7-5 「戻ってきた重さ」
夜のアンダーグラウンド入口は、街の影に押し潰されるように口を開けていた。
露出したコンクリートの縁はひび割れ、古い血の跡が黒く乾いて残っている。照明はほとんどなく、奥行きも分からない。下から吹き上げてくる空気だけが、生き物みたいに冷たい。
迷っている時間はなかった。
最初の影が縁を蹴り、闇へ落ちる。
続いて、二つ、三つ。金属の擦れる音と短い息が重なった。
ナユタ、レビ、リュック。
そして、泣いていた女も、立ち止まらずに飛び込んだ。
影は一つに溶け、夜の底へ吸い込まれていく。
入口はすぐに、何事もなかったように静まり返った。
地下へ降りきったところで、音が切れた。
地上で続いていた羽音も振動も、追ってくる気配もない。代わりに残ったのは、湿った空気と、誰かの呼吸が擦れる音だけだった。
ナユタは足を止めた。
止めた瞬間、膝の力が抜けそうになる。
息を整えようとして、うまくいかない。
数を数える。誰の数かは考えない。ただ、戻ってくるはずの数を、頭の中で並べる。
足音が一度遠ざかり、また戻ってくる。
それが自分のものか、他人のものか、ナユタにはもう区別がつかなかった。
レビは振り返る回数が多かった。
入口の暗がりを見て、何もないことを確かめ、また見る。何度見ても、そこは同じ暗さのままだ。
リュックが荷を下ろす。
いつもより大きく響いた音に、全員の肩が一瞬だけ強ばる。リュックは何か言おうとして、口を開けたまま閉じた。
壁際に、泣いていた女が座っている。
もう泣いてはいない。背中を丸め、手を膝に置いたまま動かない。
視線は低く、床の一点に落ちている。
その位置から、ずっと動かなかった。
誰も口を開かないまま、
暗闇の濃度だけが、少しずつ増していった。呼吸の音が重なり、空気が動かなくなっていく。
誰かが身じろぎするたびに、全員がそちらを見る。
だが、入口は沈黙したままだった。
引きずるような足音がして、生き残った悪魔たちが戻ってくる。
数は少ない。
一体は片腕を根元から失い、もう一体は翼の半分が裂けたまま引きずられていた。
誇る顔も、報告もない。ただ、戻ってきたという事実だけが残る。
それで、揃わない数がはっきりした。
──来ない。
その理解は、言葉になる前に、胸の奥へ沈んだ。
入口の暗がりが、さっきより遠く見えた。
距離が伸びたわけじゃない。ただ、戻ってこない時間だけが、そこに積もっていた。
しばらくして、重い足音が一つだけ加わる。
他とは違う、迷いのない歩幅。
誰も名前を呼ばない。
呼ばなくても分かった。
ルシファーが戻ってきた。
翼は裂け、黒い炎は消えている。
腕の中に、小さな身体を抱えていた。
軽すぎるほどの重さで、動かない子供の亡骸。
女が、静かに立ち上がる。
叫ばない。走らない。
ただ、一歩ずつ距離を詰める。
その歩幅だけが、やけに正確だった。
ルシファーは、腕の中へ視線を落としたまま、短く言った。
「あのまま、置いてくることはできねぇだろ」
その言葉は、言い訳にも、慰めにもならなかった。
ただ、事実として、そこに落ちた。
ナユタは、その腕の中を見て、数を数えるのをやめた。




