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“大銃壊”−その日、空から銃が降ってきた−   作者: 秋浦ユイ
ヴォルコヴァ・七尾・ナターシャ篇 8時32分〜11時18分
22/24

EP17

黒岩の号令で、特別保安部隊の一行は再び線路を進み始めた。足音がトンネルの壁に反響し、規則的な金属の響きが続く。

誰もが黙り込み、疲労と不安を抱えたまま淡々と歩いていた。

やがて、一行は途中駅に辿り着いた。古びた蛍光灯がかすかに明滅し、ホームの隅では避難者たちが寄り添っている。私は立ち止まり、周囲を見回した。

――ここにも、まだこれほどの人が。

彼らは黒岩たちの姿を見るなりざわめいた。

「誰かが来たぞ」「助けが来たんだ!」

希望と混乱の入り混じった声が上がる。しかし、人々は“特別保安部隊”という存在を知らない。ただ線路を渡って堂々たる姿を見て、彼らを自然と「救助隊」だと信じただけなのだろう。

黒岩が一歩前に出て、手を挙げた。

「皆さん、落ち着いてください。私たちは避難経路を確保して移動しています。この駅も一時的な安全地帯として利用できます。ここで休んで構いません」

人々の表情に安堵の色が広がる。何人かが拍手し、子どもたちは泣きながら母親に抱きついた。

黒岩はその光景を静かに見つめ、隊員に指示を出す。

「物資の確保班を編成します。医療班は怪我人の確認を」

私は頷き、医療用のバッグを肩にかけ直した。周囲では、医師や看護師たちが人々の手当てを進めている。

そんな中、私は見覚えのある後ろ姿を見つけた。

――ユリカ。

あの時、トイレで泣いていた少女だ。その傍らには、彼女の母親がいた。

「ユリカちゃん」

声をかけると、少女は驚いたように振り向き、ぱっと笑った。

「七尾お姉さん!」

母親も深く頭を下げる。

「本当に、あの時はありがとうございました」

「無事で何よりです」

私はほっと息をついた。ユリカが差し出した手には、小さな人形が握られていた。

「お母さんが持っていたの……かわいいでしょ」

――小さな手、細い指。

思わず、その手を見つめてしまう。アイリスも、こんなふうに手を握ってきた。「ねえママ」と無邪気に笑ったあの瞬間が、脳裏に鮮明によみがえる。

気づけば、頬を一筋の涙が伝っていた。ユリカの母が心配そうに覗き込む。

「な、七尾さん……?」

「あっ、いえ……少し疲れただけですよ」

「大丈夫ですか? 少し休まれては」

「いえいえ、まだ私にはやる事があるので」

慌てて涙をぬぐい、その場を離れた。振り返ると、ユリカが手を振っている。その小さな仕草が、三歳のアイリスと重なって見えた。

――少し、外の空気を吸いたい。

私は階段を上り、地上へ向かった。地上へ近づくにつれ警備員らがいたが、医師である私を止めることはなかった。

ただ、地上に出ると、想像を絶する光景が広がっていた。

灰色の空に、倒壊したビル。そして地面一面を覆う、無数の**“銃”**。拳銃、ライフル、ショットガン、見たこともない形のものまで――それらが地面を埋め尽くしていた。

人々が探索していたが、誰もまともに歩けない。銃に足を取られ何度も転びそうになっていた。

警官らしき男がトランシーバーを構えて叫んだ。

「だめだ、ここは危険だ!戻れ!」

私は息を呑み、すぐさま階段を駆け下りた。

――あの光景を、長く見てはいけない。

頭の中で、無数の引き金の音が響いた気がした。

地下に戻ると、黒岩が人々の前に立っていた。

「地上は予想を遥かに超えるほどに荒れ果てていた……皆さん、次の途中駅には地下デパートがあるはずです!そこへ向かいましょう!」

その声に、人々の間からかすかな歓声が上がる。“前へ進める理由”を与えられた人間の顔が、わずかに明るくなる。

ただ、中には浮かない顔をする人々もいた。十人十色、それぞれにこの事態を思うのだろう。

黒岩は力強く言った。

「皆さん、もう少しだけ頑張りましょう!」

列が再び動き出した。私は最後尾に並びながら、胸の奥で何かが重く沈んでいくのを感じていた。

列が進むにつれ、私の呼吸は乱れ始めた。地上で見たあの惨状――銃に覆われた街並み――が脳裏に焼き付いて離れない。気づけば、足がふらついていた。

「先生、大丈夫ですか?」

隣から声をかけられる。私は微笑んで首を振った。

「平気よ、ただ……思い出してしまって」

――あの子のことを。

胸の中に押し込めていた痛みが、再び顔を出す。それでも私は歩みを進めた。

やがて、次の途中駅に到着した。そこでも避難者たちが息をひそめているのを目撃する。

ホームの壁に描かれたチョークの文字には「希望」とあったが、その筆跡は震えていた。

黒岩が人々を落ち着かせていると、突然、駅の奥から叫び声が上がった。

「ね!ねぇ、あなた!」

駆け寄ってきたのは、二人の中年夫婦だった。顔は涙と煤で汚れ、息が荒い。

「息子を……草山樹太朗を見ませんでしたか!?」

黒岩が眉を寄せ、またニッコリと笑顔を見せた。

「息子様でしょうか……息子様は今朝、どちらにいらっしゃいましたか?」

「兼充です!あの街にいたんです!今日、家にいるはずで……!」

夫婦は声を震わせながら訴える。

「今朝、息子が学校を休みたいと言って……だけど、私は休ませてしまって!そのまま仕事に向かったんですよ……!」

黒岩は静かに手を上げた。

「今は落ち着いてください、奥さん。警備班が話を――」

私はその場から動けなかった。夫婦の必死の声が、胸に突き刺さる。アイリスを救えなかった自分。その自責の念が、ずっとこの胸の中で腐り続けていた。

私は黒岩のもとへ歩み寄る。

「黒岩さん。私、行かせてください」

黒岩の表情が険しくなる。

「何を言っている……どこへ行く気です?まさか、兼充に戻るなんて言うんじゃ……」

「そうです。その息子さんを探しに。まだ生きているかもしれません」

「駄目です。あなたは医療班の中心だ……今ここを離れたら、多くの人が困る」

「……それでも、誰かを置き去りにしたままでは、私は前へ進めません」

黒岩は黙り込んだ。私の瞳に宿る光は、悲しみではなく強い意志だった。

「あなたまで失えば、この部隊は崩壊するかもしれないんですよ。それぐらい、この場では、たった一人の役者の力は大きいんだ……」

「構いません。誰かが行かなければ、その子と親は二度と会えないかもしれない」

そのやり取りを聞いていた夫婦が、黒岩の前に跪いた。

「お願いします……私たちも行かせてください!」

「なっ、今の地上がどうなっているか分かっているでしょう……」

「分かっています、それでも……息子を、探したいんです」

黒岩は長い沈黙の末、深く息を吐いた。

「……っ、わ、分かった……」

その口論を聞いていた人々は、拍手や怒号などを交錯させた。

『子供を救ってやれ!頑張れ!』

『身勝手な判断だ!オレだって恋人と今朝別れて、それきり連絡が途絶えたんだぞ!』

黒岩は苦い顔をして言った。

「医師としての判断も忘れないでください。感情に流されてはいけませんよ」

私は微笑んだ。そして黒岩はトランシーバーを私に授けた。

「これは……」

「何かあったら連絡するように……それと、先に戻った、もう一人の医師の安否も確認して来て欲しい……」

黒岩は目を伏せて深呼吸をした。

「すまない……確かにあの人に警備を付けるべきだった……私も決断に追われていた。すまなかった」

そして、わずかにうなずき、人々に放った。

「……皆さん!彼女たちを盛大に送り届けてください!私たちは、こうして助け合わなければ生き残ることはできません!どうか、どうか!」

私は夫婦に手を差し出して歩き出す。人々の拍手や喝采を浴びながら、一度辿った線路の上をまた歩き始めた。

「さあ行きましょう。気軽に七尾って呼んでください」

「ありがとうございます……七尾さん」

「こんな僕たちのために、すみません」

トンネルの奥から冷たい風が吹き抜ける。その風の中で、私は静かに空を仰いだ。

――アイリス。見ていて……。

《10時32分》

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