1.『藍』の魔女
序盤はマッハスピードで進んでいきますので展開が早すぎて合わない方いらっしゃいましたら申し訳ないです(汗
加筆修正しました2025/11/3
今日もこの店は夜でも賑やかな雰囲気で溢れている。先輩お姉さんとお酒を和やかに飲む客や、バーテンダーと穏やかに話す常連客、団体で賑やかに軽食やお酒を嗜み笑い合っている客。
この店の中ではみんな楽しそうに夜のひと時を堪能していた。かく言う私は慌ただしく、だけれど品を損なわない程度の早歩きで接客に従事している。
ジンジャーモヒートを3番卓へ、1番卓へオリーブのピンチョス、ライムを載せたカプレーゼ、白ワインを1本、滑らかな口上と共に運んでいく。あらかた終えて裏で一息ついていると、
「『アイ』ちゃん指名入ったよ、2番卓にご案内して差しあげて」
受付中のオーナーに呼ばれた。
「分かりました。こちらへどうぞ、いつものお酒で宜しいですか?」
口下手な私でも、常連の気のいいおじさまはニコニコと応対してくれる。そのまま2番卓へ一緒に歩いた。
オーナーはショコラブラウンの髪をオールバックにした爽やかな男性である。道端で空腹と眠気でふらふらになっていた私を拾って自分の店で働かせてくれる、助けてもらってなんだけど親切すぎて心配になる人だ。
「この人の怒った顔を見ることは死んでもないんじゃないか」と、この道30年ベテランバーテンダーのイケおじと世間話をしている時に言われた。そのくらい穏やかな人らしい。
ここで働いている人は訳あり6割オーナーの人柄に惹かれて転職してきた人が4割の、夜のみ営業している会話とお酒を楽しむ店である。
行き倒れかけてオーナーに拾ってもらった私はアイ、藍と書く。
変装魔法で平均的な茶色の髪をシニヨンで括り、これまた平均的な茶色の瞳に、黒地に紫のグラデーションがかかった仕事着を着ている。
本来の私は黒髪にピンクと藍色が混ざった目をしている。瞳が藍色だから藍、と言う安直な名前である。
接客よりも軽く会話をしながら軽食やお酒を運ぶ方が得意で、指名されたら緊張して基本無愛想で聞き手に徹しているしかないのに、これがまた良いとか言われて人気が出ている。謎だ。
今も指名した男性客はめちゃくちゃ嬉しそうに私に話しかけながらお酒を飲んでいる。私にも美味しいジュースを奢ってくれた。奢ってくれたお礼は丁寧に話せるけど、長めの会話は慣れ親しんだ人以外とは上手く話せない。
話を聞いてくれて相槌を打つだけでも良いと喜んでくれる人にはとりあえず薄い微笑みで感謝を伝えている。事前に伝えているが案外指名してくれる気さくな人の多いお仕事だ。
この賑やかな店が集うピアトラ王国は魔物が跋扈する広大な森、永遠に炎が燃え続けている死の大地、海産業や移民が多いアヴァメリ国、気温差が無く安定した気候を活かした酪農や農業が盛んなマルハロ国、神を崇めるサンハ聖王国が隣接している。
昔は血気盛んなどこかの元聖王国が様々な国に戦いを仕掛け、非人道的に勝利しマルハロ国、アヴァメリ国、ピアトラ国と他2国(あとの国名忘れた)を支配しそれぞれの資源を自国に献上させるため領土を広げていたが268年前に一晩で滅び、永遠に炎が燃え続ける死の大地と化した。
人々は身勝手に世界を支配しようとした愚王が神の怒りを買い、神は人々が住まう事をお許しになられなくなってしまったと噂し元聖王国の領土の中で辛うじて死の大地となっていない土地に神を崇め鎮めるサンハ聖王国を260年前に建国した。
教会が主体となって管理している国でほとんどの国民が教会の聖徒らしい。それ以来目立った戦争はどこの国も起こさなくなり、国が1つ滅びたおかげで人同士の戦いは鎮静化し魔物との戦い以外は平和な世界になった。
…とまあ世界情勢の勉強は置いておいて私の今生活しているこの国について話そう。
ピアトラ国は鉱山が多く、副産物である石が壁にも道にも多く使われている見渡す限り石、石、石の国だ。
鉱山ばかりの国だが他の国との貿易が盛んなため食も豊かで、原石で作った広場は目に鮮やかだし特産品の宝石で彩ったアクセサリーはもちろん宝石の粉を生地に織り込んだ輝くドレスや服は、大人気の贈り物として他国からの観光客も絶えない賑やかな国だ。
仕事を求めてやってきた働き手や宝石など様々な特産品を扱う商会、私のように放浪している者など様々な人がいるけれど土地柄穏やかな人が多いのか比較的治安の良い国である。
私の働いているこのお酒と会話を楽しむお店「レバリー」では純粋にお酒を楽しむ人、綺麗なお姉さんやお兄さんと会話を楽しみたい人、悩み相談や愚痴を聞いて欲しい人…沢山の人がこの夢の世界で夜の間だけの癒しを求めてやってくる。
オーナーは会話を楽しむお客さんのための働き手を求めていたから私を拾ったことは良い出来事だったと話してくれた。
思わず崇拝したくなるほど、どこまでも良い人である。
私もお金を稼いでやらなければいけない事があるため、喜んで働かせてもらっている。
この国では私のように多額のお金が必要な人達が殆どの割合で夜のお仕事をこなしている。
この店の訳ありである6割の従業員も何らかの理由でお金が必要な為ここで働いている人たちだ。
残りの4割のベテラン従業員は大体オーナーの人柄に惹かれてここで働いている。
この店の核となる部分はほとんどベテラン勢が担っている。従業員の入れ替わりも激しいため、自然と責任のある仕事は勤務歴の長い人たちがこなさなければいけなくなるんだろう。
かくいう私もお金が貯まったらオーナーに恩を返して、ここを出ていく予定の従業員の1人である。
「ありがとね、こうやって話すだけでも気楽になるもんだよ。ここにいるだけでまた明日から頑張れそうだって気持ちになるからついつい寄ってしまってね、もう歳なのに、あんたは酒の飲みすぎだ!って女房に怒られてしまったよ…ははは!!」
いやいや困ったと言いながら、全く困ってない様子のおじいちゃんは片手にウイスキーロックを持って朗らかに笑いながら話している。
この常連さんは週に2、3回はここに来ている。
2杯目を余裕で空けていたが身体が心配なので会話に相槌を打ちながらレモン水をそっとおじいちゃんの前に置いておく。
聞き手に徹しているしかない私にも気さくな客たちの相手を終えて、夜が明ける頃この夢の地は幕を閉じる。
従業員のみとなった店内は和やかな雰囲気になりながら後片付けをして退勤していく。ここのお国柄は穏やかな人が多いので接し方も気さくで仕事は全く苦にならない。
仲の良い従業員のお姉さん方と別れ、今は静かになった通りを離れ、大通りに出た。
このまま市場の方へ足を運べば採れたての新鮮な食材達を購入できるけど今日は昼から別のお仕事が入っているから足早に寮へと帰る。
お金を迅速に貯めるため1日中働き詰めの日もある。
週に5日ほどそんな人外じみた日々を送っているため、同一人物だと疑われると厄介で変装魔法を使ってそれぞれの「私」で仕事をしている。
この国では火を起こす、光の球を出す、コップ一杯分の水を出すといった簡単な魔法が誰でも使える。
中には魔力を対象に流せば自分が持っていない魔法を扱える魔道具というものが存在している。
空を飛ぶことのできる魔道具、会話を録音、又は書面を送ってくれる魔道具、魔力で所有者を限定して物を沢山運べる魔道具など高額だが手に届くものもある。
才能があれば様々な魔法を本から学び、実践を経て修行をする事で習得することもできる。
最も空を飛ぶ、遠くの相手とコミュニケーションを図るといった行為はまずその行為がどういった原理から成り立つのかを理解し、原理に基づいた法則を理解し魔法陣の意味を読み解かないと実践の際に命がいくつあっても足りないため大抵の人は魔法習得を諦める。
この魔道具も回数制限があるためずっと使えるわけではない。魔法の原理や法則に数年、魔法陣の記号一つ一つを理解するのに最低10年はかかるため、ほとんどの人は魔道具に頼って生活をしている。
稀に生まれ持って特定の魔法をすぐに扱える人もいる。そう言った才ある者たちは国の中枢で遺憾なく己の力を発揮し功績を積んでいく。
魔法の才能を生まれた時から持つ者は魔力が多く魔法の感覚を掴むのが上手いため習得は元よりすぐ身につける。
生まれる前から魔法について勉強していたか、前世は偉大な魔法使いだったのではないかと言われているほど位の高い人達は天才の集まりらしい。
この国の王様は血筋に限らず実力で人選していく人らしく中枢には貴族や平民が入り混じり、日々切磋琢磨し技術を磨くことでこの国がより栄えある国となるように政策を次々と打ち出しているらしい。
見渡す限り石ばかりではあるが、王はとても柔軟な発想をしている国である。
と、魔法で沸かしたお風呂に入り、帰り道にあったパン屋さんで買った大好きなベーグルサンドを食べ、歯磨きと着替えを回想しながら終わらせた。
抗えない眠気に襲われてずるずると身体を引きずりベッドに這い上がった。
続きは起床後の昼頃からにしよう、おやすみなさい。瞬時に意識が夢の世界へと旅立っていった。
―色々簡単にここに来てからの回想をしたせいか、見た夢はひどく懐かしいものだった。―




