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黄泉神の一年花嫁  作者: 佐斗ナサト


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第9話 怨霊

 それからもサツキは、夢の中で時折火垂(ほたる)に会った。

 彼はサツキの日常や巫女としての努力の話を聞いて、いつだって微笑みとともに褒めてくれた。


 ――よく頑張っているね、サツキ。

 ――舞の腕も上がった。見事だ。

 ――歌も覚えるといい。君は素敵な声をしているから。

 ――大丈夫。君には私がついているよ。


 彼の一言一言が励みになる。やさしく細められる瞳が、時に自信を失うこともある心をそっと押し上げて、やわらかな温もりで満たしてくれる。

 目覚めれば気持ちも新たになって、清めの儀式や犬たちとの修行にも熱が入った。

 黄泉神(よもつかみ)が修行の様子を見に来ることは、最初の一回を除いてまったくなかったが、火垂が味方でいてくれると思えば、決して気にはならなかった。


 今日もまた舞の練習だ。一連の動きはもう体に染みついた。指の一本一本からまなざしのひとつまで、余裕をもって動かすことができるようになった。

 通しで舞い終えれば、白い手たちの奏でる楽の音が、黄泉(よみ)の宮の中に響いて消えてゆく。サツキは大きく息をつき、額に浮いた汗をそっと拭った。


(つま)巫女(みこ)様、お見事! もうこの舞は完璧でございますね!」

「ええ、実に美しゅうございます! 明日から清めの儀で舞われてもようございましょう」


 黒輔(くろすけ)白丸(しろまる)が尾を振り振り、口々に褒めてくれる。白い手たちも小さく拍手をしていた。

 サツキはくすぐったく笑い、鈴で飾られた棒を胸の前で抱きしめた。


「ありがとう。みんなのおかげだよ。でも、これだけで満足したくないな」


 そう言うと、白丸がちょこりと首を傾げた。


「と、申しますと?」

「他の舞も教えてほしいの。あと、できれば歌も覚えたくって」


 すれば犬たちは困ったように顔を見合わせた。


「他の舞、でございますか」

「歌舞音曲とは申しましたが、我々がお教えできますのは、あと二種しかございませぬなあ」

「歌も実のところ、ひとつより他に知らず」

「……うう、考えてみればあまりお役に立てぬやも……」


 さっきまで元気に振られていた二本の尾が、揃ってしゅんと垂らされてしまう。サツキは慌てて言った。


「それで十分! もしよかったら、全部教えてくれる?」

「さ、左様でございますか?」

「もちろん! ありがとう、黒輔、白丸」


 すれば犬たちは、至極ほっとしたように目じりを下げた。


「ご満足いただけるのであれば」

「我らとしてもようございました」

「なにしろ我ら、この目で見て覚えたものしか存じませず……」

「はい、元より決して詳しいわけではなく……」

「そうなんだ? 大丈夫、本当に十分だからね」


 考えてみれば不思議だ、と思う。黒輔と白丸は、いったいどこで舞を「見て覚えた」のだろう。犬たち自身が舞えるわけでもあるまいに、口頭で教えられるほどによく見知っているとは、よく考えれば尋常なことではない。

 もしや、と思う。

 前にも別の「(つま)巫女(みこ)」がいたのだろうか。その者が巫女として元から優れていたなら、それを見ていろいろと学んだことも考えられる。一番筋の通る説明ではあった。


(……でも、何だろう、この気持ち)


 他にも(つま)巫女(みこ)がいたとするならば。

 その人にも――火垂が見えたのだろうか。


(なんか、嫌かも)


 もやり、と黒いものが心を狭めてしまう。

 だが犬たちを励ましているうちに、その気持ちを捕まえ損ねてしまった。


  ***


 残り二種の舞、そして歌を、サツキはあっさりと覚えてしまった。

 最初の舞を身につけてから、こういったことを記憶する速さが輪をかけるようにして上がっている気がする。慣れというやつだろうか。不思議なものだった。


 舞と歌は、目覚めてすぐに行う清めの儀式に組み込まれた。

 まずは黄泉神(よもつかみ)への祝詞(のりと)を捧げ、燎原(りょうげん)の炎に力を与える。それから犬たちに教わったとおりに歌い、舞を披露するのが流れだった。サツキが舞えば、その鈴の音に合わせて蒼い炎がざわり、ざわりと揺れた。


 今日もまた神楽殿(かぐらでん)の上で儀式が始まった。すっかり上げ慣れた祝詞のあと、もう一度大きく息を吸う。高く爆ぜる燎原の上に、サツキの歌声が響いた。


  ()(ほど)きたる白鳥(しらとり)

  彷徨(いさよ)うことなかれ

  (あお)なる野辺の(ほむら)に沈みて

  いま(ふた)たび()てより(めぐ)


 魂たちに捧げる歌は、神楽殿の上で歌えば、奇妙なほどにしっくりと馴染む。故郷で歌っていた子守唄や祭唄も馴染みの存在だが、その「馴染み方」とは何かが違う。自分は歌を詠むことなどできないというのに、なぜか自分で綴った(ことば)であるかのようにさえ思うのだった。もう何度目かになるが、未だにその不思議な感覚は抜けなかった。

 歌い終え、鈴を持って一歩進み出る。静かに礼をとってから、白い手の奏でる楽の音に合わせて舞い始めた。

 いつもであれば、サツキの動きにともなって、だんだんと魂たちの怨みの声が止んでいくものだ。だが今日はなぜか、ひときわ大きな声が脳裏に響き続けていた。


 ――怨。

 ――怨。

 ――怨。

 ――――――――怨。


「……っ」


 戦慄を呼ぶ響きに思わず顔を歪める。背後で黄泉神(よもつかみ)も動きを止めたのが分かった。

 深く呼吸して、強いて舞を続けようとした――その瞬間だった。


 ――絶叫。

 脳裏にのみ響く声。頭を内側からかき乱すような。


「ぁ……っ!」


 サツキは思わず鈴を取り落とした。舞を続けることができない。頭がびりびりと痛む。

 燎原の炎がざわり、と揺らぎ――ふたつに割れた。


 怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨


 激烈な怨恨の声とともに、腐り果てた人の姿をした魂が、燎原の炎を押し分けて飛び出した。

 ずる剥けた腐肉と骨からなる手は、まっすぐにサツキを狙っていた。

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