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6.『藍』の魔女

鳥達が囀る爽やかな朝が来てしまった。

こんな日に限って空は雲ひとつなく、爽やかな風が程よく吹く最高の天気である。


大きなため息をつきながらベッドから降りる。

ネルが不法侵入してきた時の姿のまま、何だか変える気も起きず黒髪黒目が諜報部隊での私の姿となった。


制服が黒一色なのも相まって、闇に紛れるにはもってこいの真っ黒度合いである。

支度を終えて寮を出る。今日は死ぬ気で頑張って、早くこの地獄から抜け出そうと切実に思う。1日でこんなにも私のやる気を出せるユリアは天才だと思う。


それはそうとして辛いので半泣きになりながら寮を出る。

「さあ、今日はみっちり詰めるわよ!上手くいけばお終い。上手くいかなければ任務をきちんと果たせるくらいになるまで残業コースよ!!」

朝一番にユリアから慈悲のかけらもない現実が聞こえた。思わず膝から崩れ落ちる。


「大丈夫必死こいてこなせばすぐできるようになるから!まあ、新人なんてここ20年入ってきたことないけどなんとかなるわよ!」

全く何とかならなそうな内容を話しながらユリアはにこやかに私を諜報の仕事部屋へ引きずり込む。


無情に扉の閉まる音がした。私の心も砕けそうだ。




「ふむ…まあ、いいんじゃない?あとは2つほど課題を出して私からの訓練はおしまいね。」

五体投地でお花畑が見えそうな境地に陥っている私を眺めながらユリアが話しかけてくる。

みっちり9時間休む間もなく鍛えられた、鬼か。


休憩はあったけど水を飲む間くらいだ。

食べる時もマナーについて学ぶし、少し座って息を整える時も姿勢について言及された。


目線や感情を隠す方法も都度指摘されたおかげで見事なアルカイックスマイルを披露できるようになった。目が死んでいるとダメ出しをくらうから程よく目に光を入れるのがコツだ。


ネルが終始見せているあの口元だけ微笑んでいる顔はこの拷問のような訓練を経て獲得した武器(スマイル)なのだ。


初対面がとても胡散臭く感じて警戒していたのが少し申し訳なくなった。相変わらず掴みどころのない人ではあるが。


現実逃避をしていても情け容赦なくユリアは最後の課題を告げてくる。

「まず一つ目、私を笑わせること。手段問わずなんでもいいけど周りに迷惑をかけるのはやめなさいね。


二つ目、あなたが笑うこと。今みたいな笑みではなく心からの笑みを浮かべてみなさい。

ここに来てから無表情しか見たことがないわ。

それでは諜報はやっていけない、自己分析をきちんとやってみなさい。以上よ。」


実地をこなしながらこの課題を終わらせられない限りは1人前ではなく、そうすると暗殺の方へは向かわせられないからずっとあの()()をやらされることになると言われた。


絶対にこなしてみせると気合を入れて返事をした。

今の私は今まで以上にやる気に満ち溢れていただろう。

しかし、この課題は私の溢れるやる気を持ってしてもクリアできない難しいものだった。



地獄のような仕事が終わり、歓迎パーティーを開く準備をすると各々広間から城外へ出て行った。

仕事が終わってすぐにアリスから、何が好き?と言われたから、私は甘いものと答えた。


ユリアとアリスはすぐに出かけて行った。

レイは一旦寮に戻ると言っていた。ランドルフとケイトはお酒やつまみを買いに行ったらしい。


ネルは顔を見ていないからどこにいるかわからない。いつものことだとみんな言っていたので特に何も聞かなかった。


私は広間で自由に過ごしていていいと言われたから車庫の部屋に篭った。

本を探していると魔物についての本を見つけ、リッチについて情報はないか速読した。


リッチのページを見つけ、眺めていたのだがあまりにも内容が過激すぎて身に覚えが無いようなものばかりだった。


「リッチが生まれるのは己の身を焦がすほどの怨嗟を持って死んだ人間のみである。故に己の最善の目的のため理性はあれど本能的に行動する。


生前命よりも大事にしていたものに核が宿り、核が破壊されない限りは消滅しない存在となる。


人間のように脳のリミッターは無く、魔力がある限りは無限に魔法を放つことができるため、二個師団ほどでは歯が立たない。個体数は少ないが非常に厄介な魔物とされる。」


あまり詳しい記憶を思い出せないけど、死ぬ間際に思ったのは妹への心配のみだったはず。

欠けている記憶でもあるのかもしれないが、何も思い出せないものは仕方ないので諦めることにした。


あとリッチは核が壊れない限り不老不死だったようだ。目が覚めた時は殺された時の9歳の身体のままだったと思う。


死んだ時から私が刻む時は永遠に止まり、消滅しない限りはあの日を消し去ることも逃げ出すこともできないらしい。


それにしても9歳でそんな怨嗟を持つような出来事が何かあったのだろうか。

うーーんと悩んでいる内にいつのまにかみんな帰ってきたようで、広間にわいわいとした声が響き渡っている。


本を元の位置に戻し、みんなの所へ戻った。

「あらためまして、ようこそ諜報部隊へ。ここは滅多に人が増えなくて困ってたんだよーーこれから皆とどんどん変装魔法を極めていこう!!カンパーイ!」



7人のグラスが軽やかにぶつかる音がする。

みんなワインだけど私は葡萄ジュースにしてもらった。お酒の美味しさは一向に分かる気配がない。

いつか皆んなみたいに飲めるようになれたらいいなとは思うけど、そんな日は想像できない。


ユリアとアリスは私の好きなルビンのチョコとクッキー、それにレストランの料理を買ってきたようだ。


レイは手作りのビーフシチューと数種類の前菜を用意してくれた。ほろほろのビーフシチューは牛肉の臭みを一切感じさせず、溶け込んだ野菜と芳醇な香りを届ける。


ピンチョスはオリーブとピクルス、ブラックオリーブとチーズと生ハムという間違いない美味しさで、

カプレーゼにアクセントでライムがかかっていた。


サンドイッチもレタスとベーコン、チョコと生クリーム、レモンチキンにキャベツというほっぺが落ちそうな美味しさの軽食もあって至れり尽くせりだった。


びっくりするくらい美味しくて、なんでこんなに美味しいんですか?と聞いた。


「恨みを買っているから、いつ毒を仕込まれているかわからないんだ。だから趣味の一環で料理をしている、口に合ったのならよかった。」


お掃除も料理も完璧にできるのは天才ではなかろうか。一家に一人レイさんが欲しくなる。

ランドルフとケイトはどのお酒が1番美味しいか赤ら顔で言い争っていた。


ランドルフとケイトに挟まれているネルはいつものことなのか気にせず、顔色もいつも通りで2人以上にお酒を飲んでいた。


たまに行うという宴会は毎回こんな感じでのんびりと進んでいるのだろう、それぞれが思い思い楽しんでいるのが伝わってきた。これならまた参加するのも良いかもしれないと考えていた矢先に流れが変わった。



「私たちがモテないのは周りに仕事できないやつしかいなくて、私たちの真の魅力を分かっていないからよ!!


そもそも私は仕事ができすぎてプライベートでも本音で向き合ってくれるかわからなくなるって何!?


そんなだからすぐにどの女性とも破局するのよぶわぁーーーか!!!!!」


ユリア先輩の切実な思いがテーブルに叩きつけたグラスの悲鳴と共に響き渡る。良かった割れてない。

その叫びに呼応するようにずっと堪えていたのか、続け様にアリス先輩の愚痴が飛んでくる。


「私のことを未成年だと思っているのか話しかけ方が幼子相手のそれにしか聞こえないのに、息を荒げて段々と近づいてくる○○○の○○○○(ピーーーのピーー)おやじ!!気色悪いのよ禿げろ!毛根爆ぜろ!その性根を一から叩き直してこい!!こちとらとっくの○○○(ピーー)年前に未成年なんて通り過ぎてるわ!!!


なんで私の周りには変人か変態か奇人しかいないよもー!!おかしい!ぜっっっったいにおかしい!!」


なるほど、アリス先輩はエルフでしたか。

女性陣の会話から、ランドルフ先輩の眼鏡をかけている民の辛さとケイトのトラウマ話が加わり、そして愚痴大会になる。


どんどん話の内容が酷くなってきて、いよいよ収まりがつかなくなってきたところで、ネルが強制的に睡眠魔法を4人にかけそれぞれに毛布を魔法でかけた。


度数強めのワイン5杯をさらっと飲んだが全く顔色を変えていないレイ先輩は今日の好評だったレシピの復習をしたいらしく寮へ帰るらしい。


「お疲れ様でした隊長。普段は見られないみなさんを見れてとても面白かったです。明日もよろしくお願いします。」

隊長へペコリと頭を下げて退出しようとする。


「こんな夜更けに、流石に私も全員をベッドに運ぶのは骨が折れますので、手伝っていただけますよね?


まさか1人で大変な思いをしている隊長を置いて帰って寝てしまうなんてことは優しいアイさんはされませんよね?」

にっこりいい笑顔で手伝えと圧をかけてきた。


めんどくさいと思いながらも「ハイ」と片言で返事をして、諜報部隊の中にある仮眠部屋へ全員まとめて浮遊魔法で運んだ。


途中から宴会というよりかは愚痴大会と化していたけど、とても素敵な時間を過ごした。

またレイ先輩のご飯も食べたいし参加してもいいかもしれない、と鼻歌を嗜みながら寮へ帰った。


今日は疲れてたのもあって転移魔法でパパッと帰って寝る準備をした。




翌日、出勤の1時間前に起き支度を整える。

適当に朝ごはんを胃に詰め込み寮を出た。


「よく来たわね、今日は実地でやっていくわよ。

まずは王城の財務課事務係の事務員に変装して情勢を聞く。


有益な情報が出たら1日でおしまいだけど長い時には3日くらいかかるわ。大体言われた通りに動けばいいから楽なお仕事よ。」

といって私に財務課事務係の制服を渡して更衣室に押し込まれた。朝から唐突すぎる。


ため息をつきながら制服に着替え、見た目の割に動きやすい制服を一応柄や形を覚えておく。

変装魔法でごく一般的なくすんだ茶髪に茶瞳の平均身長の女性になる。


一応認識阻害の眼鏡もつけてそのままマッピングに従い財務課事務係まで行く。定時の時間に行ったらすぐに手に持たされる書類が山になった。


「これ医事課によろしく。期限は1月以内で。」

「ああ、良いところに。これ王城管理課に渡して。誤字箇所と数字間違ってるから再提出してくださいって。」


「ねーこれ建築のルーイさんにお願いしたいんだけど、お願いね。」


「これ数字どうなってるの!?第2騎士団のバカ野郎…モンドリアスにやり直してって言っといて!!!」

わらわらと次から次へと私の手元に書類の山が出来上がっていく。


競歩で最低限上品に見える程度の全速力で足を動かしていく。各社に届け出たら今度はまた書類を預かって再び山になり、財務課事務係に戻ると手元の書類が山になる。


ひたすら競歩で今日の仕事をこなす。

もちろんすれ違う人にはお上品に受け答えしてやり過ごしているが、これはなかなかに忙しい。


訂正箇所を聞かれたり、高圧的に接すれば書類が通るとでも思っているのであろう弱い頭に軽く鼻を鳴らしながらもくもくと仕事を進める。ずっとその動作を繰り返していたらいつのまにか終業時間になっていた。


ユリアに今日の報告を終えて相変わらず真顔で面白くないと言われ砕け散ったあと、寮へと帰りレバリーの仕事をしたらもうクタクタになっている。


身体よりも頭を使う仕事はこの上なく私の弱点を補う実地だろう。そして出勤と退勤のタイミングでユリアを笑わせようと試みているが鉄の表情筋はびくともしない。


これ本当に訓練終わるの?と無理難題すぎて困り果てているところである。



レバリーに向かう前に魔力増強薬を飲んで元気を補給し、事務係の仕事をこなす。

結局最長の3日目まで情報を得られなかった。


3日目の昼過ぎ書類を色々なところに届けている最中、廊下の隅でヒソヒソ話す2人組が見えた。物陰に隠れて話を盗み聞く。


短髪の黒髪がボソボソと相手を急かしているようだ。

「おい、ヤク今日は持ってきてるか?仕事終わりに買うからきちんと隠しとけよ。」


暗緑髪の短髪男が相手を宥めるように話す。

「わーってるよ、きちんと大量に持ってきてやったぜ?いいかよーく聞けよ。


裏庭庭園から10時の方向一本杉の場所、王城背にして5歩右斜め行ったところに缶に入れて隠してるよ。先に金受け取ったら回収していいぞ。


大体何にあんな量使うんだ?どう見ても一人分じゃねえだろ。」


「そりゃあヤク中の王城環境課にいるジジイ共から強請るためさ。あいつら通常の5倍の値段で買うから儲かるんだよな〜。


身元が俺って安定してるからか気前よく買うから笑いが止まらんのなんのって。」


黒髪男のせいでヤクが王城に蔓延しているのか、仕事をロクにせず全く腐った連中だ。


「おいそれ俺が販売元だって言うなよ。次回からは降りさせてもらうわ、そんな危ない仕事俺は請け負わねえ。」


「おいちょっとまてよ!!お前がいねえとこまんだよ、他からヤク買う伝手なんてもうねえんだ。

頼むよお前だけは辞めないでくれ!!」


何やら揉めてきたので静かに事務係へ踵を返す。

今のは録音しておいたから、これをユリアに見せれば任務は終わる。


この手柄で早く笑って訓練終わらせてくれないかな、と深いため息をこぼしながら長い王城の廊下を歩いて行く。

今日は報告が長くなりそうだから残業確定だなと曇り空を眺めてぼんやりと考えた。

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