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Not Divine  作者: kode-kode


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7-3  「焼き刻まれた命令」

ほどけた指が、空を探るように開かれた。

さっきまで握りしめられていた右手が、震えながらナユタの方へわずかに伸びる。掴もうとするみたいに、ゆっくりと。


ナユタは、息をすることも忘れてその手を見ていた。

頭の中が真っ白になる。


呼びたい名前は喉の奥に引っかかったまま、声にならない。


アザゼルの仮面の奥で、揺れた瞳が、まっすぐナユタを映していた。


その瞬間だった。


〈揺らぎを検知〉


金属を擦るような声が、空から落ちてきた。

塔のある方角から、冷たい音が戦場全体に響き渡る。耳をふさがなくても、骨の中まで勝手に入り込んでくる声だった。


〈対象:アザゼル。ゼウスコードの揺らぎを確認〉

〈制裁シークエンス、起動〉


「……っ」


アザゼルの身体がびくりと跳ねた。

伸びかけていた右手が空中で止まり、逆に強く握り込まれる。


背の下から何かに殴りつけられたみたいに、黒い外套の裾がわずかに膨らんだ。


次の瞬間、片膝が石畳に落ちる。

硬い音が響き、足もとに細かなひびが走った。


アザゼルは残った右手で地面を掴み、どうにか倒れずにいる。

指先が白くなるほど力を込めても、肩の震えは止まらなかった。


黒い翼が大きく震え、羽根のあいだから細い光の筋が走り抜ける。

背中に刻まれた線が、外套越しにぼんやりと浮かんで見えた。


ナユタは動けない。

足も声も、どこかに置いてきたようだった。


隣から、そっと肩に触れる手がある。

ルシファーだ。引き止めるというより、支えるような力だった。


「目ぇそらすな、ナユタ」


低い声が、耳の横で落ちる。


「あれが、ゼウスコードだ」


アザゼルの右腕で、刻印の残光が脈打っている。

ただの模様じゃない。骨と筋肉と心臓を縛るために、焼き付けられた線だとしか思えなかった。


〈目的の再確認を要求〉


同じ声が、今度は真上から真下までを貫くみたいに響いた。

まわりの天使も悪魔も、人間たちも、一瞬だけ固まったように見えた。


アザゼルの喉がかすかに動く。

口を閉じようとする。


しかし、背中の光が強く瞬いた。


「……目 的……」


押し出されるような声が漏れた。


〈世界の安定〉

〈誤差の排除〉


無機質な音が、迷いのない答えを上から流し込む。


アザゼルの口が、本人の意志とは別に動かされているように見えた。


「……世界の安定……誤差の、排除」


言葉を言い終えた瞬間、アザゼルの身体がもう一度大きく震える。


「っ……!」


上体が前に折れ、額が地面に触れそうになる。

それでも、片膝をついたまま、右手だけで自分の体重を支えた。


ナユタは、その姿から目を離せなかった。


ルシファーが、低く吐き捨てる。


「天使はな……言うこと聞いてるんじゃねぇ」


銀白の翼のまわりで、黒い炎がゆっくりと揺れた。


「逆らえねぇように、最初から刻まれてんだよ。頭から、心臓まで」


ナユタの視界の端で、周囲の天使たちの瞳に細い光が一筋ずつ走った。


次の瞬間、額や首筋に、アザゼルのものによく似た光の筋がちらりと浮かんでは、すぐに沈んでいくのが見えた。


それぞれ違う顔をしているのに、その一瞬だけ浮かぶ光の色は全部同じだ。


糸を引かれた操り人形みたいに見えて、ナユタには、どこかから伸びた一本の線にぶら下がっているだけだと思えた。


〈制御レベルを上方修正〉

〈天使群体の制御精度を強化〉


声が、石壁に何度も反射して戻ってくる。


目には見えない何かが、戦場全体をなぞった。

肌にまとわりつく空気が、ひと息で冷たく変わる。


血と鉄と油の匂いに、別の匂いが混じった。

乾いた土。冷えた金属。こすれた殻の匂い。


「……なんか、匂いが変わった?」


レビが鼻をひくつかせる。


リュックが背中でがたがたと震えた。


「お、おいチビ……なんか嫌な音しねぇか……?」


「音?」


ナユタは耳を澄ます。


羽音だ。

さっきまで天使たちがばらばらに飛び回って立てていた音とは違う。


空そのものが擦れているみたいな、低いざわめき。


「上だ」


ルシファーが顔を上げた。


塔のある方角の空。


黒い丸い影が、ゆっくりと広がっていく。


雲でも煙でもない。

丸く膨らんだ外殻が、空をゆっくりと滑っていた。


鈍い赤黒の金属が幾重にも重なった塊で、その表面は滑らかに光をはじき、中身を一切見せない。


継ぎ目からは銀色の機械部品と、節のある金属の脚がわずかにのぞいている。


背中の装甲の隙間から薄い板が何枚もせり出し、その板が震えるたびに冷たい光が散った。


巨大な“虫の形をした機械の天使”が、空を這っているように見えた。


ルシファーの目が細くなる。

口元から、いつもの笑みが消えていた。


「……ゼウス。本気で潰しに来てやがるな」


ナユタは空を見上げたまま、

喉の奥が冷たくなっていくのを感じていた。


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