9.『藍』の魔女
記憶を取り戻したおかげで、ずっと奥で燻っていた怨嗟の炎を身に宿すことができた。
自分の魂までも火種にして燃え盛るような怒り、憎悪、哀しみに身を焦がされながら魔力量が今までの比じゃないほどの量に膨れ上がる。
苦痛の波が収まり段々落ち着いてくると自分の状況が分かってきた。
まず、使いたい魔法を思い浮かべたら、自然と頭の中で構築できるようになった。魔法の原則、法則や術式記号の意味を種族的に理解しているような感覚がある。
使える魔法の範囲は初級魔法から人間が何百人も犠牲になってやっと発動できる魔法まで、無詠唱で即座に発動でき手元に書き出したければすぐに頭に浮かぶ。
これなら転移魔法をバンバン使った後に魔法を重ね打ちしても全く支障がない。
自然の魔力も無意識的に取り込めるおかげで前みたいに魔力枯渇で行き倒れる心配もなくなった。
人間は五感があるから無意識的に制限をかけられるけど、私は五感がないせいでどんなに身体がボロボロになっても、指一本動かせなくなるまで際限なく動き続けてしまう。
しかも善悪の判断が人間の時の感覚と離れていてちょっとやる気になれば、おそらく国一つ滅ぼすことなんてあくびをしながらできる。そんな人の理から外れた存在。
理から外れた自分の魂を焦がすような本能に従って動く存在。魔族の死霊であることを改めて認識した。
机に置きっぱなしになっていた本を風で飛ばして元に戻しながら、記憶を取り戻して早速だし妹を殺した国を滅ぼそうと思い至った。
だけどサンハは魔女が支配しているはず。
やり合ったとしたら私が勝つけど何カ国か消し炭になって地図から消えるだろう。
そんなことになったら心優しい妹の悲しそうな表情が容易に想像できる。
ここはとりあえず亡き祖国の愚かな大人達を丁寧に丁寧に潰していくとしよう。
大量の本を片付けてから書庫の比較的広い場所に移動し、探知魔法を三重掛けしてレゲリアの印がついている糞野郎共の位置を割り出す。
簡単に手が届くような場所に散らばって今もなおのうのうと生きている廃棄ゴミはきちんと処理しなければいけない。
数分とかからず全員の居場所を突き止めた。
全てのゴミへ、アイビーの花のマークをつける。
仕上げに指を一振りするだけだが、1人ずつ丁寧に掃除していたら気づいて逃げるかもしれない。
かといって全員苦しみなく殺してしまうだけなら、私の怨嗟の炎が納得しない。
それならば使い魔を召喚して全員故郷まで歩かせ、檻にでも閉じ込めて仲間内で醜く争うのを眺めることにしよう。
早く着いたものは炎で身体を焼かれる痛みを感じさせながら理性をきちんと維持させて、残りの到着を待たせることとしよう。
リッチはアンデッドを使い魔召喚できるらしいけど、ゾンビやスケルトンなどのちょっと臭いが気になる者たちしかいないらしい。
なんか見た目も可愛くないし、かといって人間は嫌だから可愛い動物を模して作ろう。
メイドや猫、蝶あたりだろうか。情報収集に鳥を生み出してもいいかもしれない。
まあ、追々良いなと思った子達はその都度作っていけば良いか。
使い魔の見た目は私の趣味だけで変えただけではない。
見た目の可愛さで油断させ回避不能距離で一度刈り取ってから、グールにして知性が残るまま相手を貪り自分も貪られる狂気を発狂できずに、ずっと特等席で痛みと共に眺めさせられるというのを今思いついたから。
可愛い動物がまさか高威力の魔法を放ってきて、かつグールにしてくるなど考えつかないだろう。
そうだ、1番遠い国にいる奴らのみグールにして、全て集まったら一斉に檻に放り込んで、中にいる奴らと対面させるのも良いかも知れない。
食べられたゴミは感染してグールになって貪り続ける。檻に消滅しかけたら復活する魔法と、永遠に正気を保つ魔法を付与したら永遠に終わらないショーの完成!うん、それが良い。
飽きたら生ゴミで匂いも気になりそうだから死の大地の業火に焼かせておこう。
この後の段取りを考えながら書庫を出て宿舎の自室に戻る。少ない私物を収納魔法で全てしまった。
ここに来た時と同じ、がらんとした静かな空気の部屋だけが残る。
私がここにいた時間は短いけれど、諜報部隊のみんなとどんちゃん騒ぎをするのは楽しい日々だった。
私が計画を実行したら早急にこの王城に知れ渡り、きっともう2度と再会することはないだろう。
楽しかった思い出として記憶結晶にでも残しておこうと思う。
理性も焼き切れるような憎悪の感情の解消をしたい気持ちも山々だけど、お世話になった諜報部隊の皆に顔を出してからの方が良いという想いが勝った。
怨嗟が激しすぎて会いに行くことが叶わないお姉様方とオーナーへ国を出ることと今までのお礼を丁寧に書いた手紙を書き、使い魔の蝶に届けてもらう。
お礼の品は決められないから、良いものがあったら今度使い魔達に届けてもらうことにする。
空になった部屋を後にして転移魔法を発動した。
音も空気の揺れも一切させずに諜報部屋に降り立つ。まずは隊長からかなと思い隊長室へ向かおうと身体の向きを変える。
扉を遠隔で開けたらネルが目の前に飛んできた。
今までの私だったら気づかないような薄い警戒を全身に滲ませ、表面上は微笑んで話しかけてきた。
「すみません、膨大な魔力の気配がいきなり現れたものですから少々取り乱してしまいました。
1時間前に書庫へ向かわれたと思ったのですが、何かありましたか?
何か困ったことがあれば手が空いているのは私だけですから直接聞きますよ。」
私は静かに首を振る。
「いや、その必要はないよ。全部思い出したから。
今まで無意識に記憶を閉じ込めて防衛してたみたい。
この力がまだ慣れてなくてさっきは出力を間違えちゃったの、次からは気をつけるわ。
あと隊長は伝えても問題なさそうだからそろそろ私の正体話しとくね。
私はリッチのアイビー。
と言っても無差別的な殺戮の衝動があるわけじゃない。
まあ、今は綺麗好きな性格が相まって少しお掃除したい衝動に駆られてるから簡潔に話すね。
私からすると残ってた汚れを掃除してくるだけ。
でも今の私じゃ、いるだけで人間からしたら脅威だって分かってるから挨拶したらすぐ国を出ていくよ。
良い人が沢山いるからこの国には迷惑かけないことにする、安心して。
今までありがとう、ここでの生活はとても楽しかった。
お礼に万が一ここが国3つまとめて遊びに来られても、完璧にみんなを守れるようなお守り張っておいたから。バイバイ。」
「いや、3国まとめて仕掛けてくるってどういう状況ですか。…わかりました、追って知らせますので。」
まだどこかにいるって信じていつか会う日のためにといくら頑張っても、徳を積んでも、もうこの世には会いたかった人はいないと分かってしまった。
それなら私が1番幸せだった、妹のいる昔を少しでも感じられるように何も取り繕わない。
だけど昔みたいに誰かのためにじゃなく、自分の思うがままに行動することにした。
隊長がまだ何か言いたげな表情をしていたけど気にせず、そのままランドルフ、アリス、ユリア、ケイト、レイに挨拶しに行った。
ランドルフは副長室にいて、私の姿を見た途端固まっていた。とりあえず今までのお礼とここを離れる旨を話して、反応があまりなかったけど気にせず離れた。
アリスは整備室に居た。今までのお礼とランドルフに話したことと同じ内容を伝えた。
アリスは今までの私と様子が変化していることを訝しむことなく、むしろ服の材質や髪色、瞳について質問攻めされた。
衣装はお気に入りの服に魔力を編み込んで藍色の差し色を入れたフィッシュテールのドレスにした。
髪色は黒、瞳は藍色。私の素の姿だと話したらめちゃくちゃ喜ばれて撫でられて褒められた。
最後にはハグをして別れを惜しまれた。アリスはエルフなことも相まって私を恐怖の対象として見ないらしい。
エルフも尋常じゃないくらい自然魔法に長けているし、ある意味似たもの同士だと思われているのかもしれない。
「むしろその姿の方が私と馬が合う気がする!私には絶対会いに来てね!!何百年経ってもずっと友達よ!!」
ニコニコのアリスと別れ、次はケイト。
暗殺部隊の鍛錬所でケイトとレイが訓練をしていた。
ひと段落つくまで私は2人が終わるまで眺めていた。
暗殺部隊の訓練は命懸けでやり合うため下手に声をかけようものなら大怪我どころでは済まなくなるから、気配は遮断せずただぼーっとやりとりを眺めていた。
2人が剣を交えてしばらく交戦している。一旦距離を取ったのを見ていたら、突然無数の炎の槍と合金で作られた人間なら切ることが不可能な硬度のナイフが死角という死角目掛けて飛んできた。同時に魔法も中級ほどのものが絶え間なく飛んでくる。
私の身体を掠める前にそれらは霧散するか溶けて無くなった。私に向かって飛んできたということは、終わったのかな?
変わらず魔法や武器をこちらに向けて放ってくる2人に挨拶を済ませた。もちろん魔法でちゃんと聞こえるように配慮済みである。
その間も無数の武器や魔法が飛んでくるが全て解けるか霧散し続ける。私は身動き一つせずメイド達に作らせた椅子に座ったまま、ユリアはどこにいるかとか計画の後のことを考えていた。
5分くらい経っただろうか、長いので2人ともの魔法や武器全てを出さないように動きを止めさせた。
息切れをしながらケイトは信じられないというような顔をしていて、レイは静かにこちらを見ていた。
「あ、レイ先輩のご飯本当に美味しかった、ありがとう。この身体でも魔力に変換されるけど消化はするから、また機会あったら食べたい。」
椅子から立ち上がって2人に手を振って転移魔法で移動する。ユリアは諜報の部屋で任務の準備をしていた。
「ユリア先輩。私これからこの国を出ていくことにしたんだけど、最後にお礼を伝えようと思って来たよ。
今までありがとう、諜報の訓練で鍛えてくれたおかげで会話が上手くなったし笑顔も作れるようになった。
お酒の飲み過ぎには気をつけてね、ユリア先輩ならきっと財務課の部長さんと気が合うと思うよ。」
お礼を伝えてすぐに、怨嗟の炎が待ちきれないと魔力を外に溢れさせてくる。
リッチの魔力は生きた人間には猛毒だから、光魔法でとりあえず周りの魔力を相殺する。
光魔法を発動した代償にボトボト、ベチャと私の左腕が崩れ落ちる。
リッチには痛覚が存在しないためなんか落ちたなくらいの気持ちだが、ユリア先輩は青ざめた顔で心配してくれた。
「ちょっとあんたそれ大丈夫なの!?色々問い詰めたいけど腕の方が先決よ。すぐ手当するから見せなさい。」
慌ててヒール魔法を掛けてくれようとするけどお礼を言って距離を取る。
「ありがとう、でもそのうち戻るから気にしなくて良いよ。それより私の魔力はユリア先輩にとって猛毒だから今はあんまり近づかないでね。
ちょっとこれ以上は限界だからもう行くね。バイバイ」
ユリア先輩は人の話を聞いているのかいないのか分からないけど、こちらに手を伸ばそうとしていた。
私は気にせず右手で手を振って転移魔法で移動する。
私に回復魔法をかけても回復しない。そろそろ復讐を果たしたい気持ちと近づいてきたユリア先輩に私の魔力で苦しんで欲しくない気持ちからあえて無視した。
そのままこの世界の真ん中に転移する。
そこはごく普通の人里離れた草原地帯だった。
サワサワと風が葉を鳴らし、爽やかな青い香りを届けてくれる。木々の木漏れ日が綺麗でお昼寝するにはちょうど良い。
絶好の復讐日和である。
空中にいくつもの使い魔召喚魔法を唱え、順番に召喚されていく片っ端から追跡魔法と相手をグールにさせる契約魔法を付与する。
そのあとは魔力で紡いだ言葉を聞かせて動かす。
私は死の大地に大きな檻を作って、歩いてくる奴らを片っ端から檻に招待するだけ。
やっとだ、やっとこの身を焦がす怨嗟が少しは満たされる。使い魔達が一斉に転移魔法を使って飛んでいった。
これで間違いなく檻の元まで連れてくるだろう。
全員が飛んでいったことを確認してから、私も死の大地へと転移魔法を使う。
藍の魔法で騒がしくなってまたすぐ静かになった大地は、先ほど吹いていた爽やかな風はなくなり藍が立っていた周辺の景色はモノクロの世界になっている。
草も木も萎びれて真っ白になり、風は爽やかな香りを運ぶことなく大地は真っ黒になっている灰の大地と化していた。




