2-1 「赤子と堕天使」
夜の古物店は、ひときわ静かだった。
奥の部屋の机の上に、毛布に包まれた赤子が一人。
アザゼルは仮面の奥から、その小さな体をじっと見下ろしていた。
戦場にも塔にも、こんな場面はなかった。
天使も、ナユタと同じ培養槽から生まれる。
だが天使は、管を外された瞬間に立ち上がり、武器を握る。
泣くことも、守られることもない。
生まれた瞬間から、戦士として飛び立つ。
──それなのに。
目の前のナユタは、毛布に包まれ、息をするだけの“赤子”だった。
「何を与える」
アザゼルは棚の奥に目をやった。
瓶詰めの薬、古い機械、そして血の匂いが染みついた包み。
あの中には、正体のわからない肉がある。
戦場なら、それを与えるのが当たり前だった。
反射的に右手が包みにのびかける。
そこで、腕が止まる。
眉がわずかに寄った。
「……ちがうな」
指先は空を切り、そのまま戻った。
棚を見渡しても、与えるものは何もない。
ミルクというものなど、知らない。
その時、ナユタの喉から、小さな泣き声が漏れた。
静寂を破るように、か細い声が部屋に響いた。
アザゼルは一瞬、固まった。
泣き声など聞いたことがない。
どうすればいいのか、何も浮かばない。
「やめろ」
声の温度は変わらないのに、わずかな焦りがにじむ。
彼は机の前に立ち尽くし、泣き続ける赤子を見下ろした。
右腕がゆっくりと動き出す。
戦場では武器を持ち上げてきた腕。
それが、今は小さな体へとのびていく。
毛布ごと抱き上げた瞬間、重みが右腕にのしかかった。
左腕がないせいでうまく支えられない。
腕の中で、赤子の体が危うく揺れた。
「ちっ」
短い舌打ちが静かな部屋に落ちる。
抱き方がわからない。
それでも、泣き声が近くなったことで、胸の奥がざわついた。
「黙れ、泣くな」
不器用に腕を揺らす。
ぎこちなく、でも確かに“抱きかかえて”いた。
泣き声はすぐには止まらなかった。
それでもアザゼルは、腕を離さなかった。




