5.『藍』の魔女
いつも通り過ごして1週間経った。
あの後レバリーにも事情を話したら、空いている日に連絡して仕事をしてくれれば良い。自分のペースで無理しないようにねと優しい言葉をオーナーからもらった。
オーナーは本当に人間なのだろうか。こんなに善性に溢れていて果たしてこんな暗闇の世界で生きていけるのだろうかと心配になってくる。
今日もオーナーを心の中で拝んでから寮を出た。
朝9時に王城の護衛に諜報部隊に採用されて来た旨を伝えると少々お待ちくださいと言われ、門の前でぼーっと空を眺めていた。
体感的に数分くらい経ったかなと上の空で考えていたら何やら門の向こうが騒がしくなった。
トンッと軽く地面を蹴る音が響いた瞬間、目の前にナイフを持った軽薄そうな男が風を切って現れそのまま目を狙ってきた。
体勢はそのままスリットからナイフを取り出し応戦しながら、男の足元を狙って尖った氷を辺り一面に出す。
「わお、無詠唱で?すごいじゃん」
ネベルさんいい人材見つけてきたな〜と呑気に言いながら男は人間離れした動きでナイフ捌きを披露してくる。
私は質問に答えずナイフを弾き、後ろに向けて跳躍する。距離が空いたらすかさず氷の槍を相手の周囲に張り巡らせランダムに放つ。
相手はナイフで氷の槍を受け、砕く。私はひたすら相手の周囲に無限に氷の槍を張り巡らせ放つ。
そのやりとりを後ろで聞きながら、門の中で「どうするこれ…」「あの男って諜報部隊のだよな?諜報部隊長呼んだ方がいいんじゃないか」と言い合いしていた護衛に気配遮断魔法を解き、声をかける。
「あの、攻撃しかできない脳筋ではなくて、会話のできる諜報部隊の人っていますか?」
護衛の2人は口をぽかーんと開け驚愕した表情で私を見、後ろでやり合っている2人を何度も見返していた。
「すみません、言葉が通じる諜報部隊の人を呼んできていただけますか?」
私の言葉にハッと我に返り、一目散に2人とも王城に向かって走っていった。
去り際に、「え、人って分裂できたか?本当に人間か?諜報部隊があまりにも過酷すぎて人外を雇ったんじゃないか」
と言っていたのもバッチリ聞こえていた。
まあ、人外だから間違いではない。
心の中で頷きながら護衛達を見送っていると、後ろの方から、
「あ、これ影か!!しかも気配遮断も使ってたよね、いやすごいな〜このレベルだともう人間というか、化け物だね!仕事が楽になるな〜」
ところでこれ解除してくれない!?と叫んでいる護衛より失礼な男は無視してそのまま護衛がやってくるのを待つ。
10分後、護衛2人と眼鏡をかけた長身の男性がやってきた。
「来てくれて早々にうちのが失礼しました。お話は伺っています、案内しますのでどうぞ。
そろそろ大人しくなる頃だと思いますので、影を解除していただけますか?」
私は無言で頷き解除した。
軽薄男と戦っていた影はドロリと溶けて消えていった。後ろから気配が消えたことから、そのまま軽薄男は別の場所に行ったようだ。
王城の裏扉から入り、長い廊下を通り抜けると奥に重厚な扉を構えた部屋があった。
扉を開けると中は広い部屋に見合った大きな螺旋階段や他の部屋へ続く扉があり、入る前に見た構造では2階以上あるのはありえないし、こんなに広い広間が実際にあるとは思えないことから拡張魔法を使っているのだろう。広間に入ると長身の男が振り返った。
「ようこそ、諜報部隊へ。私は副隊長のランドルフと言います。先ほどあなたの影とやり合っていたのがケイトです。」
「私はこの場所の拡張魔法維持、みんなの獲物の強化やサポート魔法が得意なアリスだよ〜」
ピンク髪のロリがニコニコしながら階段を降りてきた。隣にナイスバディのお姉様もいる。
「私はユリア。主に諜報を担当しているわ、何回か実地で教えるから分からないことがあったら都度聞いてちょうだいね。」
「せっかくですしあと1人も呼びましょうか、レイ!いますか?少し顔を出して欲しいのですが。」ランドルフが呼ぶと、左の部屋から本をたくさん抱えた体格の良い長身の男性が現れた。
「ああ、今日が新人の来る日だったか。俺はレイ、主に暗殺を担当している。こっちはユリアの実地が終わった後に実際に君の動きを見させてもらう。
改善できるところがあれば改善し、なければそのまま暗殺の任務をこなしてもらう。君はどちらもこなせると聞いていたから、担当は決めずに人手が足りない方に回ってもらうことになる。」
説明しながら逞しい腕の割に本を浮遊魔法で丁寧に片付けていく。大柄だが几帳面なタイプのようだ。
諜報部隊は6人らしい。全員自己紹介を終えたようで、ランドルフが再度説明する。
「隊長のネルは会議に出ていまして、あちらの用事が済み次第戻ってくるそうです。
まずはここの案内をしたあと、服の採寸や使う武器・道具の選定をします。
そのあとは諜報のユリアに王城を案内してもらいます。どんなふうに諜報をやればいいのか肌で感じた方がわかりやすいでしょう。」
ランドルフが言い終えるとすぐに皆動き出した。
私はランドルフにあらかた案内してもらったあとアリスに採寸をしてもらい、武器や道具を選んだ。
服はアリスの趣味で作成するらしい。
武器はナイフ、仕込み刃を選んだ。
道具は特に要らなかったのだが、念の為にと回復薬数種類と連絡手段としてカフスを支給された。
手で触れて魔力を流し、タップ回数で接続先が変わるらしい。あとで接続先のメモを渡してくれるそうだ。
そのあとユリアと王城内を回った。
王族の棟もあるが滅多に任務も出ないし何より本能が警鐘を鳴らしているのでユリアにお願いして省いてもらった。
王城内はとても広く、紙に魔力でマッピングした。
自分の位置も表示される優れものである。
迷宮のような森や建物を歩く人たちに重宝されそうだ。
そういえばまだ売りに出していない魔法があったはずだから、休みの日に売りに行こう。
リッチの特性としてなのか、考えたらすぐに魔法に落とし込めるので良い稼ぎになる手放せない副業である。
この前は浄化魔法を売った。
浄化といっても戦地や野営を余儀なくされた時に身体をサッパリ綺麗にできる魔法で、光魔法とは違う。
服を着ていると服の汚れも浄化してくれる優れものである。
いずれは少し魔力を流すだけで魔法が連鎖するものや同時発動する全自動魔法具も生み出してみたいなとワクワクしながら思った。
村のおじいちゃんおばあちゃんが魔法雑貨屋を経営していて色々な魔法具を見せてくれたから、魔法具を自分で作ることに興味を持つようになった。
今では一儲けしたいのもあるけど自分が作った魔法具をおじいちゃんおばあちゃんの店頭に並べて売ってもらう目標を持っている。
それにしても全く違うことを考えていても王城内観光が終わらないくらい広すぎるここはまさに迷宮で、働く人たちにマッピングした地図を売っても儲かりそうだな…と考えながら歩いていた。
時々話しかけたり話しかけられたりするユリアはまさにお話上手でレバリーのお姉様方の様な気品を持ち、それでいて話しやすいように明るく受け答えする様は会話のプロだった。
私の接客とは比べ物にならない完璧な才能がある。
相手によって不快にならない程度のスキンシップも把握していて、これは骨抜きにされる事間違いなしだなと思いながらその姿を観察していた。
マッピングの紙が10枚に到達するんじゃないかと考えていたところ、10枚ピッタリで周り終えたらしい。
覚えなければいけない部署やそこの隊長の名前も教えられたが、ほとんど覚えられていないと思う。
マッピングに都度部署の名称を書き込んで良かったな…と10枚に及ぶ城内マップを手にして遠い目をした。
歩いて戻るには遠すぎて城内にある転移魔法装置を起動して近くに戻った。
「おかえりなさい。城内は広いのでなかなか部署名や専用室など多岐に渡って面白かったでしょう?
顔合わせの際に退席していてすみませんでした。
朝から緊急召集があったものですから。
今日の予定はあと何が入ってますか?」
扉を開け広間に入った途端前方の扉が開き、大量の書類を魔法で捌いているネルが居た。
紙が縦横無尽に飛び交っている中で微笑んでいるところは随分と余裕がありそうである。
ユリアが綺麗に腰を折り話す。私もとりあえず真似をしておく。
「ただいま戻りました隊長。これから実践的な諜報のスキルを教えていき、明後日には任務に入ります。」
「分かった。では明日歓迎パーティーをしましょうか。部署内でのささやかな物だけどぜひ楽しんでほしい。任務については追って知らせます、下がって大丈夫ですよ。」
大多数に見られるのは心情的によろしくないので部署内だけなのはとてもありがたい。また礼をして2人で退出した。
「さあ隊長に挨拶も済んだことだし、諜報の仕事部屋で実践的なスキルについて勉強するわよ。
あと5時間、みっっっっちり鍛えるから覚悟しておいてね♪」
そのあとは言わずもがな、言葉にして思い出したくないくらい徹底的に鍛えられた。
言葉遣いからマナー全般、歩き方から姿勢、目線まで自分の全てを作り直せと言われているような気持ちになった。
何が辛いって猛スピードで矯正されていくのだ。兎に角休む暇も、いや深呼吸する暇もないんじゃないかと言いたくなるくらい怒涛に過ぎていった。
あの部署にいる人たちは全員人間なのかと疑いたくなるスパルタ加減だった。
これを明日は一日中みっちりやらされるのだと思うとすでに重いため息が出てくる。
暗殺の方が私は向いているなと何度も白目を剥きそうになった。
諜報部隊の仕事が終わりフラフラと寮へ歩いて戻り、レバリーの仕事に向けて準備を整えた。
基本的に諜報部隊は夜6時終わりだから変則的な時間の任務以外はレバリーに出勤する。
あの地獄のような時間を味わった私にはレバリーのオーナーやお姉様に癒されたい。
口下手な私でも良いよと朗らかに言ってくれるお客さん達とのんびりした時間を過ごしたい。
1日が濃すぎて、やつれながら仕事へ向かった。
「あらー珍しいわねアイちゃんがここまで萎んでいるの。今日は顔色を良くするメイクを施しましょうね。
幸い衣装撮りは今回3着だからすぐ終わるし、何か辛いことがあったなら聞きましょうか?もしかして恋煩いとか?
甘酸っぱ〜いお話が聞けるなら私大歓迎よ!!いやむしろ最近不足しているから喜んで聞きたいくらい!」
「今日疲れているのは…本当に疲れているからですね。呼吸をさせてくれないんじゃないかくらいの大変さでした。」
死んだ目で答えるとナイスバルクなオネェ様は可愛く首を傾げた。
「それどんな拷問?脳内も疲れ切っているし、エリーのチョコレートでも食べる?」
今日も元気なオネェ様に宥められながら撮影を無事終える。
オネェ様に元気をもらったおかげでお姉様達やお客さんとも仲良く会話して、あっという間にレバリーの営業時間が過ぎていった。
また明日もみっちり呼吸する暇もないくらい社交に強くなるよう鍛えられるのか…
どよんとした空気を出していた私にお姉様方が慰めにきてくれた。
「どうしたの?ここに来てから滅多にそんな顔しなかったアイがそこまで沈むなんて珍しいわね。
何か困ったことがあるなら話してみなさい。
え、撫でて欲しい?しょうがないわね…」
私を心配してくれるお姉様方がなでなでしてくれたり好きなお菓子をくれたりと甘やかしてくれたおかげで、明日も頑張ろうと思うあたり私は単純な思考をしているなと実感する。
魔力枯渇で倒れかけたオーナーに拾ってもらってからここのオーナーとお姉様方にはお世話になりっぱなしだ。
いつか恩返しができたらいいなと考えつつ、甘やかしてもらえたことが嬉しくて頬が緩む。また明日も頑張ろうと思いながら目を瞑った。
1 部隊長 ネル
2 副隊長 ランドルフ(メガネ)
3 諜報 ユリア(お姉様)
4 暗殺 ケイト(軽薄男)
5 暗殺 レイ(雄っぱい)
6 支援 アリス(ロリ)
7 何でも屋 アイ
の7人が諜報部隊です!
ネルとランドルフは基本諜報部隊の運営や表の仕事をこなしています。
ここに配属している人達は全員変装魔法を使えるので元の姿ではありません。
ただ藍みたいに体格や年齢、身長は変えられません!
藍はリッチなので!!脳みそも魔法を複数同時発動しても発狂したりバグらないのです。
この世界では人間は3つまでが限度で、それ以上やると脳が焼き切れて廃人になります。
人間>>>魔女>リッチ 強さ順です。
魔女は寿命(不老長寿)があり、リッチは魔力が生命力で不老ですが他の魔族のように箱に入った核があり、それを壊されると消滅する世界観です。
リッチも光魔法は使えますが人体の一部がもげたり代償を伴います。既に死んでいることから痛みは無く、人間的な考えと魔族的な考えが両立している感じです。
なので時折藍も人間らしからぬ思考をする時もあります。




