表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

第2話 それは、なかったもの

 ある日、フォートは両親の会話を、台所の隅でこっそり聞いていた。


 「今日の夕食は、昨日の煮込み魚をもう一回温めようかしら。

 《レフリートレ》で問題なさそうだし。」


 「そうだな。腐ってる様子もない。

 あとで《コンファ》で少し温めて出せば十分だろう」


 魔道具(ミューセル)

 それは、魔法の代わりに生まれた“道具”だと教わった。

 火を起こす《コンファ》は料理をするときに使う。

 水を出す《シンヴェロ》は皿洗いや洗濯にも使う。

 光を灯す《ランパディ》は夜の暗闇をほのかに照らしてくれる。

 風を起こす《べンティロ》は洗濯物を乾かしたり虫よけにも使える。

 ――生活のあらゆる場面に溶け込み、誰でも使える、便利な“魔道具”。


 この村の家々にも、それらが当たり前のように置かれていた。

 まるで、最初から魔法なんてなかったかのように。


 でも、フォートの胸の奥に"ざらざらしたもの"があった。

 そう、何かが――ずっと、ひっかかっていた。


 火が出るのなら、どうして手で出せないの?

 風を起こすなら、どうして言葉で呼べないの?

 魔法を使う強い叫びと共に動き出し、巨大な敵に勇ましく立ち向かう。

 物語のヒーローは決まって手から魔法を出していた。

 ミューセルの箱を押すより、手を振ったり、何か唱えたりする方が、ずっと“本物”みたいなのに。


 「ねえ、父さん。まほうって、本当にあったの?」


 ぽつりと、言葉がこぼれた。

 父は鍋のふたを開けた手を止め、振り返った。

 母も、手にしたおたまを軽く傾けて、フォートを見つめた。


 「……どうした、急に?」


 「絵本に描いてあったの。

 空を飛んだり、火を出したり、水で剣をつくったりする、まほうの話。

 ぼく、あれがすっごく好き。

 できたらいいなって思ったの。」


 母が優しく笑った。

 「あら、あの英雄の絵本ね。私も子供の頃、よく読んでたわ」


 「英雄たちはみんな、魔法を使ってたらしいな。

 いまはもう、昔話だけど」


 父の言葉に、フォートは首をかしげた。


 「でも、なくなったの? なんで?」


 父は一瞬、何かを探るような目をして、そして静かに答えた。


 「……魔法は、時代とともに失われた。

 正確に言えば、人間が“使わなく”なった。

 いや――“使えなく”なった、のかもしれんな」


 その響きには、どこか曖昧な苦味があった。


 「でも、便利なミューセルがあるなら、いっしょにまほう使えた方がもっと便利だよね?

 なんでまほう、いらなくなったの?」


 フォートの純粋な問いに、今度は母が答えた。


 「そうね。魔法は気まぐれで不安定だったって言われてるの。

 上手く扱えない人もいたし、暴走もしたみたいよ。

 ミューセルなら、誰でも簡単に使えるでしょ?」


 父は頷いた。


 「普段使うための“道具”――それがミューセルだ。

 誰でも、安全に、正確に、同じように使える。

 それに比べて、魔法は使う人によってはケガとかもしちゃったんだぞ。

 だから……置き去りにされたのさ」


 フォートは黙って、うつむいた。

 そんなの、なんだか、さびしい。


 目を閉じると、絵本の中の光景が浮かんでくる。

 火を己の体に纏わせながら突進する戦士。

 空から雷を呼び激しい光を放つ魔女。

 水の剣を両手で操り巨大な敵を倒す少年。


 そういう世界の方が、ずっとわくわくした。

 胸の奥が、熱くなるような気がした。


 でも、父と母の言葉が、現実を突きつける。


 「魔法を信じる奴は、もういない。

 ……というか、今でも本気で信じてたら、ちょっと変わり者扱いされるだろうな」


 そのとき、フォートはうっすらと気づいた。


 ――魔法を口にするのは、あまり良くないことなんだ。

 ――それを本気で語ると、笑われるか、嫌われる。


 言葉では理解しきれなかったが、その空気は、しっかりと肌で感じた。

 だからフォートは、それ以上何も言わなかった。


 でも、納得は――していなかった。

 大好きな父と母を困らせたりしたかったわけではない。

 そして嫌われたくなかったんだ。


 でも、魔法はあったんだ。

 あってほしい。

 なくなったなんて、信じたくない。


 そう思いながら、フォートは静かに拳を握った。

 目には見えないけれど、自分の内側に何かが眠っているような、そんな気がした。


 それは、きっと――“なかったもの”なんかじゃない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ