表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄泉神の一年花嫁  作者: 佐斗ナサト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/25

第5話 清めの儀

「あれ……」


 サツキは目をこすりつつ(しとね)から起き上がった。

 なんだか不思議な夢を見た気がする。現世(うつしよ)でも黄泉(よみ)の宮でもない、不思議な場所にいた気がする。

 湿った空気、そよぐ風。そこで何か美しいものを見ていたような気がするのだが。


「……思い出せないや」


 でも――なぜだろう。ひどく懐かしかった、ような。

 黄泉(ここ)に来てから何度か、そんなわけのわからない感傷に襲われている気がする。


 ぼんやりしていると、御簾(みす)の向こうからかわいらしい声がかかった。


(つま)巫女(みこ)様」

「お目覚めでございますか」

黒輔(くろすけ)白丸(しろまる)


 膝立ちでにじり寄って御簾を上げると、犬たちが簀子(すのこ)(えん)にちょこんと座っていた。


「おはよう」


 星空の下でこう言うのは慣れないが、とりあえず挨拶をする。犬たちは嬉しそうに尾を振った。


「おはようございまする」

「よくお眠りになられましたか?」

「うん、ありがとうね」


 言ってからサツキは首を傾げた。


「今日は確か、清めの儀式をするのよね?」

「左様にございます」

朝餉(あさげ)が済みましたらお支度をば」

「うん、分かった。よろしくね」


 初めての儀式の日。つまりは今日から黄泉神(よもつかみ)の巫女としての役目が始まるのだ。

 何をすればいいのかまだよく分かっていないが、言われたことは何でもやるつもりだった。なにせ自分の村の――否、この世の命運がかかっているのだから。

 動かぬ夜空を見上げ、小さく息を吸う。手をぎゅっと握ると、薄く汗がにじんでいるのが分かった。


  ***


 朝食後、白い手たちに再び衣を着つけられた。緋色の(はかま)は昨日と同じだが、今度は小袖(こそで)の上に巫女らしい衣を重ねられた。炎に似た文様の入った白い衣で、前を赤い紐で結ぶ形になっている。白い手たちは物言わないが、どうやらこれが巫女としての正装らしかった。

 髪を美しく結われ、金の冠をかぶせられ、白い紙の飾りのついた榊の枝を持たされる。待っていた黒輔と白丸に儀式の手順を教えられてから、昨日の牛車に乗って出発した。


 牛の鈴がちりちりと鳴る中、黄泉の宮がゆるやかに遠ざかってゆく。

 物見窓から行く先を見やると、燎原(りょうげん)(あお)い炎が遠くに揺らめいていた。


  ***


 燎原の神楽殿(かぐらでん)では黄泉神(よもつかみ)が待っていた。初めて会ったときと同じ、黒い(ほう)と袴をまとった姿である。

 隣に立ったサツキを、切れ長の瞳がじっと見つめる。どうしていいか分からず、サツキも眉根を寄せて黄泉神(よもつかみ)を見返した。


 何かが聞こえてきたのはそのときだった。


 ――怨。

 ――怨。

 ――怨、怨、怨。


 ただの声、ではない。この声は「音」になりきれていない。空気を震わすことなく魂に囁きかける、積もり積もった怨恨の声。

 燎原を見やれば、炎の中に何かがうごめいている。薄暗くぼんやりと光る、いくつものかたまりが。


「死者の魂だ」


 ごく静かな声に、サツキは黄泉神(よもつかみ)を見上げた。


「……あれが?」

「燎原の炎が弱まっている状態では、まとった怨みや呪詛を灼き切れぬ。ゆえにこそお前が力を振るえ。よいな」


 力と言われても、と思う。

 巫女としての仕事は先ほど教わったばかりだし、果たして自分にそのような力があるものか、未だに納得がいっていないというのに。

 だが。


 ――怨、怨、怨、怨、怨。

 ――――怨。


 喉を塞ぐような霊魂の声。死にながらにして生きた苦しみ。生きずして死に落とされた嘆き。あれが現世にあふれかえるなど、考えたくもない。

 止めねばならない。清めねばならない。自分しかいないのならば、自分で引き受けたからには、自分がやるしかないのだ。

 サツキは必死に呼吸を整え、前を向いた。


 りん、――と、どこからともなく鈴の音が鳴った。

 黄泉神(よもつかみ)が両手の親指と人差し指、そして小指の先を合わせ、額の前に掲げる。

 一瞬、燎原の炎が動きを止めた。


 今だ、と理解した。

 サツキはぐっと榊の枝を握り、黒輔と白丸に教わった祝詞(のりと)を唱え始めた。


   かけまくも(かしこ)黄泉神(よもつかみ)

   比良(ひら)(さか)()てにおわす根の国が主

   現世より来たる魂の

   諸々の禍事(まがごと)、怨み、穢れ有らんをば

   燎原(りょうげん)の炎にて清め給えと

   申すことを(きこ)()せと

   (かしこ)(かしこ)み申す


 最後の言葉と共に、与えられた榊の枝を大きく振った。

 その刹那、自分の心の臓がひとつ、大きく鼓動するのを感じた。

 否、()()()()ではない。目に見えない、けれど力強い何かが、重なり合うように震えたのが分かった。


 ――黄泉神(よもつかみ)様と(えにし)を結んでいただき、神核とあなた様の魂とを共鳴させることで、神としての力を増幅させるのが(つま)巫女(みこ)様の役目にございます。


 犬たちの言葉を思い起こす。つまりは、と気づく。

 今の感覚が、神核との共鳴だろうか。


 そう思った瞬間、燎原の炎が勢いを増した。色が蒼々と鮮やかになり、神楽殿の上に届きそうなほどに燃え上がる。

 底でうごめく魂を覆う黒い穢れを燃やし尽くし、灰のように吐き出してゆく。


「わーっ! (あるじ)様! (つま)巫女(みこ)様!」

「お見事にございます!」


 神楽殿の下で犬たちのはしゃぐ声が聞こえた。

 いつしか額に汗が浮かんでいた。玉となって流れ落ち、目にじわりと沁みる。

 隣の黄泉神(よもつかみ)は両の手で次々と印を組み、燃え盛る炎を操っていた。真白い色に浄化された魂がひとつ、またひとつと星空へ昇ってゆく。サツキは榊の枝を握り締めたまま、心の臓が(あばら)を叩くのを感じながら、じっとそれを見守っていた。


 やがて蒼い炎の底に魂の姿がなくなった。清めるべきものが清められたのだ。

 サツキはほっと安堵の息をつく。だが黄泉神(よもつかみ)はにこりともしなかった。


「明日も同じ時刻に来い」


 それだけ言って、彼は神楽殿の階段を下りてゆく。昨日と同じように黒い霧となって消えた。


(……何よ、やっぱり冷たいひと)


 サツキは憮然と霧の名残を見やる。犬たちが顔を見合わせ、尾を下げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ