2-3 「黒翼」
怯える塔兵の指が、ほんのわずかに動いた。
誰も、撃てとは言っていない。
けれど、その一瞬が、空気を裂いた。
狭い店内に、乾いた銃声が響く。
暴発だった。
弾丸がドアを貫き、暗がりの奥へと飛び込む。
その瞬間、ナユタの瞳から光がふっと消えた。
空間が軋み、青い粒子が棚のすき間に渦を巻く。
音よりも速く、弾丸の軌道に伸び、
金属音を立て、弾は粉々に砕け散った。
「……当たったか?」
「いや……今、何が……」
塔兵たちのざらついた声が夜気に滲む。
照準は外れず、それでも指先が汗で滑っていた。
ナユタは何もしていない。
ただ、腕の中から見上げているだけだった。
仮面の奥からは、捕食者の瞳が静かに兵たちの気配を見据えている。
錆びたドアが、音を立ててゆっくりと開いた。
誰も触れていないのに。
内側から押し広げられるように。
赤いドローンの光が、仮面を照らす。
影が、ゆっくりと背後へ伸びていく。
背後へ続くように、黒い翼がゆっくりと姿を現す。
そのまわりで、青い粒子が渦を描くように舞い上がる。
闇が、静かに歪んだ。
それは、この世の外から滲み出た“何か”だった。
誰もが、息を呑むことすら忘れた。
恐怖し、畏怖した。
誰も瞬きすらしなかった。
時間が、凍りついたようだった。
夜気が震えた。
翼の根元から闇に滲むように広がっていく。
黒い翼が音もなく広がった瞬間、塔兵たちの視線が釘づけになった。
誰も、声を出せない。撃てない。
アザゼルは一歩踏み出す。
床を滑るように舞い上がり、翼が月明かりを裂いた。
光も音も追いつけない。
兵たちは動けぬまま、空を見上げた。
青い粒子が尾を引き、黒い影が夜の向こうへ消えていく。
「……化け物だ」
誰ともなく、震える声が漏れた。




