4-2 「朝霧の店先」
通りには、朝の冷気が薄く漂っていた。
夜を締め出したばかりの下層街は、まだ息をひそめている。
地面は朝露に濡れ、アスファルトの端に白い霧が薄くたまっていた。
シャッターが閉まった店が並び、あたりは静まり返っている。
その中で一軒だけ、橙色の灯りが漏れていた。
看板に、手書きの文字。
「牛乳あります」
ペンキのかすれと雨染みが、この店が昔からここにあることを物語っている。
ナユタが足を止め、看板をじっと見つめた。
「いつもここで買ってたの?」
ルシファーはポケットに手を突っ込み、無造作に顎を上げた。
「ここのが一番美味い」
ルシファーが扉を押すと、からんと鈴の音が鳴る。
冷たい朝の空気の中で、その音だけがやけに澄んで響いた。
カウンターの奥から、明るい声が返ってくる。
「いらっしゃ……あ、また悪魔」
ルシファーの眉がピクリと動いた。
「悪魔じゃねーって、何度言えば……」
「そういう顔してるからよ」
朗らかに言ったのは、カウンターの中にいた少女、レビだった。
赤いチャイナ服に身を包み、髪をお団子にまとめている。
目だけがきらきらとよく動き、眠たい街の中で彼女だけがやたらと元気に見えた。
「あははっ」
ナユタは小さく笑って、店内をきょろきょろと見渡した。
棚の上には古びた瓶や工具が並び、奥からは冷気とミルクの匂いが漂っている。
そのとき、棚の上から、がさがさと小さな物音がした。
ナユタが振り返ると、棚の上にリュックサックが立っていた。
背丈はナユタの胸くらい。くたびれた革の表面に縫い目が走り、中央のジッパー部分がまるで口のように見える。
リュックが、ゆっくりとジッパーを広げ、ニヤリと口角を上げた。
「銀だか黒だか分かんねぇ羽根ぶら下げて……悪魔以外に見えねーよ」
ルシファーが眉をひそめる。
「……おい」
ナユタは目を丸くして叫んだ。
「リュックサックが……しゃべってる……!」
リュックは前のめりになるように立ち上がり、ジッパーをパチンと鳴らした。
「この街じゃ普通だ、世間知らずのお子様だな」
レビが素早くツッコミを入れる。
「普通じゃないわよ」
リュックが肩(らしき部分)をすくめて笑う。
「お前らが勝手に慣れてねぇだけだ」
ナユタは目を輝かせ、リュックに一歩近づいた。
「なんで喋れるの? どういう仕組み?」
リュックは胸を張るようにファスナーをピーッと引き上げた。
「俺様がすげぇからだ」
ルシファーが呆れ顔でため息をつく。
「あー、面倒なのが現れたな」
ナユタは無視して、ぐいっと顔を近づけた。
「ねぇ、ほんとに自分で喋ってるの?」
「あたりめぇだ」
リュックが短く吐き捨てるように言う。
「ガキ、触んなよ。勝手に開けたら、ブチ切れるからな」
レビが笑いながら、カウンターの奥で牛乳瓶を拭いている。
「朝から騒がしいのね、あんたたち」
ルシファーは一歩だけ店の外を見やった。
灰色の空の向こうで、風が街を撫でるように流れていく。
「……長くは遊んでられねぇぞ」
朝の始まる音が、じわりと街を包み込んでいく。
今日は早めに投稿。
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