OP:片里 毱歌
《8月1日 7時55分頃 兼充図書館》
――その40分後、空から銃が降ってくる。
日常が嫌いだ。楽しい、面白いと思えることが、ボクの人生にはほとんどないから。
だが、何かに没頭することが全くないとは言い切れない。なぜなら、ボクは宇宙が好きだからだ。
開館前から図書館の入口で待機しているのも、すべて宇宙のおかげ。ほぼ毎日ここで本を読み漁り、夜になれば天体観測をする。それがボクの日常だ。
それでも、やはりこんな日常が嫌いだ。ぬるま湯のような時間を過ごしていても、辿り着ける真実は限られているから。
宇宙の真理を知りたいだとか、宇宙人の存在を証明したいだとか……あわよくば火星や月に行きたいだとか。そんな大それた夢をボクは抱いていない。
今はただ、「ブラックホールに飛び込む」くらいの気概で、宇宙へ飛び出したいと願うだけ。強いて言うなら、ボクの夢はそれなんだ。
母なる大地を抜け出し、途方もない無限を彷徨い……その中で異星人と交流したり、星屑に当たって全身を強打したり。
そんな狂った旅をしたい。宇宙はボクが考えている以上に狂気に満ちた空間だと、この身をもって知らしめてほしい。
『オマエは、何で生きているんだ?』
っ……。
頭の中で、親父の声が鋭く響く。もう何年もこの繰り返しだ。死んでなお、親父はボクを縛り続けるのか。
――とんだ毒親だ。母さんからボクを引き離したくせに!
「もう、8時だ……早く開けてくれ」
ボクは湧き上がった怒りをぶつけるように、図書館の入口を軽く叩いた。
すると、中から館長が近づいてきて、静かに扉を開錠した。
「はぁ、片里君……扉を叩かないでもらっていいかな?」
「それは悪かったよ……ただ、8時開館なのに時間を過ぎても開けない方にも非があるかと思いますが」
館長とは、親父との縁で知り合いになった。かなり以前から利用していることもあり、融通を利かせて閉館後も少しだけボクに使わせてもらったことがある。
あの時は助かった。研究が詰まっていたから、良い気晴らしになった。
「片里君も女性なのだから、少しでも丸くなったり、女性らしくあってもいいんじゃないか?」
館長はため息を混ぜながら話し、ボクを図書館の中へ入らせる。
「時代遅れですね、館長さん。今は実に便利な多様性の時代ですよ」
図書館は広く大きく、小説から絵本、図鑑に漫画まで、様々な本が整然と並べられている。
「分かりましたよ……では」
館長は諦めたように言い放ち、ボクににこりと笑顔を見せ、カウンターでパソコンをいじり始めた。
ボクは、カウンター横の壁に記された館内マップへ足を運んだ。一瞬、マップ内に「地下書庫」の文字が見えて、少し驚いた。
「そろそろ本の場所替えも検討されましたか?」
「んん? どうしてかな?」
館長がパソコンを操作しながら、小さな疑問を呈した。
「ここの図書館は、本が多すぎて座る席が足りていないと、大学で有名でしたよ」
マップを見ると、円状に本棚が敷き詰められ、中央には本棚が縦に3列並んでいる。席は、申し訳程度に隙間に配置されている。
「時間と労力がかかるからねぇ。そう簡単にはできないよ……それに、2階には沢山の椅子を用意している」
館長が言う通り、ここは2階もあり、そこにも1階と同様に円状をなぞるように本棚が設置されている。相違があるとすれば、中央に席が複数用意されている点だ。
「まあ、それもそうですね。替えたとしても、そういった文句を言う人ほど、大した利用はしないんですがね……」
ボクは館長に軽く笑いかけ、その場を後にした。
それにしても、ここは言われるほど悪くない。今日、何気なく見た館内マップで「地下書庫」の存在を知ったように、ここにはまだ未発見の何かがあるかもしれない。
次にボクは、ルーティン化した一連の行動をこなす。
入口から入って奥の右奥、宇宙関連の図鑑や本が置かれている場所へ向かい、分厚い本を取り出した。何冊か類似の書籍を取り出し、近くに配置されている机へ向かう。
この席はボクにとって絶好の場だ。図書館の奥の右奥、宇宙やSF関連の書籍はあるが、さほど人は通りかからず、かつボクの視界には本棚しか見えない。
そして時間帯も相まって、図書館は静寂を極めている。ボク以外に開館前に待機する人は、今まで見てこなかったし、今日もそうだ。
大学図書館的な立ち位置であるにも関わらず、こんなに人がいないのはボクにとっては好都合。
さあ、今日もつまらない日常を進めるとしよう。ボクは持ち運んできたノートパソコンを開く。
図書館から数人の声が聞こえるが、その声は数秒で落ち着き、再び静寂に包まれた。
今、ボクは月に関しての研究をしている。月の石の成分から主な地質成分の予測と月の起源を追う……そんなテーマだ。
宇宙は未知である。ただ、その未知にも限りがあるとしたら? ボクは悲しく思うだろう。だが、宇宙というものは、規格外だと信じている。
ボクは書籍を捲り、読み進める。そして、得た情報を書き記していく。情報を得て、その情報から何を考え、何を感じるのか。また、その意義とは何か……深く、深く考え抜く。
そうしているうちに、時間は見る見るうちに溶けていき、昼を過ぎ、夕は暮れて、月が上る。夜になったらなったで、天体観測だ。
『いい? 毱歌、あれが夏の大三角よ』
あぁ、またこれだ……。幼少期の母親との会話。
母から貰った望遠鏡は、今も使い続けている。古くなって新しいものが欲しいけれど、今も使い続けているのは情愛のようなものだろうか。まあ、何であろうと変わりはない。
そう……親父は母と別れ、ボクを連れて数年しんみりとした暮らしをした後、母の訃報を知ると首を吊った。
親父の常に不安定だった精神状態を、ボクは強く脳に刻んでいる。
あぁ! 自身の貧乏ゆすりがうるさい。全身に振動が伝わって、集中できたもんじゃない。
気持ちを整えよう、深呼吸をしよう。別のことでも考えて、作業を再開しよう。
――そうだ。今夜は満月だそうだ。うん、満月を今宵は見よう。
深呼吸をして自身に暗示をかけると、落ち着いた。ふと思い出す母と親父の言葉に、怒りや寂しさを覚えるかもしれないが、慣れてしまえば何も感じなくなるだろう。
それに、失ったものばかりじゃない。まだ、与えられたものも、残ったものもある。日常は変わらず嫌いだが、未来は好きだ。可能性と不確定要素に満ちているから。だからこそ、今を耐える理由になるんだ。
――ゴンッ!!
ん、何やら天井から大きな物体がぶつかった音がした。ボクは思わず上を見上げる。すると続けて、また天から何かが降ってくる。
雨じゃない、雪でもない。雹でも、雷でも、石でもない。
「キャァァ!!」
悲鳴と共に、館内の中央が突き破られた。その一つの小さな穴から順々に何かが流れ落ちるのを目撃すると、館内の上部から轟音が響き渡る。
まずいな……このままでは、地下に避難しなければ潰される。
ボクは辺りを見渡す。その間にも天井の瓦礫が落下。本棚も、謎の飛来物によって潰れ、倒されていく。
館内にいた人間は漏れなくパニックに陥り、悲鳴と断末魔が飛び交う地獄と化していた。
「っ!」
理解不能な事態でも、生き残ってやる。だって面白いじゃないか……。
どうして天から銃が降り落ちるんだ?
ボクは、ノートパソコンも本も何もかも置き去りにして、館内の更なる奥へと駆け走る。「地下書庫」と書かれた室名札を眼にし、そこへボクは向かう。
「ど、退いてくれ……」
「っ、うぇ! へっ?」
一人の眼鏡をかけた男が、その地下書庫の出入り口前に立ち塞がっていたが、彼ごと押し倒して扉を開ける。
「ちょ! な、なんなんですか!?」
彼はずれた眼鏡をそのままにして絶叫していたが、そんなことはどうでもいい。次は、地下の階段を降りて地下書庫へ行こう。
「え、ちょちょ! 先に行かないでくださいよ!」
ボクは一人階段を降りて、広々とした、埃が舞う空間へと飛び出す。
男の声が耳を煩わせるが、容赦なくスルー。ボクは他人に構う心の余裕はない。今はただ、思考を巡り回したい。
どうして? 何のために? なぜこのタイミング? 誰の仕業なのか、なんの仕業なのか。そもそもの原理とは何だ? 回せば回すほどに、分からなくなる。
あぁ――これだよ。
コレ……ボクが求めていた、刺激という名の「非日常」。狂ったような出来事だ!!
『オマエは、何で生きているんだ?』
っああうるさい、黙ってくれ! ボクはこの為に生きてきたんだよ!
この、知りたいという欲望を存分に……存分に使う為に! 探求する為に!
《8時38分》




