6-6 「本当の一撃」
通路の空気が沈んだ。
アザゼルが足を前に置いた瞬間だった。
踏み込みの音はなかった。ただ、空気だけが裂けた。
ルシファーは拳の気配を捉えた。
だが動きは見えない。
視界に黒い影が現れた時には、もう距離が消えていた。
両腕で受けるしかなかった。
交差させた瞬間、衝撃が骨に直接入った。
胸の奥が押し潰され、肺が一度止まる。
光が弾けるより早く、身体が後ろへ持っていかれた。
足が床から離れ、視界が傾く。
背中が壁に叩きつけられた。
金属板が反り返り、固定ボルトが飛ぶ。
白銀の羽根が裂けて吹き上がり、
細かな欠片が空気の乱れに乗って四方へ散った。
ナユタは息を止めた。
真実を知るために追い求めていた男。
いま目の前にいるその男は明らかに“恐怖”だった。
目の前で砕ける羽に、胸の奥が焼けるように熱くなる。
動こうとした足が震え、前へ出られない。
「……ッ、ぐ……」
ルシファーは壁に手をついたまま、息を整えようとする。
空気が入らない。
胸が動かず、膝が崩れた。
壁に右手をつき、ようやく一口の息が戻る。
アザゼルは追撃しない。
ただ、ゆっくり近づく。
その一歩で床の骨組みが折れる音がした。
「……次は、終わる」
揺れのない声。
感情がなく、命を奪うことを“作業”として告げる声。
ルシファーは顔を上げた。
胸の痛みを押し込んだまま、壁から身体を離す。
足はまだ少し震えている。
床には、散った羽がいくつも落ちていた。
「……ほんとに……殺す気かよ」
光が肩に集まる。
弱いが、消えていない。
通路の空気がわずかに明るくなる。
ルシファーは拳を握る。
目だけは死んでいなかった。
「……いいじゃねぇか。
ここからは、俺も遠慮しねぇ」
アザゼルの拳が低く構えられる。
通路の温度が下がる。
二人の距離は、まだ五歩。
だが次の瞬間には──ゼロになる。
──ここからが本当の一撃だった。




