8-2 「処理の塔」
塔の内部は、色を失っていた。
壁も床も白に近い灰色で統一され、影は存在しても温度を持たない。
光は天井からではなく、空間そのものから発生している。
中央に、アザゼルが吊るされていた。
右腕は背後で拘束され、足先は床からわずかに浮いている。
翼は展開できないよう固定され、羽根は力なく垂れ下がっていた。
意識はある。
だが身体は動かない。正確には、動かせなかった。
正面に、ゼウスがいる。
十歳ほどの少年の姿。白い肌。
感情を映さない黒い瞳の奥で、暗黒が渦を巻くように回転していた。
瞬きはない。呼吸も、確認できない。
ゼウスの横に、二つの影が並んでいる。
一人は、ライラ。
腰まで伸びた翡翠色の髪が白い光を透かし、静かに揺れていた。
純白の半透明の衣は床に触れるほど長く、六枚の翼はガラス細工のように淡く輝いている。
足は裸。地に立っているはずなのに、重さが感じられなかった。
頭上には淡い光輪。表情は穏やかだが、瞳は冷たい。
神に近づきすぎた者の、均衡した静けさがそこにある。
もう一人は、レイン。
白衣をまとい、腕を組んだまま沈黙している。
彼女は人ではない。ゼウスによって造られた、培養体だ。
視線はゼウスに向けられ、感情は読み取れなかった。
「観測結果を確認」
ゼウスの声が空間に響く。
抑揚はない。報告を求めるというより、処理の進行を宣言する音だった。
「対象ナユタ。生存」
「覚醒兆候、検出」
白い光の中に、数値と波形が浮かび上がる。
「予測誤差、拡大中」
黒い瞳が、わずかに揺れた。
「許容範囲を逸脱」
「排除対象に指定」
レインが一歩前に出る。表情は変わらない。
「命令を受領しました」
ゼウスは頷かない。
肯定という概念自体が、そこには不要だった。
「排除を実行せよ」
「感情は不要」
「遅延は、誤差を増幅させる」
レインは静かに視線を落とす。
「了解」
ライラは、そのやり取りを黙って見つめていた。
指先が、ほんのわずかに動く。誰にも気づかれないほど、小さく。
彼女はアザゼルの方へ歩み寄る。
足音は、しない。
「状況を伝える」
低く、静かな声。
「ナユタは生きている」
「観測値が、ゼウスの想定を外れ始めた」
アザゼルは答えない。
銀の仮面の奥で、呼吸だけが続いている。
「あなたは、ゼウスの管轄下にある」
「現在、自由行動は不可能」
一拍、間が空いた。
「……そして」
ライラは、ほんの一瞬だけ視線を伏せる。
「ナユタは、排除対象に指定された」
沈黙。
ゼウスの声が、再び塔を満たす。
「試験は継続される」
「不要な変数は、削除する」
白い光が脈打つ。
命令が、次の段階へ移行していく。
──処理は、加速する。




