もらったもの
麻音李は今日も自転車でゆく
解せない、切ない、解せない、切ない、ぅぅうう~! 解せない! 解せない~!
コツン! …麻音李50才小悪魔レディーはぶつくさ言いつつ帰途を辿っていたら電柱におでこをぶつけた。目から星。むぅー…!
自転車置き場ではなんでかわかんない、急いでたらレジ袋に入った重たいお茶が跳ね上がりペットボトルを鼻の上の方ぶっつけたし。今朝の出勤途中の事だ。思わず麻音李は鼻血が出たかと焦り、ハンカチで鼻の穴を拭った。ぐっしょりと汗を拭いただけで済んだ。
だってさ、あんな虐めある? 酷いよ?!
麻音李がんばりやさんレディーはお年寄りの介護の職に就いたばかりだ。トロい麻音李は先輩たちに笑われ、小バカにされたり、しょっちゅうキツい口調で人格を罵られている。
それでも…あそこは、だれの為にあるかというと、あのお年寄りたちの笑顔のためにある場だ。
ああいった場所で、職員が変わるという事は、利用者さんであるお年寄りからすれば戸惑うし、寂しいし...兎に角! 利用者さんにしてみれば、職員がコロコロ変わるよりも、同じ顔触れが居てくれるほうが安心するに決まっている。
至極プライバシーに関わる手助けを必要とされている訳ですからね。
先輩たちは利用者さんに冷たい。
麻音李は、自分が仕事をうんと覚えれば利用者さんをもっと穏やかな心地で過ごさせてあげられる、と一生懸命頑張っていた...。
でも、この虐めだけには耐えられないと思った。それは
「仕事を教えてくれない」という虐めだ。
麻音李は腸が煮えくり返った。(フェアーじゃない!!)あんまりだ。
たまりかね直訴した。「戸川さん、わたしにおトイレ介助の仕事を教えて下さい。」「なに言ってんの? あなた、利用者さんの名前を間違うくせに。それに、あとから入ってきた早田さんを御覧なさいよ、あなたより仕事が出来るじゃない?! あなたになんか仕事教えられません。」
ハ?…教えないから覚えられないし、あんたらがあたしを虐めるからやりにくいんじゃん。だいたいに虐めに言い訳なんかできねーぞ。
約50名の利用者さんのお名前を、働き出して2週間も経たない頃「まだ、覚えられないの? すぐに憶えろ」と言われ、必死で覚えたんだ。
「仕事を教えてもらえない」…
電柱にぶつけたおでこと、ペットボトルをゴッツンした鼻の痛みのせいではない。冷静に、数カ月間ファイトを燃やしてきた麻音李はここに来て「ここじゃ自分が成長できない。」という考えに至った。
お年寄りたちのユーモア、優しさ、笑顔、忍耐…麻音李にはそれらが、まさに人生の先輩たる神々しいものとして目に映っていた。
辞職したいと申し出た話が伝わり、上層部の人4名が外部から駈けつけて来た。「麻音李さん、辞めないでください! あなたみたいに、風船であんなに楽しそうに利用者様と遊ぶ人…初めて見ました」彼らは時々現場を覗いていたのだ。
彼らの説得は2時間に及んだが、麻音李は首を縦には振らなかった。本当に、後ろ髪を引かれる悲しさだ。
虐めの全てを上層部の人間に伝えた。彼らは驚き麻音李に謝った。そうして退職した。
麻音李はその夜自宅で「さようなら…」 覚えた利用者さん皆の名前を口にしながら胸につぶやく。
切ない、切ない…切ないよ。
どうかお元気でいてください。力になれなくて御免なさい... 心の底から利用者様に謝った。
麻音李は今休職中だ。
はりきり過ぎていたせいか、どっと日々に疲れが出、もぬけの殻という感じ。
慌てない…ゆっくり…自身にそう言い聞かせる。
おじいちゃん、おばあちゃんから戴いた愛を無駄にしません。利用者様は利用者なのに、麻音李はかわいがられ、嬉しかった。ドジをも笑い飛ばしてくれた。
50才でお仕事を始めるのは…遅くない。年齢にあった出会いがきっとある!輝ける場所がある。
今はアイスクリームをムシャムシャたべよう。
麻音李は人生の大先輩たちのおおらかさやユーモアに、感動しました。年齢を重ね、日々を過ごすことのカッコよさを学んだのです。




