洗礼という名の死刑
「お母様、ついに成功です。女性の勇者が召喚されました」
扉を開けると、巨大な大広間が現れ奥の椅子には、エリステラと同じ髪の色をしている女の人が座っていた。
髪は長く、服はドレスのようだが銀色の甲冑で出来ている。エリステラと対照的に目は細く、優しそうな雰囲気が漂っていた。
「あらあら、それは良かったわ。これで私達の勝利が確定したと言っても過言ではないですね」
パチンと手を叩きながら、王妃は嬉しそうに立ち上がって、奏達に近づいてくる。
「では早速“洗礼”の儀式を始めましょうね?私位簡単に半殺しに出来なくては、魔王なんかに勝てるはずがありませんから」
言葉や雰囲気は柔らかく、優しいが……その影にある殺気に、奏は後退りをする。
(こんな見た目だが……間違いない。この人は戦闘狂だ。どんな理由をつけてでも、俺と戦おうとしている)
「あなた、気付いたかしら?このお城の絨毯は全部赤いのよ?何故か分かる?」
奏に向かって歩く速さを速めながら、王妃は質問する。
奏が答えられずにいると、続けて話し始めた。
「正解は、他の色だと血が目立つからよ。この城に弱者はいらない……あなたは相当強いんでしょ?早く私を殴って、斬って、血だらけにしてくださらない?」
「お、お母様!まだ奏は剣さえ持っていません!」
エリステラが慌てて王妃を止めようとしたが、王妃の目は、愛しい人を見つめるかのようにトロンと虚ろになっていた。
もはや、周りの声など耳に入っていない。
(くそっ……サイコパス気質まであるのかよ……それならこっちも同じ土俵に立つしかないか……)
奏は覚悟を決め、静かな声で王妃に返した。
「そんな簡単に私のテリトリーに入るなんて……あなた本当に闘えるの?」
「奏!お母様になんて言葉遣いなの!お母様?奏は異世界から来てるから礼儀作法が分からなくて……」
エリステラは慌てて、フォローにはいるが既に遅く王妃の殺気は更に強くなる。
「あら、聞き捨てならないわね……あなたが隙だらけで、とても勇者とは思えないから気にせず近づいているだけよ?」
王妃は奏の発言が気に触ったたのか、奏の前で止まり顔をわざとらしく近づけた。
「隙をわざと見せていることにも気付けない程弱いってこと?……私、弱い者いじめは好きじゃないの。私と戦いたいなら私が今から何をするか当ててよ?正解したら望み通り闘ってあげる」
奏はあえて更に王妃に顔を近づけると、笑顔で問いかけた。
「……魔法はまだ使えないでしょうし、剣も持っていない以上……何らかの物理攻撃かしら?是非私にあなたの全力を味合わせてくださる?」
王妃も自分の強さに自信があるのか、奏の初弾の攻撃を受けようとしているのが分かった。
(後少しで、罠にかかる……一気にいくぞ)
奏は王妃に手を差し出す。
「ハズレ、正解は握手よ」
「戦う前の挨拶かしら?残念だけどそんな言葉遊びで私から逃げれる程、甘くないですよ」
王妃は奏の握手に応じ手を握ると、次の瞬間膝から崩れ落ちた。
「あはっ!自分から負けを認めて命乞い?そのレベルであの自信なんて……この国のレベルが知れるわね」
奏があえて更に挑発するような話し方で、首を横に振りながら王妃から手を離す。
「戦うのは……握手位まともに出来る様になってからにして」
奏は冷酷に王妃を見下ろしているが内心、心臓が飛び出そうだった。
(合気道が通じて助かったぁぁぁぁ!格闘技ヲタがここで役に立つとは……)
奏は女装趣味の他に格闘技が趣味で、世の中の格闘技を殆ど練習していた。理由はもちろん女装趣味を馬鹿にしてきた奴らをぶん殴るため。
理由は不純だが、毎日練習を欠かさずしていた為様々な全国大会に出場出来るレベルまで実力をつけていた。
王妃は座り込んだまま、奏の話を聞いていたが静かに口を開く。
「エリス、奏さんに何か魔法を教えました?」
「いえ、お母様……彼女はまだ魔法は一つもしりません」
「魔法ではないと……全身の力が一気に抜けたので、てっきり魔法攻撃の類かと思いましたが……違いましたか」
王妃からの殺気は一瞬でなくなり、立ち上がるといきなり奏に軽くキスをした。
「気に入りました。奏、あなたを勇者として認めると同時に……私の愛人にします。我が名は“アドラステア”、『ティア』と呼んでいいわ」
突然の出来事に奏は状況が理解できず、立ち尽くしていると、慌ててエリステラが間に入る。
「お母様!悪ふざけが過ぎます!奏は勇者としての崇高な使命があるんです!色恋に時間を割いている暇は……」
「エリス、私の意見に口を出せるほどの強さを身につけたのですね?早速試しましょう」
さっきまで消えていた殺気が再びティアに纏い始めた。
(エリステラは何か目的があるにしても、俺の数少い味方だ……ここで失ってたまるか……)
「ティア、そんな事をしてるからいつまでも弱いままなのよ?弱い者いじめは強さの質を下げるわ……けど、あなたの事は嫌いじゃない」
奏はティアに近づき、ほっぺにキスをすると続けて耳元で呟く。
「愛人でいいの?本気になっても知らないわよ?」
それを聞いたティアの細かった目は一気に開き、口元はだらしなく開く。
「エリス、今回は奏の意見を尊重するわ。奏……また夜に会いましょう」
「……ん?えぇ……分かったわ」
ティアがもう少し騒ぐかと思ったが、かなりあっさり引き下がったので奏は驚いた。
そのままティアは部屋から出ていき、エリステラと奏の二人きりになる。
「奏……助けてもらって言うのもなんだけど、やり過ぎ!夜這いの約束までするなんて!自分の状況わかってんの!?」
「よ、夜這い!?なんでいきなりそうなんだよ!いや……でもあの美女を……悪くないな……」
「はぁ!?最低な上に、記憶力が猿以外なの!?そ、そういう時どうやって誤魔化すのよ!」
「やべぇ……そうだわ……ってか俺が男だって気付いてるよな?」
エリステラは、ハッとして口を押さえたが手遅れだった。