テオ女難
〈氣温差に騙されつ春壽ぎぬ 涙次〉
【i】
突然だが、* 木嶋美奈美はテオ=谷澤景六のマネージャーの坐から、退く事になつた。社(** フリーの編輯者集團「ミッドナイト・サン」)の皆で話し合つた結果だと云ふ。それと云ふのも彼女、結婚するのだと、テオに打ち明けた。キャリア・ウーマンの木嶋さんですら、プライヴェートでやるべき事(戀活)は、きちんとやつてゐる。お相手は同じ社の人だと云ふ。所謂「出來ちやつた婚」で、お腹にやゝ子を抱へてゐるらしい。
* 當該シリーズ第11話參照。
** 前々シリーズ第1話參照。
【ii】
テオ=谷澤のマネージャーと云ふのは、なかなかの激務である。谷澤は、月刊誌だとは云へ、漫画原作の仕事(前回參照)を持つてゐるし、その他の仕事も澤山ある(谷澤は多作家で、筆力旺盛だつた)。替はりのマネージメントは、夫となる人・戻利俊策に任せ、木嶋さんは當分は妊婦でも出來る仕事をして行くんださうだ。
【iii】
彼女は、テオにその事を話した時、目に一杯涙を溜めてゐた。「わたしは谷澤先生に芥川賞を穫つて貰ふ爲、今まで頑張つて來ましたが、それも叶はぬ夢となつてしまひました...」。鬼の目にも涙。と云つたら失禮だらうが。
【iv】
テオ「まあ今生の別れと云ふ譯ぢやなし、またいつか戻つて來てくれゝば、僕はいゝと思つてゐます。お目出度う」。訊けば、將來の夫とは入籍だけで、特に式らしきものは挙げない、と云ふ。「それも淋しいな。極々内輪で良ければ、カンテラ事務所で、パーティを開かうよ」-木嶋「お仕事に障りませんか?」-「そんな事氣にしてちや駄目だよ」-「は、はい。パーティの話は喜んで」。
【v】
で、パーティ當日。牧野が特製のパーティ料理を皆に振る舞つた。駿河本組(前々回參照)の若い者、「何も組長がそんな事しなくたつて」-牧野「いゝんだよ。料理は俺の趣味だ。お前らは脇で見てな」。皆と云つても、木嶋、テオ、タイムボム荒磯と力子・鈴子、テオのガールフレンド* 市上馨里、カンテラ、じろさん、悦美、新郎の戻利ぐらゐの、本當に「内輪」の出席者逹しかゐない。
* 前シリーズ第82話參照。
※※※※
〈もの知らぬひとゝ思ひつ邪険には出來ぬ男は皆弱み持つ 平手みき〉
【vi】
カンテラとじろさん、席を立つて事務所のポーチで煙草を喫つてゐた。じろさん(カンテラの指から貰ひ火をしつゝ)「カンさん、見たか? 戻利つて奴の目。あれはテオに嫉妬してゐる者の目だつたよ」-カンテラ「あゝ。あんなので仕事上手く行くのかなあ。奴はテオと木嶋さんの仲を勘繰つてゐるらしいな」。
【vii】
確かにその通りで、戻利は、市上を參らせたぐらゐだから、猫だとは云へ、谷澤としてのテオは大した色事師だと思つてゐた。かう云ふ心象の持ち主には、得てして【魔】が取り憑き易いものだが、今回は【魔】の出番はない。寧ろ、【魔】は戻利の心の内にゐたのだ。
【viii】
會が退けた後、テオは戻利と二人切りで話をした。今後の仕事の進め方を、テオは戻利に訊きたかつたのだ。戻利、のつけから喧嘩腰である。「谷澤さん、あんたは天才作家と云ふ触れ込みだが、それは飽くまで天才猫と云ふ前提の元で、だらうと俺は睨んでゐる。あんたの才能は、全部美奈美が造り出したものに過ぎん」
【ix】
テオは流石に怒つた。「僕に喧嘩を賣つて、たゞで濟むと思ふなよ。僕だつてカンテラ一味の戰闘要員なんだからな」-戻利「ほら、直ぐに暴力に頼る。俺にとつては、カンテラ一味なんぞ、其処らのヤクザ組織と何ら變はりがない。俺を殺つたら、美奈美は一體誰が倖せにするんだ?」
【x】
さしものテオもこれにはお手上げだつた。(こんな時に、麻くん=時軸麻之介、がゐてくれゝばなあ。*「和合空間」の術で此奴の減らず口を、止めてやれるんだが...)と密かに思つた。(だが待てよ。此奴がこんな狀態なんだつたら、【魔】が放つて置く譯がないだらう? 遠からず【魔】はやつて來る。そしたら大つぴらに此奴を斬れる。もう暫くの辛抱だ...)
* 當該シリーズ第52話參照。
【xi】
テオの預言通り、【魔】は戻利の許にやつて來た譯だが、それはまた別日の談である。テオ、漫画原作以外(『リトルリーグ血風録!!』を連載休止にする譯には行かない。何せ荒磯の生活が掛かつてゐる)の仕事は、休筆と云ふ事で一切断るやう、戻利に告げた。
【xii】
「さうやつて逃げるのか(と、戻利、蛇の如き妄執を見せる)。まあいゝだらう。俺としてもあんたの猫面を見る機會が減つてくれるのは、有難い」-捨て台詞を吐いて、戻利は帰つて行つた。テオ、胃が痛かつたと云ふ。今回はこれにてお別れ。ぢやまた。
※※※※
〈早生まれ山頭火の本進呈す 涙次〉
PS: テオは安保さんに依頼し、* テオ・ブレイドを研磨して貰つた。來たるべき「その時」の爲に... こゝで永田の詩。
* 當該シリーズ第29話參照。
飛べるか?
何を氣に病んでゐる
いや
落花の早さの事
俺は吝嗇家でゐたくはないが
お互ひ文なし
ペットの珈琲を呪ふ
全てお見通しなきみを待たせ
考へる
先行き不透明過ぎるんだ
待つてるのは俺
だと云ふ、いや
櫻前線だよ
花曇りに
契る 嘗て或る歌人が
まぐはひなさい
と云つた
天使よ(絶唱)
何故、永田の詩? と問ふなかれ。これは運命の必然である。擱筆。




