2-4 「殲滅の夜」
夜の空気がざらりと震えた。
静寂のはずの夜空に、見えない波紋が広がっていく。
塔兵たちが一斉に顔を上げた。
ドローンの光がわずかに揺らめく。
風が、逆流している。
髪が逆立ち、頬を刺す冷気が一気に吹き抜けた。
空の向こうから、光の粒が砂嵐のように押し寄せてくる。
それは夜に溶け込み、輪郭を歪ませた。
誰もが息を止める。
嵐の“核”が、まだ見えない。
音もなく、黒い夜を切り裂いて、天使たちが次々と降下してくる。
数十、いや、百は下らない。
銀色の翼が月光を跳ね返し、夜空そのものを塗りつぶしていく。
「な、なんだ……数が……」
塔兵の声は掠れていた。
ゼウスの追跡は、もはや“警告”ではない。
これは──殲滅だ。
アザゼルは翼をひるがえし、夜気を切り裂いて舞い上がる。
仮面の奥の瞳は静かに、しかし鋭く空を射抜いていた。
黒い翼が闇を裂き、光を拒むように駆ける。
天使たちは網のように彼を包囲していた。
羽音が空を満たし、地上の砂埃が舞い上がる。
白い剣が一斉に構えられ、空気が重く沈んだ。
先陣の天使が剣を振りかざし、急接近する。
その動きは、夜空に突き刺さるようだった。
アザゼルは刃の縁をなめるように飛んだ。
黒い羽根が剥ぎ取られ、風にちりちりと舞う。
それでも速度は落ちない。
腕の中のナユタを、ぎゅっと抱きしめる。
天使たちが次々と降下し、追いすがる。
まるで一匹の獲物を群れで仕留める狩りのように。
塔兵たちは、その光景に息を呑んだ。
この夜は、もう“人間の手”では触れられない領域だと悟る。
夜空を覆っていた天使の隊列がざわめいた。
闇をまとう白銀の翼が、夜空を押し分けるように現れる。
塔兵のひとりが、震える声でつぶやいた。
「……また、翼が」
その瞬間、空気がひしゃげた。
天使たちは次々と地面へ叩き落とされた。
衝撃とともに地面がえぐれ、ひび割れが走る。
落下した天使たちの身体は、地面に沈んでいった。
舗装が波打ち、瓦礫が弾け飛ぶ。
その衝撃は、ただの墜落ではなかった。
砕けた羽根と銀色の粒が夜気を満たし、塔兵たちは反射的に後ずさった。
あれは天使の力じゃない──誰もがそう理解した。
片手をポケットに突っ込み、もう片方をひらりと上げながら、
その男は笑う。
「おやおや……忙しそうですねぇ、堕天使さん。子守りかい?」
ルシファーだった。
夜は再び、怪物たちのものとなった。




