2.⬛︎⬛︎⬛︎の過去
※グロ表現があります。
苦手な方はブラウザバッグされてください。
ガタガタ、ゴトゴト。荒れた森の中を年季の入った馬車が激しく揺れながら走っていた。
馬は汗だくで息を荒くしながら一生懸命走っていた。御者は鞭を振るい、この鬱屈とした森から早く逃げたいがために馬をせっつきながら止まらない冷や汗と共に進んでいた。
「ったく森の奥まで行くだけで報酬がたんまりもらえるから了承したとはいえ、二度と生きて戻れないって言われてる物騒な森の奥深くまで行くことになったんだ。
こんなの安請け合いしていたら馬車も命もいくつあっても足りやしねえ。」
御者が恐怖に染まった表情で、震える手を叱咤しながら気を紛らわせるかのように愚痴を吐いた。
荷台には赤い液体が滴り続けているズタズタの麻袋と、傭兵らしき男が2人乗っていた。1人が御者の言葉に返すように呟く。
「もう少し奥に進んだところに洞窟がある。
そこら辺でいいだろう、もう少し辛抱していたら無事に家に帰れるぞ。
無駄口吐いてて普通に生きていられるんだから今日は魔物共がおとなしい日で良かったな。」
「………」
辺りは再び馬車の車輪の音と馬の地を駆ける音のみが鬱蒼とした森に響き渡るのみとなった。
傭兵の1人が話していた洞窟が見えてきたところで馬を止め、御者が水を飲ませてやっている間に麻袋を傭兵の1人が抱え、もう1人が周りを警戒しながら洞窟の中に入り、適当に放り投げた。
「悪く思うなよ、俺らも仕事をこなしただけだ。
たった1人のガキを原型をなくすくらい滅多刺しにしてボロい袋に入れて放り投げてこいったあ随分な仕事内容だがな。」
放り投げた袋を見遣りながら1人がぽつりと呟いた。
「この仕事内容の理由はどうであれこれで終わりだ。あちらについて詮索したり無駄口叩いていると死ぬぞ、やめとけ。」
周りを警戒していた傭兵が声を掛け、2人は戻って行った。
数分後、馬の鳴き声と馬車が遠ざかって行く音が辺りに響いた。
…どれくらいそこに横になっていたのだろうか。
バラバラになったまま放置されていた状態を横になると言う表現で表して良いものか不思議だが、身体が徐々に元へ戻ってきているようだ。
寒さも暑さも音も匂いも何も感じないただ暗闇に佇んでいる感覚がずっと続いていた。
そんな状態では何も考えることができずにただぼーっとしていたらいつのまにか、ふと光を感じるようになっていた。
必死にその光をかき集めて抱いたら、少しだけ身体が自由に動かせていた頃の記憶が見えた。
私には可愛い可愛い妹がいたということを思い出せた。ほんの一文のみだったが震えるほど嬉しかった。私がこの何もない暗闇の中でも存在している証明になったから。
それからは光を見つけるたび必死にかき集めていたら、生まれてからデカい男たちに刺されるまでの記憶が徐々に蘇ってきた。
妹は私より大人しめな子でとても笑顔が可愛くて、私の後ろをギュッと手を握りながら一生懸命歩いていた。
「この子は私の体質を色濃く受け継いでいるから、すごく強い子になるわよ。
ふふ、でもほらお姉ちゃんと一緒にいたいのか指を掴んで離さないわね。歩き始めたら必死に後を追いかけてあっという間に成長していって、仲良く遊ぶ姿が目に浮かぶわ。
お姉ちゃんは明るくて周りのことをよく見て助けてくれる頭の良い子で、⬛︎⬛︎は魔法でお姉ちゃんの手助けが出来るからどんなことでも2人だったら乗り越えていけるわ。2人の将来が楽しみね。」
妹が生まれてすぐの頃、母はまだ元気で嬉しそうに何度もそう言っていた。妹も私もとても愛してくれていて、ずっと幸せそうに笑っていた。
妹が話せるくらいになった頃、家から帰った妹と私が見たのはうつ伏せに寝たまま動かなくなってしまった母の姿だった。
昨日までは皆んなで貧しいけれどとても楽しく日々を過ごしていたと思う。朝、食べ物を探しに出かける前までは元気だったのに。
母がごめんね、寝てたと言って起き上がってくれるだろうと、2人で起きるはずのない願望を抱きながら身を寄せてただ座っていた。
父は元々いないに等しかったけど、母が亡くなってからは私たちの前に姿を現さなくなった。最後に会ったのもいつなのか思い出せない。
母は妹が話せるくらいになった頃、突然動かなくなってしまった。
父は母が亡くなってすぐにどこかへ行ったらしい。
風化したボロボロの小屋の中で寒さと空腹と喉の渇きに耐えて、雪が所々に付着してもなお動かない母にたかる虫を見ながら寒さに震える妹と寄り添っていると、ふと、このままだと私たちも母と同じになると本能的に悟った。
私は妹を連れて母が元気な頃よく遊びに行っていた孤児院に行き、私たちが働けるようになるまでここに住まわせて欲しいと頼み込んだ。
シスターがよぼよぼのおばあちゃんで足取りさえもおぼつかないため、孤児院に身を寄せてからすぐに動ける他の子供達と話し合い、一緒にここでの仕事を分担した。
最初の頃は勝手が分からずとにかく死に物狂いで食事作りや掃除、洗濯、買い出しなどをこなしていった。
歩き始めてからずっと母の後をついて回っていたのでひと通りの事は理解していたが、大人のいない子供達のみでこなしていくことはとにかく大変だった。
まだまだ力仕事は得意ではないができるようになんとかみんなと工夫して日々を必死に凌いでいた。
妹には無理をさせたくなくて他の小さな子供たちの遊び相手をしてあげて欲しいとお願いした。
雪が溶けて暖かくなった頃にはみんな慣れてきてスムーズに日々の仕事をこなせるようになった。
みんな打ち解け合い、貧しいが笑いの絶えない賑やかな大家族でそれぞれできることを考えながら一生懸命過ごしていた。4年が経つまでは幸せな思い出だった。
4年が経ったある冬の晴れた朝のこと。
シスターが空へ旅立ってしまった。
ここに訪れる大人は1人も居らず、どうしたら幸せに天国に旅立てるか考えたところ、皆んなで穴を掘ってお墓を作ることにした。
みんなでお墓を作った日の夜のこと。
タイミングを見計らったかのようにデカい男たちが現れ、抵抗も楽にできないまま刺された。
妹は泣き叫んでいた。そういえば3人で住んでいたあの小屋は妹が生まれた時よりボロボロで壁には赤い液体が飛び散り、赤い液体の中央で母は何かに手を伸ばしながらうつ伏せになっていた。
もしかしたら母も誰かに殺されてしまったのだろうか、と走馬灯のように思い出していた。
先ほどは刺されるたびに感じていた衝撃も痛みも熱さもどこか他人事のように認識しながら視界が真っ黒に染まった。
人間は死後直後、周りの音が聞こえているという。
妹の泣き叫ぶ声と誰かの声が混ざり、離れて行ったことは覚えている。恐らく妹は生きている。
小さな背中を丸めて今もか細い声で1人泣いているかもしれない。たった1人の大切な家族を失いたくない、目が覚めたら見つけてあげなければ。
またかわいい笑顔を見せて欲しい、お姉ちゃんと呼びかけてほしい。
全ての記憶を走馬灯のように思い出していたら、最後に一つだけ記憶が欠けていることに気がついた。
私の名前なんだっけ?あの子の名前も何故か思い出せない。あの子の顔も、声も思い出せるのに。
何度思い出そうとしても思い出せなくて頭が痛くなってきた。
焦っても仕方ない、名前以外の記憶は戻ったし身体が動くようになってからこれからのことを考えよう。
もう一眠りしたら動けるようになるだろう。
そうしたらすぐに人の多い場所で妹について聞かなければ。私たちが住んでいたあの国は確か…なんて名前だっけ。暗闇の中で感覚は無いけど手を顎下に持っていく意識をしながら記憶を辿った。国名と名前がわかれば書き込みがしやすいから。
…思い出した、あの国の名は確か聖レゲリア王国だったっけ。お母さんがポツリと呟いていたはず。
でも名前はどうしても靄がかかったままで思い出せないや。
情報量が多くて身体が休眠したいとしきりに訴えている。とりあえず寝れる時は寝て、起きてから考えよう。
真っ暗な洞窟で目が覚めた。
音もなく匂いも特に感じないからまだ身体が元に戻りきっていないのかと、あちこち動かした。
ちょっとギシギシ関節が痛むけど以前と同じように問題なく動くみたいで安心した。
頭もスッキリ冴えていて、空腹と喉の渇き以外は特に問題がないように思える。すぐにでも妹を探しに行きたかったけど、何も身にまとっていないからどう見ても不審者だろう。
何かないか洞窟の中を探索してみたら、奥の方に骸骨が重なるように沢山いて、服を着ている骸骨さんから拝借した。ちょっと裾が破けたりボロボロだけど何も無いよりはマシだろう。
目下の問題は解決したと見て、明るい方へよろよろ歩いていると、一気に視界がひらけた。どうやら洞窟から出られたみたいだ。
またよろよろと妹の手掛かりを得るために人のいる土地を目指してとりあえず左側へ歩みを進めた。
トコトコ歩いていると、黒いモヤを纏った狼が突然草の中から現れ、こちらに噛みついてこようとした。
咄嗟に手を振って追い払いながら衝撃に備えて目を瞑ったけど、襲い掛かられることはなく狼の声や足音も無くなっていた。
恐る恐る目を開けると狼がいたであろう足元に、かすかに煙が出ているだけでそこには何も無かった。
私が無意識でお母さんが言っていた特別な魔法というものを使ったのだろうか。
幼い頃、お母さんは自分が人より魔法を使えるのだと綺麗だけど不思議な色の花や歩くブリキ人形を見せてくれた。
日常生活でも水を出したり、畑を土人形でお世話させたり、私にはお母さんの魔法は夢のようにキラキラ輝いていた。
お母さんが元気だった頃はとても綺麗で楽しい特別な日々だった。
だけど、全部お母さんだけが使える特別な魔法で、他の人には話してはいけないと、私が魔法を教えて欲しくて聞くたびに哀しそうな顔をしながら教えられた。
お母さんの魔法は今も鮮明に思い出せるくらい憧れていたもので、あの頃を思い出しながら自分でもできるのかと試してみたら難なく出来てしまった。
小さい頃は全く魔法を使える素振りもなくて孤児院に来てからは魔法について考える暇は無かったから、具体的にいつからできるようになったのかはわからないけど、お母さんとの幸せな思い出が色褪せることがなくなったととても幸せな気持ちになった。
妹と再会できたら見せてあげよう。きっとあの頃の私と同じようにはしゃいで喜んでくれるはずだから。
幸せな思い出に浸っていたかったけどお腹が空きすぎて吐き気と頭痛がひどく、とりあえず次襲いかかってる動物を食べることにした。
魔法が自由に使えるならきっと焼いたり皮を剥ぐことくらいはできると思うから。
次に出てきたのは凶暴な狼ではなく、同じく黒いモヤを纏った兎のような動物だった。
様なと言うのは私の知っているウサギは手のひらサイズだけど、倒したウサギは私と同じくらいの大きさをしていたから。
その分お腹いっぱい食べてももう一回食べられそうなくらいお腹が残った。うさぎの皮の半分をコート代わりに、もう半分は肉を運びやすいように布代わりにした。
途中で川を見つけて喉の渇きを癒してからまた歩き続けた。
森が鬱蒼としていて陽の光もなくずっと暗いままで朝なのか夜なのかも分からないのと、一向に眠くならないからまだそんなに時間が経っていないのかなと考えながらひたすら進んだ。
黒いモヤの動物を途中で数えるのを諦めるくらい倒したあと、当たり前すぎて忘れていたけどふと私の身体とは決定的に違うことに気がついた。
動物は倒した直後も少しだけ心臓が動いているけど自分の胸に手を当てても全く心臓の拍動がない。
ひょっとしたら自分は刺されたあとしっかり死んでいて、生き物じゃなくなったって言う事じゃ無いだろうか。
見た目は人間ではあるけど心臓は動かないし、よく見たら肌も青白い。
今の私はどこかの図鑑で見たゾンビではないだろうか?
…今までと同じく話せるしお腹は空くし眠くならないことは利点にも感じる。困ることは何もない。
まだまだやらなければいけないこともあるし、片手間に自分のことは調べていけば良い。妹を探すことが今1番重要な事だと再び心に刻んだ。
だけど、生きている人間に今の私を見られたら逃げられるかまた殺される未来しか考えられない。
妹に会うまでで良い、何かこの見た目を誤魔化せるものは無いかと森をひたすら歩きながらウンウン考えた結果思いついたのは、体内循環と変装魔法だった。
これを何も知らないまま思いついた数年前の自分を褒めたい。
体内循環の魔法とは心臓のあった位置にある魔力を貯蓄する器官を心臓のような役目を与え、あたかも生きている人間のように魔力を血液のように循環させる魔法である。
循環させる魔力には熱を付与し体温を再現させた。
変装魔法は余りにもモヤを纏った動物に襲われるため途中でめんどくさくなって、同じ姿に出来ないか試しに使ってみたところこれが上手くいったようでよっぽど強い動物以外には襲われなくなった大変便利な魔法である。
ぜひここの森歩きをする時に習得して欲しい代物である。森を歩く必須法!みたいな名前にして魔法を売れば一儲けできるかな。
他に一儲けできる有用な魔法はないか考えながら引き続き狼のまま森を歩いていると、うっすら城壁が見えてきた。もう少ししたら変装を解いて体内循環の魔法を使おう。
あそこで妹の手掛かりが見つかりますようにと祈りながら街の方へと歩いて行った。




