EP10
「例えば、地上から1キロメートルから3キロメートル地点で銃器が降ってきた場合、1キロの銃器には、地上に落下する時、1トンの衝撃力になる」
埃が舞い散る暗闇の中、ボクは口走る。目の前の出来事が現実であることに、不謹慎にも喜びを感じていた。
「だが、それは銃器を一つ1キロと仮定した場合だ。実際の数値はそれ以上になるだろう……落下地点の差異や風の抵抗が含まれれば、正確な数値は分からないが――」
「一つでも直撃すれば、人間なんてひとたまりもない……建物だって、たとえ耐震性や耐久性があったとしても、いつ破壊されるか分からない――」
「もういい、現実を突き付けないでくれ!」
ボクは一人、呟いていた。だが、眼鏡の男が反応を示した。名前も知らない、見知らぬ人間だ。
「『突き付けない』……それは『銃』にかけているのかな?」
「あぁもう、アンタといると気が狂う! 何なんだよ」
今回の出来事に出会したボクたちは不運か幸福か……まあ、少なくとも図書館で静かな時を過ごしていたボクの時間を、文字通り潰したのは不運だと思うけれどね。
「ん、ボクかい? 宇宙について色々と調べている、しがない大学院生さ……」
現実問題として、事態は深刻だ。
「……っ、うるさい……うるさい!」
狂うのも、狂っているのも、世界そのものだが……。
馬鹿馬鹿しいことに、図書館にはこれ以上逃げ場がない。だからこそ、知恵を使って今も息をしている。
「まあ、とりあえず音は止んだみたいだね……外に出てみようか。図書館の地下が意外と耐久性があってよかったよ」
ブルブルと震える手が、彼の肩からボクに伝わってくる。彼はなぜかボクを盾にするように歩く。地下書庫から地上へと続く階段を登った。
「これが、どこが……良かったんだよ!」
登った先の扉を軽く触れた瞬間、扉は前に倒れ込んだ。すると、目の前にカオスな光景が広がった。
兼充図書館。意外とお金がかけられたドーム型の煉瓦造り。耐久性は並以上だろうが、今回に関しては規格外だ。
災難発生から3分も経たないうちに、建物は貫かれ破壊された。だが、ボクは考えた。落下物を回避する方法、生き残る方法――それが地下書庫だった。
窓ガラスが割れ、破片が辺りに散らばる。落ちてきた銃器が、押し潰された本棚の上に積もっている。
「これは、不味いな……むき出しになってるな」
――ボクは小さく銃器の上を踏みしめた。不思議な感覚で、心が躍っている。
煉瓦造りであっても、さすがにあれほどの猛攻には耐えられなかったか……まあ、無理もない。1トン以上の物が連続的に降下しているのだから。
「何だよ……なんだよこれ!」
男がボクの背中から離れ、一歩前に出て嘆く。その様子から、相当なショックと失望が感じられた。
だが、そうだな。地下から這い出たのはいいが、建物であった空間がシームレスに変わり果てるというのは――
――実にもったいないと感じる。面白い小説があったのに……この建物の造形も案外好きだったから、なおさらだ。
「キミ……眼鏡のキミ」
「……え、自分のこと言ってる?」
彼は自身の胸を指で突く。頬は擦れて、そこから血が滲んでいる。
「そうだ、キミに話しかけている。それにここにボクとキミしか生き残ってないだろ?」
「あ、あぁ、そうっすね……じ、自分パク・ユンソンって言います。アナタは?」
「片里だ。早く他の生存者を探すぞ」
んん、空は薄暗く曇っているな。足元には降下してきた銃器……ふっ、新たな天気が追加されたみたいだ。
「あ、はい!」
彼は意気込んだが、身体は震えている。別に虚勢を張らなくてもバレているぞ……。
ボクは突き進んだ。
「あ、あの……片里さん、助けてくれてありがとうございます……ホントに」
助けた……? 助けた覚えはないぞ。ただ、地下書庫の目の前に彼がいたのが邪魔だったに過ぎない。
まあ、災難後の単独行動は危険なのは確かだ。結果的にはボクのためになっていたのかな……?
「偶然……だよ」
「え? 偶然……で、でも驚きました。片里さんって女の人だったんですね。地下室の時は暗くて分かりませんでしたよ、声も低めですし……」
「おい……どっから……ボクの性別の話に変わるんだよ……?」
何なんだ、この人は。人に慣れていない人間だ。デリカシーというものが、まるでない。
「あ、すみません……触れちゃダメでした……」
ボクはギロリと視線を送った。すると彼は目を伏せて声を細める。
まあ、「人慣れしていない人間」というのは、それはボクも同じか。
“信頼できる人間なんて自分だけでいい”。そんな考えで今日まで生きてきたけれど……実際そんなことはないと分かっている。
「早く、向かうぞ」
しばらく無音が続いた。だが、そんなことはどうでもいい。今は生存者探しと情報収集だ。
歩き出すと、静かに時が動き出した。
「あ、は……い」
途中、地面に落ちた拳銃を拾い上げ、ポケットに入れた。面白いなぁ、本当に。
――今、ボクの好奇心が最大限に疼いている。
なぜ、銃が降下してきた? そもそもこれは現実なのだろうか。生きている中で、こんな未知に出逢うなんて、幸せだと思わないか?
宇宙からの飛来、地球外知的生命体の攻撃。もし宇宙関連だとすると、なぜ「銃器」なのだろうか……。また、地球規模での突発的な戦争や研究、実験の線も考えられる。
数多の可能性と矛盾が胸を刺激する。もう、この上ない幸福だ!
「どして……ニヤけてるんですか、片里さん」
「ニヤけていたか……ボク?」
「あ、はい」
そうか、ニヤけていたのかボクは……顔に出るとは思っていなかった。
パク・ユンソンと名乗る男は、ボクの視線に映るか映らないかの境界で歩く。ズカズカとボクは道を進むが、彼もペースを上げてついてくる。
「あの自分……モデルガンとか好きでコレクションしてるんですけど――」
――突然、彼は告白する。つまり彼は銃に詳しいと言うことなのだろうか。これらの銃の出自が分かればもしかしたら……。
ボクは立ち止まった。急に止まるものだから、彼は少したじろぐ。
「なんだと……詳しいのか?」
ボクは、さっき拾い上げていた物を取り出した。その拳銃を摘んで彼に示す。
「ん、うん……これはイタリアの大手メーカーの拳銃だ――自分もモデルガンじゃない実物は初めて見た……まさか本物を見れるとは」
「イタリア……?」
「う、うん。他にも沢山のメーカーの銃器が散らばっているよ。アメリカ、日本、ドイツとか、世界各地の」
益々、謎が深まるばかりだな。でも確定したのは、本物の銃器であることだ。
「ほ、ほら見てよこれ……」
パクは周囲に無秩序に散らばる銃器を指す。ライフルか? 銃器には疎いので何も分からない。
「これ、結構……古い型式だよ。現代に残ってるのなんて、ほんの僅かの物だよ!」
古い型式……ほんの僅かの。
貴重な物も混じっているのか。
「複製品ではないのか?それは本物か?」
彼は深く、ライフルを見つめる。隅々まで吟味して顎に手を置いた。
「いや……うん、多分、本物じゃないかな?あっ!いや、プロの専門家じゃないから確証はないし、自信もないんだけどね……」
本物……複製品ではない。だとしたら、実際にある物を転移させて降らせた? 世界中に存在する銃器を全部……全域に?
だが、災難の規模が分からない。東京都の、この町だけかもしれないし。もし、そんなことが起こり得たとして、人為的な物なのは確かだと思う……。
いや、人為的であると考えるのは早計か? まだ情報不足だ……変に思考するのは混乱を招く。
「取り敢えず、進もうか」
「あ……はい……えと、どこに?」
ボクは再び歩き出した。そしてパクもだ。
「地下のある施設、地下鉄や地下デパートとかね」
今は、がんじがらめだ。ボクは手に持った銃を、またポケットに入れる。落ちないように深く。
こんな物が大量に散らばっているのだから、独占欲なんて湧かないがな。
パクはパクで銃は拾わない。銃が好きなら一目散に拾い集めると思ったが……やはり未知の領域であるからこそ、無闇に食いつかないのだろう。
慎重に駒を進めるのは、悪くはない。だが、時に激しく進まなければ、苦しみも去ることながら真実からの道は遠い。
「なんで……こうなっちまったんだよ……」
右斜めから小さく嘆く声が聞こえた。それは哀しさと恐怖、怒りを孕んだような声だ。
無理もない……ボクのように興奮しているのはごくわずかだろう。
「例えばパク――飢饉が起こり、誰も彼も肉や米、魚が食べられなかったとしたら、キミはどうする?」
「あ……ん、えと」
困惑していた。だが、それでいい。思考は楽しい。
タラレバは、起こる可能性が低ければ笑い話になる。だが、高確率で起こり得る未来の話をされたら、人の脳内に不安が、菌のように増殖する。
「分からない……」
「うん、それも立派な答えだ……昔の人々は神や仏、後は占い師やら、存在するかも危うい陰陽師に力を借り入れたと言う――」
「――結局は、時の運ということだよ」
パクは深く首を下げる。余計な感情を与えたのかもしれない。ただ、こういう時こそ思考が大事だ。
だからこそ思考は楽しい。思考を辞めたら人は、ただの生物だ。
「……自分は、ただのオタクで、目先の幸福しか望んでいませんでした。だってその幸福を掴めば、目の前の現実から逃れられるし――気持ちいいじゃないっすか」
「――自分の答えとしては『分からない』です。そんな目先の幸福を求める人間に、選択権なんて専ら与えられてないんですから……」
パクは妙に自信満々に、そして顔を上げて言い放った。思わず彼の、その勇姿をまじまじと見つめるほどに。
「片里さんは……どうですか……」
疑問を投げかけるパク。何故か笑みが浮かび上がってきて堪らない。人は、こうして成長する……。
「ボクは――」
言いかけた途端、遠くから声が聞こえることに気づいた。
『……ん…………ん……』
彼もその音に気づいたのか、警戒していた。
どこからだ? 周囲を観察し見渡す。
『ま……ん…………ま…………い……』
音が段々と近付いてきている。
「な、なんですかね……」
パクが思わず、怯える。ボクも騒めきに嫌な予感を覚える。
音の圧は分厚く、まるで合唱のように響き渡る。
『イエスマン!』
パクが遠くを指した。
「あ、あれ! 片里さん!」
――ズンズンと銃器の道を進む隊列が見えた。その数は、10や20どころではない大規模だ。
『イエスマン! イエスマン! イエスマン!
イエスマン! イエスマン! イエスマン!』
《9時15分》




