3-1 「地下の巣」
夜風が頬を撫でる。
二人の靴音だけが規則正しく響いていた。
アザゼルが前を見たまま、歩みを止めずに口を開く。
「……覚えてるか。俺たちが初めて肩並べて戦った夜」
ルシファーの足が止まった。
いつも軽口ばかりのその顔に、ほんの一瞬だけ素の表情が浮かぶ。
「ああ、そうだったな」
小さく笑い、肩をすくめる。
血と火薬の匂い。焼け落ちた街角。
「お前さ、俺を置いて先に飛ばなかったよな」
ルシファーが横目で笑う。
「“戦友”って、そういう意味じゃないのか?」
アザゼルの声には、わずかに熱が滲んでいた。
ルシファーはその言葉に、一瞬だけ目を伏せ、鼻で笑った。
「まったく、やられたな」
「……なあ」
アザゼルが静かに口を開く。
「なぜ、飛ばない?」
ルシファーが短く息を吐き、空を仰いだ。
「そうだよな」
二人の影が、夜の街を離れて同時に夜空へと舞い上がる。
アザゼルの片腕に抱えられたナユタが、ふいに「ふぇ……」と声を漏らした。
驚いたように身をよじるナユタを抱き直す。
夜風が頬を撫で、星空が一瞬で視界いっぱいに広がる。
小さな手が、ぎゅっとアザゼルの服を掴んだ。
下層の廃街が眼下に広がり、割れた街灯と崩れたビルの隙間に黒い裂け目のような地下への入り口が見えた。
「あそこだ」
ルシファーが顎で指す。
アザゼルは短く頷き、翼を畳んで降下した。
地下の入り口は、黒い獣の喉のように口を開けていた。
足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。
湿った土と錆びた鉄の匂いが肌にまとわりつき、冷気が奥から吹き抜けた。
「遠慮なんかすんなよ。ここは俺の巣だ」
ルシファーが軽く笑う。
「遠慮できるような場所でもない」
アザゼルは吐き捨てるように言い、奥へと進む。
その時、闇の奥から──光。
数えきれないほどの目が、じっとこちらを見ていた。
黒い闇の中で、悪魔たちの瞳が一斉に光を返す。
空気がぴんと張り詰め、皮膚がひりつくようだった。
ルシファーは肩越しに振り返り、短く息を吐いた。
「な? 歓迎されてんだよ、戦友」




