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“大銃壊”−その日、空から銃が降ってきた−   作者: 秋浦ユイ
ヴォルコヴァ・七尾・ナターシャ篇 8時32分〜11時18分
21/24

EP16

ユリカちゃんと共にゆっくりと駅のホームに戻ると――


『事態は人類が経験したことのない大事態です!空から銃器が降ってきたこの世界で、地上で過ごすことはできない!』

一人の男性が、場にいる全員に力強く訴えかけていた。彼の後ろには、警備員や駅員が控えている。

『いいですか、皆さん。何としても生き残りましょう!』

演説をする男性の周りには人だかりができ、皆がその言葉を真剣に聞き入れ、賛同する声が後を絶たなかった。

「あぁ!その通りだ!」

「生き残るぞ、皆で!」

「黒岩さんがいるなら百人力だぁ!」

――彼は一体、何者なのだろうか。

「空から……じゅうき?」

ユリカちゃんが小さく呟く。首を傾げる彼女を横目に、私は何も言えずに、ゆっくりと彼女の母親を探した。

『皆さん安心してください!私たちは組織を緊急発足いたしました!その名も**“特別保安部隊”**!――皆さんを安心安全な道へ導く組織です!』

黒岩と呼ばれた男の声がホームに響き渡る。その言葉に、人々の顔がぱっと明るくなった。

『この部隊には、弁護士や警察官、警備員、駅員、そして医療従事者が集っています!私たちが皆さんを都市部の安全な区域へと導きます!』

希望のようなざわめきが広がっていく。

黒岩の指先が、線路の先を指し示した。最初から開いていたホームドアから、次々と警備員らが降りていく。

暗く伸びるトンネルの中、わずかに非常灯の光が灯る。

『地上は危険です。線路を経由するのが最も安全なルートです!私たちが先導します――落ち着いて、順に前へ!』

ホームドア付近で、警備員が笛を鳴らし、群衆を整列させていく。子どもを抱く母親、荷物を抱えた老人、誰もが「安心」という言葉にすがるような目をしていた。

「……お母さん、どこ……?」

ユリカが小さく呟く。私はしゃがみ込み、目線を合わせた。

「もうすぐ見つかると思う、大丈夫」

小さな手が、私の指をぎゅっと握り返す。その温もりを感じながら、私は再び人波の中に目を凝らした。

「ユリカっ!!」

叫び声が人混みの向こうから響いた。私とユリカが同時に振り向くと、腕を振りながら駆け寄ってくる女性の姿が見えた。

汗と涙でぐしゃぐしゃの顔に、確かに見覚えがある。

「お母さん!」

ユリカが走り出し、次の瞬間、母親の腕の中に飛び込んだ。強く抱きしめ合う二人。その肩が震え、嗚咽が混じる。

「ありがとう……本当に、ありがとう……!」

私は首を横に振った。

「見つかってよかったです」

とだけ言って、彼女たちを見送った。

黒岩の声はまだ響いている。ホームドアで列を作る人たちをなだめるように。

「特別保安部隊が守ります!」

「順に線路へ!」

だが、その声はどこか濁っているように私には聞こえた。

ユリカと母親は、他の人々と共に列に加わり、トンネルの方へと進んでいく。私はしばらくその背中を見つめ、それから自分も列の最後尾に加わった。

足元のホームが震える。線路に降り立った瞬間、空気が一気に冷たくなった。下にいた警備員が、降りるのを手伝ってくれた。

私は彼らに小さくお辞儀をして、人の集る方へ歩み寄る。

鉄の匂い。湿った風。そして、わずかに血のような金属臭。

「――七尾さん!」

呼ばれて顔を上げると、少し先に白髪の男が立っていた。皺の深い頬に、穏やかな笑み。

安東先生だった。彼は手を上げ、こちらに手招きする。

人の流れを縫って近づくと、安東先生は私の肩に手を置き、小声で言った。

「よかった、無事だったか」

「はい、安東さんの、おかげで迷子の子供も母親のところへ戻れました」

「そうか、それは何よりだ」

小さく頷き、周囲を一瞥する。トンネルの奥では警備員たちが列を整え、黒岩が何やら指示を飛ばしていた。

「状況が少しずつ、変わってきている」

安東先生の声は低く落ち着いていたが、その奥に一抹の緊張が見えた。

「君も聞いた通り、地下鉄に集まっていた政治家の黒岩氏が中心になって、警察や駅員、警備員たちをまとめ始めた。どうやら“特別保安部隊”ってやつは、もう完全に組織化されているらしい」

「……即席にしては、手際が良すぎますね」

「そうだな。まあ、この際なんでも良いが」

安東先生は短く笑ったが、その表情はどこか硬い。

「それと――」

彼は手にしたメモを見せた。そこには「前衛・中衛・後衛」と簡単な配置図が書かれている。

「医療従事者は中衛に固まって進むように指示された。前、中、後と警備と警察が数人配置されている。避難民はそれらに挟まれる形だ」

私は無言で頷いた。トンネルの奥から吹き抜ける冷気が背中を撫でる。不穏な静けさの中、列はゆっくりと前へ動き始めていた。

トンネルの奥は思っていたよりも広かった。だが、その暗さはまるで何かを飲み込むように深い。足元の枕木を踏むたび、金属音が鈍く響く。

私は安東先生と並んで歩きながら、静かに問いかけた。

「……先生は、何かご存じなんですか? 『空から銃が降ってきた』って話、あれは本当なんでしょうか」

安東先生は首を横に振る。額に浮いた汗を拭いながら、低い声で言った。

「私も見たわけじゃない。事が起きた時には地下鉄にいたからな。だが、地上から避難してきた人たちが口を揃えて言っていた……ただ、それだけだ」

「誰も、実際に降ってくる瞬間を見たわけではないんですね」

「ああ。私は、その**『結果』**しか聞かされていない。銃が転がり、血が流れ、人が倒れていた。どういう理屈で起きたのか、誰にも分からん……」

その言葉に、私は無意識に肩をすくめた。金属と油の混じった空気が肺に重くのしかかる。

その時だった。

――パンッ。

乾いた音が、後方の闇の中から響いた。一瞬、全員の足が止まる。それは確かに、銃の発砲音のように聞こえた。

ざわめきが広がる。誰かが悲鳴を上げ、何人かが振り返ろうとする。黒岩が、すかさず声を張り上げた。

『落ち着いてください!ただの音です!まずは先へ進むことを優先してください!ここで立ち止まれば、危険です!』

警備員たちが懐中電灯を振り、群衆を前へ押し出す。人々は混乱しながらも、流れに押されるように前へ進み始めた。

私は安東先生と顔を見合わせた。先生の眉間には深い皺が刻まれている。

「……嫌な音だな」

「発砲……ですか?」

「そうかもしれん。逃げ遅れた誰かの合図かもしれないし、実際に誰かが撃ったのかもしれん。どちらにしても、音の先には人がいるはずだ」

安東先生の声は落ち着いていたが、その目は鋭かった。私は唇を噛みしめ、頷く。

「戻って、確認した方がいいと思います。もし怪我人がいるなら……」

「そうだな。だが、このまま勝手に戻るわけにもいかん」

顔を見合わせ、二人で列をかき分け、黒岩のもとへ向かった。

黒岩は前方で数名の警官に指示を出していた。私たちが近づくと、わずかに眉をひそめた。

「何か?」

安東先生が一歩前に出て言った。

「後方で銃声がした。もし誰かが撃たれたのなら、救護が必要だ。医療班を戻させてほしい」

黒岩は短く息を吐き、頭を振った。

「今は前進が最優先です。人手も限られている、戻れば隊列が乱れる」

「しかし――」

「先生、あなたも医療従事者なら分かりますよね。一刻も早く人々の不安を取り除かないと……全体を止めるわけにはいきません」

安東先生は何か言いかけたが、すぐに言葉を飲み込んだ。数秒の沈黙ののち、静かに頷く。

「……分かった。だが、誰か一人だけでも行かせてくれ」

黒岩はしばらく考え、やがて渋々と答えた。

「……分かりましたよ。ただしすぐ戻ること。そして、その間も先に私たちは進みますから」

「感謝します」

そう言って安東先生は、私の方を見た。その目に迷いはなかった。

「私が行く。君はここに残れ。もし万が一のことがあっても、君なら動ける。だから任せる」

「でも先生――!」

「大丈夫だ。すぐ戻る。怪我人がいれば応急処置をして連れてくる」

そう言って、安東先生は振り返りもせず、トンネルの闇の中へと走っていった。

私は思わず黒岩に声を掛ける。

「せめて、警備員の一人や二人をつけるべきです。先生一人では危険です!」

だが黒岩は、手を振ってそれを遮った。

「何度も言っている通り、人手が足りないんだ。彼は医師だ、判断もできる。私たちは進む――それだけしかないんだ」

短く、冷たい言葉。

私は唇を噛み、背後の闇を見つめた。安東先生の背中は、もう灯りの向こうに消えていた。

《9時42分》

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