表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

第5話 剣と魔法と父と

 ぱしん、と薪が割れた音が静かな村に響いた。

 朝靄がまだ地面を這う中、フォートは父の後ろ姿を見つめていた。


 父は黙々と斧を振るっていた。

 乾いた薪は正確に真っ二つにされ、木片が両脇へ跳ねる。力任せではない。

 無駄のない動き。

 刃が落ちる瞬間、ぴたりと狙いを定めた線の上を裂けるように木が割れていく。


 ――この人は、不器用じゃない。


 子供のころ、もっとずっと小さかった頃は、たった一本の指がないことが「かわいそう」に見えた。

 けれど、今こうして並んで薪割りをしてみると、父がいかに器用で力強いのかが分かる。


 父の右手には、深く焼け焦げたような傷跡が残っていた。

 そして、その人差し指は、根元から無かった。


「……ねえ、お父さん」

 フォートはそっと口を開いた。


「どうして、指……、ないの?」

 父の手が止まった。


 斧の柄をゆっくりと立てかけ、父は腰を下ろす。

 フォートも小さな腰を下ろし、並んで薪の山を眺めた。


「昔な……」

 父が、ぽつりと呟いた。


「火のミューセルを使って剣を振っていた頃があった」

「ミューセルって……うちにあるベンティロとか、シンヴェロとかと同じ?」


「まあ、種類としてはな。けど、俺が使ってたのは“戦うため”のやつだった。

 火の魔力を刃にまとわせて、相手の武器を溶かし、装甲を断ち切る。そういう剣だ」

「すごい……!」

 フォートは目を輝かせた。父はそれに気づいて、ひとつ苦く笑った。


「“すごい”けどな、それは“危ない”ってことと紙一重だ。特に、魔法ってやつは……」

 父は、自分の右手を見つめた。


「うまく制御できなかったら、命を奪うんだよ。使ってる本人のな」

 フォートはごくりと唾を飲み込んだ。


「研究の中で、俺は剣に火の力を込める実験をしてた。

 けどある日、その火が暴れた。

 剣の中で抑えてたはずの魔力が、いきなり暴走して、指先に走った。

 ……気づいた時にはもう、焼けて無くなってた」


「死ななかったの?」


「幸いにも火だったからな。

 瞬間で焦げて、出血も止まった。

 ……いや、止まるってより、全部焼けてたから、血も出なかった。

 冷や汗は止まらなかったけどな」


 フォートは、父の右手をそっと見た。

 欠けた指先は、どこか痛ましく見える。

 けれど、そこにあるのは、ただの「傷」ではなかった。


「その時、わかったんだよ ……指一本なくなるだけで、剣が振れなくなるってことがな」


「えっ、でも、今も薪割ってるじゃん。

 斧だって振ってるし」


「それと剣は違う。人差し指ってのは、ただ握るだけじゃない。

 刃を“制御”する一番大事なとこなんだ。

 狙った通りに斬る、突く、止める、全部 ……最後にバランスをとるのは、こいつなんだ」


 父は、ないはずの指を見ながら語った。


「それがなくなると、力は逃げるし、握りも安定しない。

 力があっても、技があっても、戦えなくなる。

 ……だから、剣を捨てた」


 静かだった。

 鳥の声が遠くで聞こえた。


「でも、それでもお父さんは“すごかった”んでしょ?」

 フォートが言った。「セレステ・バイオって、すごい会社なんでしょ? リリーが言ってた」


「確かにな」

 父は少し苦笑いした。


「俺は研究チームにいた。

 でも、あそこに戻る資格は、もうなかった。

 使い物にならない剣士は、ただの男さ」


 フォートの胸の奥が、少し苦しくなった。


 父は、すごかった人。

 誰より強くて、火の剣を振るっていた。

 けれど、それを捨てて、いまはこうして村で薪を割っている。


 「フォート」父が静かに言った。


「おまえの中に、もし“魔法”があるとしても、それを使うな。

 それは、おまえを危険にする。

 ……強くなればなるほど、遠くへ行きたくなる。

 誰かと争いたくなる。だけど――」


 そこで、父は少し言い淀んだ。


「だけど、本当に守るべきものは、そばにあるんだよ」


 フォートはうまく返せなかった。

 けれど、心の中には、何か小さな石が投げ込まれたような、波紋が広がっていた。


 (……お父さんは、ぼくを守るために、剣を捨てたの?)


 その夜、フォートは眠りの中で夢を見た。

 火の剣を振るう、一人の剣士が立っていた。

 焼けるような赤い光の中、剣士は振り返った。


 その姿が、父と重なって見えた気がした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ