☆
俺は対して強くないのに、魔物狩りをして生計を立てている。
狙う魔物は、俺でも倒せそうなレベル。
貰える賞金も少ないんだけど、命まで賭けて魔物狩りはしたくない。
大物を狩ると賞金も大きい。
魔物狩りのランクも上がる。
だから多くの魔物狩りは大物を狙う。
ちなみに俺のレベルは下から二つ上の、Dレベル。
魔物っていうのは、自殺した人間が変化した状態だ。恨みをもって死ねばそれだけ強い魔物になる。その上、恨みのまま人を食らえば、力は増すばかりだ。
大物の魔物はつまりそれだけたくさんの人を食ってきたもの。
魔物にも色々あって、人を食わずに悪戯だけをする魔物もいる。こういうのは大概子供や女が成り果てたものが多く、魔物狩りの対象にならない。
魔物狩りの対象になるのは、人にとって仇をなし、権力者が金をかけて狩りを協会へ依頼するものだ。そしてある程度は強い。そうじゃないと、普通に狩ることができて、依頼の必要がないからだ。
そう、俺は魔物狩りの中では弱いほうだけど、普通の奴らよりは強い。だから、魔物狩りになった。最初は色々頑張ったけど、力の差を見せつけられて、今のポジションに落ち着いてしまった。
「よっし!」
「また、ちんけな魔物狩りの依頼かあ。リエルもいい加減、もう少し上を狙えばいいのによお」
狩人協会の受付のじじいが呆れたように俺に声をかけてきた。
俺が掲示板から引きちぎった魔物狩りの依頼は、人は殺していないが領主の怒りを買って、魔物狩りの対象となったものだ。
人を食っていない魔物、大概は弱いけど領主の手に負えなかったと思うと、俺にしてはちょっと難易度が高いかもしれない。だけど、人を食べていない魔物だから、力は知れているだろう。
人を食べると魔物のレベルは一気に上がる。
俺の力では、五人以下の人を食った魔物を相手にするのが精一杯だ。
「じいさん、俺はまだ死にたくないの。だけどもう、魔物狩り以外の稼ぎ方わかんねーからさ。じゃあ、とっとと終わらせて戻ってくるから」
通常一つの依頼に一人もしくは一つのパーティーが当たる。
もっぱらそんなに強くない魔物を相手にするから、俺は一人で動く。パーティーを組むと賞金を分配する必要もあるし、ある程度賞金をもらわないと稼ぎにならない。
だから、俺は一人でちょっと頑張れば倒せる魔物を相手にしている。
掲示板に貼られた依頼を引きはがすことが、依頼を受ける意味になる。
一か月以内に狩り完了の報告がない場合は、未完ということで、また依頼書が掲示板に貼られる。そうなれば、早い者勝ちだ。
大物の魔物に対してはそういうこともあるが、大概は一か月以内でケリがつく。
「えっと、魔物は女型かあ。やりにくいなあ」
人を食えば、食うほど魔物は人の外見から離れた存在になる。目が三つあるもの、腕が数本、羽根や尻尾が生えているもの様々だ。
人を食っていなければほとんど人の姿と変わらない。
それでも依頼を受けたのだから、その魔物を狩らなければならない。
☆
「あんた、アンナさんを殺しにきたの?」
依頼があったロレランダ領の領主を訪ねて、領内に入ると領民に囲まれた。
大概の魔物狩りは武器を携帯している。鎧を付ける者もいるので、魔物狩りは目立つ。それぞれ独自の恰好をしているため、兵士や騎士にも見えない。そのため、魔物狩りは直ぐに見た目で見破られる。
俺は革の鎧を身に着け、背中に剣を背負っていた。
だから、魔物狩りと見破られたに決まっているだろうが、なぜかとても友好的ではない。
だいたいアンナさんとは?
魔物の名前か?
俺は有害な魔物を狩りにきている、はず。
だからきっとアンナは魔物じゃない。
「マーティンのやろう。逆恨みで魔物狩りを呼んだのか?」
「ふっざけんな」
答えに迷っているうちに、俺の疑問は解消される。
狩りの依頼の魔物はアンナだ。
「おやおや、なかなか来ないと思ったら、こんなところで捕まっていたんだね」
「マーティン様!」
男が現れると突然俺を囲んでいた領民たちの様子が一変した。
マーティン様。
俺の依頼主は領主だ。
領主にしては若すぎるし、名前も違う。
「道案内しようと思っていたのですよ。マーティン様」
「そう?僕の悪口をいっていたように聞こえたけど。だいたい、アンナって誰なの?あれは、名を持たない魔物だよ」
「マーティン様、失礼いたしました」
「それではわしらはこれで」
俺を囲んでいた領民たちは、勢いを失い散り散りになって、いなくなった。
「本当、低能な人達は困ったものだ。君は魔物狩りのリエルだろう?領主の館まで案内しよう」
「ありがとうございます」
なんだか、嫌な奴だな。
こいつ。
俺は何もされていないにも関わらず、男マーティンに悪い印象を抱く。
けれども依頼を受けたのは俺だ。
さっさと魔物を退治して、賞金をもらおう。
願わくば魔物が、魔物の形をしてほしいものだけど、この様子じゃ無理だろうな。
☆
その魔物は恋心を食べるようだった。
領主の息子マーティンに恋に落ちた女性から悉く恋心を奪い食べつくしてしまったそうだ。
恋心を失った彼女たちは、領主の息子としてマーティンを敬うことはあっても、それは恋人としてではなかった。
それでマーティンは興味を失ってしまい、別れた。
こうして三度も恋人を失った。
三度目は一週間前で、彼の我慢が限度に達した。
駆除をすることに決め、狩りの依頼を協会に出したそうだ。
「恋、ですか?」
「疑っているね?その目は。それじゃあ、実際に見てもらおうかな。新しい恋人候補は見つけてあるから」
「恋人候補?」
恋人って好きになって作るもんじゃないのか?
恋人なんていたことはないが、周りを見ていればわかる。
恋に落ちた同士がお互いの気持ちを確かめ合い、恋人という関係になる。
恋人になるには恋することが大事じゃないのか?
となると、この領主の息子はすでに新しい恋を見つけているってことか……。
節操ないなあ。
っていうか、別に恋心を食われていいんじゃないか?
俺はすっかり魔物を狩る気を失ってしまった。
だが、依頼は依頼だ。
気を取り直して、マーティンの後に続いた。
「あの子、可愛いでしょう?」
連れていかれた先にいたのは、少女期をやっと出たばかりの子どものようなメイドだった。
「僕はあの頃の年ごろの子が好きなんだ」
マーティンが年若いメイドに近づく。
何かがおかしかった。
メイドの肩に触れ、何かを囁いたとたん、メイドの表情が変わる。
その大きな瞳は潤み、頬はピンクに染まる。
まさに恋する乙女がそこにいた。
「ねぇ。ロサ。僕のこと好き?」
「はい。マーティン様」
少女は大人びた表情になり、うっとりと返事をしていた。
おかしい。
さっきは普通の表情だったのに、なんで急に。
「リエル。僕の五番目の恋人だよ。今度は最後まで一緒にいられるように、ロサを魔物から守ってね」
「……はい」
人を魔物から守るのは魔物狩りとして当然のことだ。
だけど、しっくりこないのはなんだ?
「おお、マーティン。ここにいたか。探したぞ。おお、これは魔物狩りの方か!」
マーティンを二十歳くらい歳をとらせたような男が現れた。
立派な髭を蓄え、来ている服装も高そうなものだ。
この人が領主か。
「領主様。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。魔物狩りのリエルです」
この人が俺の雇い主だ。
マーティンが少しおかしいとしても、この領主はまともそうだ。
「父上。ほら、見てください。僕の新しい恋人です。ロサです。今度は最後まで一緒に過ごせるようにリエルにロサを守ってもらう予定です」
「お、おお。そうか、よかったな」
答える領主の顔が少し怯えたような見えたんだけど、気のせいか?
「リエル。よろしく頼むな」
「はい」
恋を食べる魔物、本当に狩る必要はあるのか?
俺は対象の魔物が出るまで、領主の館に滞在することになった。
少女ロサの警護なので、お客様待遇にはならないけど、美味しい飯にありつけた。
二十四時間張ることは、俺にもできない。
出るものは出さないといかんし、食事も必要だ。
その間だけ、領主が雇っている兵に護衛を頼む。
ロサは残念ながら監禁みたいな状態になっている。
食事を運ぶのも、領主の息子マーティンがしている。
何か、胡散臭い感じがする。
だけど、あまり踏み込みたくない。
俺は、恋を食べるとかいう魔物を退治すればいい。
それだけを考えろ。
そう言い聞かせて、兵に護衛を任せて食堂で食事をとっていると、
「あ、あの、これを」
すれ違い様にメイドから紙を渡された。
「え、あの」
一瞬恋文かな、と期待したけど、必死な形相で逃げるように食堂からいなくなった。 だから絶対に違う。
とりあえずたたまれている紙を開いて中を読んでみる。
『ロサを助けて。お願いします。あの子は騙されています』
紙にはそう書かれていた。
騙されている。
そうは見えなかったけど、おかしかったのは確かだ。
ロサはまだ子供のようだった。
はっきり言って、あのマーティンの恋人というには幼すぎる。
俺にも少しばかりは正義感をかき集めて、部屋に戻ると扉を叩いてみた。
「マーティン様?」
「違うけど、ちょっといいか?」
「えっと、あなた様は、魔物狩りの方?」
「そうだ」
「ごめんなさい。誰とも話さないようにマーティン様に言われているんです」
扉を少し開けて、ロサは話をする。
部屋の中が暗いせいか、顔色が悪く見える。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫です」
「ロサ!ダメだよ。出てきたら」
ふいに声がした。
気配がしなかった。
そういえば領民に囲まれている時も突然だったな。
「す、すみません」
「あ、ロセを怒らないでください。俺が扉を叩いから」
「怒るわけないよ。そんな馬鹿な事を言うのはやめてくれ。僕がロセを怒るわけないだろう?それよりも、どうして、そんなことを?君はあの魔物が来ないように、扉の外で見張っていればいいんだよ」
「……わかりました」
雇い主の息子に逆らってもしかたない。
ロサって子も少し疲れているみたいだけど、騙されている感じはしない。
本当に好きなんだろうな。こいつを。
「さあ、ロサ。寂しかったでしょう?僕が話をしてあげるよ」
マーティンはロサの肩を抱き部屋の中に入っていった。
その直後、室内の何かが割れる音、そして悲鳴が響く。
「どうしたんですか?マーティン様、ロサ!」
扉を叩くが反応はない。
これだけ騒いでいるのに、誰も様子を見に来ない。
おかしい。
俺は扉を蹴破って中に入った。
そこにはもう一人女がいた。
「……アンナ」
口から彼女の名前が漏れる。
今朝聞いた名前だからじゃない。俺はその女の顔を見て、そう思った。
よく見る夢の泣いている女にそっくり。
違うところは、髪色と瞳の色。
夢の女は、茶色の髪に茶色の瞳していた。
目の前の女の髪色は黒で、瞳も黒色。
魔物の特徴と合致する。
「あんたも本当、懲りないねぇ」
魔物は歌うように話す。
「またまた恋。美味しくなさそうな恋心だよ。まったく」
「近づくな!魔物め!」
「ははは。あんた面白いこと言うね。あんたも魔物なのに」
「ふざけるな。僕は人だ」
そうか、それでしっくりいった。
マーティンは魔物だ。
恋をさせる魔物だ。きっと。
そしてそれを食べる魔物が……アンナ。
「おや?……あんたは」
アンナが俺を見て、目を見開く。
「嫌な顔だねぇ。本当、嫌な」
アンナは吐き捨てるように何度も繰り返す。
だけど、その表情に俺は惹きつけられる。
こんな顔、俺は見た事なかった。
記憶の彼女はいつも儚く笑うだけ、こんな自然で可愛らしい彼女は……
「人を食べた事なかったけど、あんたなら食べてもいい」
「はは、それはいい。ロサから恋心を奪わず、その男を食べるといいよ」
「うるさいよ。あんたは。ロサからは恋心、偽物で美味しくないものだけど、いただくよ」
「させるか!」
「ふふふ」
長い真っ黒な爪が伸びる。
唇はとても赤い。
美しい。
とても。
「魔物狩り!君の仕事じゃないか。早く魔物を狩ってくれ」
「魔物狩り。あんた、魔物狩りか。ははは、また私を殺すつもり?」
「また、殺す?」
何を言っているんだ?
俺が彼女をまた殺す。
だって、魔物になったのだから、彼女は自分で死んだはずなのに。
頭が痛い。
「魔物狩りぃいい!」
アンナの黒い爪が伸びる。
そしてロセの中から何かを取り出した。
俺は「アンナ」を狩らないといけない。
仕事だから。
だけど、俺はただ彼女のすることに見惚れていた。
「くそ!魔物狩りが!」
マーティンが動き、アンナからそれを奪おうとするがその前に彼女がその桃色の何かを口に含む。
「まずい。だけど、ご馳走様」
「あれ、私。え、ここは?」
ロサが目を覚ましたようなように口を開く。
まるで先ほどまで夢を見ていたような感じだった。
「ま、マーティン様。申し訳ありません。申し訳ありません。ご容赦ください!」
ロサの熱に浮かれていた状態はどこにいったのか、怯えたように頭をさげる。
「あーあ。またしてやられた。くそ、魔物狩りが。役に立たない。協会にまた人を呼んでもらう。いやいや、必要ない。そうだ、そこの魔物。そいつあげるから、二度と僕の恋人から恋心を奪わないと約束してくれる?」
「そんな約束しないから。あんたが恋心を植え付ける様子は本当に吐き気がする。私はあんたが誰かに狩られるまでは邪魔をし続けるから」
「そうか。だったら、僕のほうでこいつを処分しないといけないってことだね。人って食べた事ないけど、美味しいのかな」
マーティンが面倒くさそうに鬘を外す。現われた髪色は真っ黒だ。
眼鏡を外すとその目の色は黒色だ。
「強くなると、きっと僕はもっとたくさんの人に恋をしてもらえる。そしたら楽しいよね。だから、強くなるために食べるかな。あ、その前にロセちゃんが先。ロセちゃん?」
「させるか!」
俺とアンナの動きは同時だった。
アンナのほうが早く、ロセをマーティンの手から奪う。
「ええ?君も食べたいの?」
「食べるわけないでしょう?私は魔物になったけど、人が嫌いじゃないから。だけど、あんたは別ね!」
アンナは俺を睨みつけながらそう言う。
俺は彼女に相当嫌われている。
「面倒になっちゃった。君を殺して、ロセと魔物狩りを食べちゃおう」
マーティンはそう言うと、ロセを抱いたままのアンナに襲いかかる。
「させるか!」
俺は、無防備なマーティンに背後から切りかかった。
腐っても魔物狩り。
Dランクとはいえ、人を食べたことない魔物を狩ることは容易い。
「ど、どうして。君の依頼は僕を殺すことじゃないだろう」
「俺は魔物狩りだ。有害な魔物は退治する」
「マーティン」
蹴破った扉から、声がした。
それは領主で、視線は深い傷を負ってうずくまっているマーティンに、釘付けだ。
「父上……。助けて、助けて」
真っ黒な髪と瞳、マーティンが魔物であることは明らかだ。
だけど、親なら……。
魔物になった子や配偶者を守る話はよく聞く。
人を食べたことがない魔物であれば、当然だ。
「マーティン。私が悪かった。だが、もう隠せない。お前はもう人ではないんだ」
領主の後ろに、数人の兵、使用人たちの姿が見えた。
「そんなの、全部隠蔽してよ。殺しちゃえばいいんだから!」
「マーティン!」
傷は深い。
だけど、魔物には治癒能力が備わっている。
回復される前に狩らなければならない。
魔物の命を、コアを。
「魔物狩りのリエル。どうか、魔物になった息子を狩ってくれないか」
「……わかりました」
「父上!」
人の形を保ったままの魔物を狩るのは苦手だ。
だけど、マーティンは放っておけばそのうち人を食べるようになるだろう。
だから俺はその前に狩る。
☆
「今回の依頼はこれで終了ということで」
「わかりました」
領主から賞金を受けとり、俺は領地を出る。
本当の依頼だった恋を食べる魔物アンナは、気がついたらいなくなっていた。
領主の意向で今回の依頼は、魔物になったマーティンを狩るという仕事になり、アンナに関して不問になった。
アンナはマーティンの魔の手から、少女たちを救い出していた。
恋心を食べることで、マーティンの興味を失わせ、少女たちを助けていたのだ。
マーティンは恋をさせることはできるが、一度失われた恋をもう一度付与させることはできない。
しかし被害に遭った女性は、別の人に対しては再び恋心を持つことが可能だ。
☆
「なにか用?あんた、私をそんなに殺したいの?」
俺は協会に報告にいった後に、アンナを探す旅に出た。
思った通り、彼女はそこにいた。
数日かけて俺は思い出した。
夢に出てくる女性が何者か。
彼女の名前はアンナ、俺が前世で付き合っていた女性で、自殺してしまった人だ。
彼女が死んでからまもなく、俺は事故で命を落とした。
本当は自殺したかったんだ。
魔物になって彼女を探すため。
きっと俺を恨んで魔物になったはずだから。
「俺を殺して、食べてくれないか?」
「いやよ。人なんて絶対に食べない」
「じゃあ、殺すだけでも」
「いや。私はあんたに一生苦しんでほしいの。自殺して魔物になったらだめだからね。もし誰かに恋したら、その恋心食べて、一生恋人ができなくしてやる」
「いいけど、別」
生まれ変わってから恋なんてしたことない。
前世ではアホみたいに恋してたっけ。
彼女を裏切って。
☆
「やっぱり恋だと思うんだ。前言ったように恋心を食べてくれ」
数日魔物である彼女の近くで過ごした。めちゃくちゃ嫌がられながら。
なんていうか、吸い付くように彼女を見てしまう。綺麗、可愛い。
見惚れてしまう。
「これは恋だ。きっと」
彼女に言うと、ものすごい嫌そうな顔をしたが、恋心を食べてくれた。
それから数日、また同じ気持ちが生まれた。
アンナは顔をしかめつつ、美味しいわねと言って、俺の恋心を食べてくれた。
そうしてまた。
「あんた!なんで、そんな簡単に恋心生まれるのよ!バカじゃないの?」
「俺にもわからん、だけど俺の恋心、うまいんだろう?」
「まあ、そうだけど」
俺は人だ。
生きていくためには何かと入り用だ。
だから日中は適当に仕事しつつ、彼女のもとに戻った。
前世で俺たちが過ごしていた家で、彼女がどうやってか知らないけど、修復していた家。
「思うんだけど、俺のは恋じゃなくて、愛だと思うんだ」
「しらないわよ。そんなの」
彼女は魔物なのに、人間のように表情豊かだ。
そっぽ向いた彼女の耳が赤いのを見ると、愛しい気持ちが込み上げてくる。
「そろそろ、俺の恋心が熟れ時だと思うけど、食べないのか?」
「まだ食べない」
「そっか」
一緒に過ごして一年が過ぎた。
「リエル。私を殺してくれない?」
「なんでだ?それなら俺が死んで魔物になる」
「あんたはならないわよ。なって欲しくないし」
「どうしてだ?」
「魔物って、本当は人と全然違うの。傷も治るし、眠らなくてもいいし、髪も伸びないし。ご飯もたべれないし。そんなつまらないものになって欲しくない」
「……ごめん」
「そうだね。あんたのせい。だけど死ぬ選択をしたのは私。あんたに全て気持ちをぶつければよかった。魔物になって五十年よ。もういいわ」
「だったら、俺が死ぬ前でいいか?それまで一緒に過ごしたい。俺の恋心、甘いかもしれないけど、食事の代わりには楽しめるだろう」
「楽しめない。代わりになんてならない。だけど、いいわ」
そう言って、彼女は俺の恋心を取り出す。
暖かい気持ちが抜け落ちるけど、彼女を見ればまた気持ちが戻ってくる。
「やっぱり、俺、恋じゃなくて、アンナを愛しているんだと思うんだ」
「……恥ずかしいこと言わないでよ」
「なんで?」
「そういうところ。生まれ変わっても変わらないのね」
☆
「やっぱり俺にはできない」
「いや、許さない。あなたは絶対に魔物である私を狩るべきよ。それがあなたへの罪。私への贖罪」
彼女を殺す。
耐えられない。
「あなたは前も私の気持ちを踏みにじった。また踏みにじるつもり?先にいなくなって、私を一人にするつもり?」
「そんなことしない。だったら、俺が魔物になる。そしたら、ずっと一緒だろ?」
「許さない。もししたければ、私を殺した後にでも。魔物なんてものになっても仕方ないわ」
魔物は人に限りになく近い。
だけど、涙を流すことはない。
だけど、アンナの黒い瞳は濡れていて、今にでも涙が流れ出そうだった。
『どうして、どうして私を愛してくれないの?』
彼女がいなくなる前の記憶が蘇る。
俺は彼女にとても酷いことをした。
裏切った。
本当に愛しているのは彼女だから、許してくれると思ったんだ。
甘かった。
そんな独りよがりの気持ち、甘すぎた。
「わかった。俺は償う」
痛みがないように、彼女のコアを一瞬で奪う。
何度も、何度も練習してきた。
わかっていたんだ。
この時が来るのは。
だけど、こんなことしたくなかった。
コアを取り出すと、彼女の体が崩れる。
「あり…がとう」
「アンナ!愛してるんだ。本当に。俺の恋心を何度も食べた君ならわかるだろう?」
「う、ん。だから愛してくれてありがとう。今後こそ幸せに死ねる」
それが彼女の最後の言葉だった。
俺は自殺はしない。
魔物になれなければ、生まれ変わることができる。
そしたらアンナと再会できるかもしれない。
人として。
リエルとしての俺は長寿を全うした。
死が訪れたのはアンナを殺した十年後だった。
「どうか、今後はアンナを殺さないですみますように」
最後の最後、俺はそう願った。




