3-5 「迎えの誓い」
夜が沈み、塔の影が長く伸びていた。
雲の切れ間から月がのぞき、冷たい霧が足元を包み込む。
石畳は濡れ、夜風が細く路地を抜けていく。
アザゼルはその影の中に佇み、夜空を仰いでいた。
その瞳は、まるで来訪者を待っているかのようだった。
右手を握ったまま、静かに息を吐く。
風が冷たく揺れた瞬間、空の奥に銀白の光が走った。
翼だ。
ルシファーが夜を切り裂いて降りてきた。
翼が月明かりを受け、静かに輝く。
ルシファーは笑わなかった。
視線はまっすぐ、アザゼルの右腕へと落ちた。
浮かび上がる黒いコードが月光に鈍く光る。
「……ウソだろ」
低い声が夜気を震わせた。
その眼には、いつもの軽薄さはなかった。
アザゼルは答えない。
仮面の奥で、ただ目を細めた。
「ゼウスの“鎖”を……自分で受けたのか」
ルシファーの声が低く沈む。
「守るためだ。それだけだ」
アザゼルは右手を開いた。
右腕に刻まれたコードが、淡く光った。
しばしの沈黙。
夜の塔が遠くで唸るような音を立てていた。
「ルシファー」
アザゼルの声が僅かに震えた。
「赤子を頼む、ナユタを……」
ルシファーの瞳がわずかに揺れる。
銀の翼が風を受け、音もなく揺れた。
「今、その言葉が出るかよ」
夜気が沈み込む。
一瞬の間が、二人の間に落ちた。
「猶予は、ない」
右腕のコードが、鈍く軋んだ。
ルシファーは一歩、近づいた。
「必ず迎えに来い」
低く、鋭い声が夜を切った。
アザゼルはゆっくりと顔を上げた。
仮面の奥で、目だけがまっすぐにルシファーを捉える。
「……ああ」
その一言を合図にするように、ルシファーの翼が大きく広がった。
風が一気に巻き上がり、路地の霧を吹き飛ばす。
銀翼が闇を裂き、月を背に夜空へと舞い上がる。
冷たい風だけが、アザゼルのコートを揺らしていた。




