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桜色ノ勇気

作者: 月雫

ヨルシカさんの春泥棒にハマり書きました。

お暇な時にでもお読みいただけると嬉しいです(´▽`)ノ


「うーん、山崎くん、もう少し頑張ろうね。」

部長が遠慮がちに俺に言う。

「…すみません、来月はもっと契約を取れるように頑張ります!」

…毎月言っている言葉に自分でうんざりしながら目の前の部長に告げる。



********

「…はぁ。」

休憩中。俺は廊下のソファに座るとため息をついた。

部長は優しいなぁ。俺だったらキレてしまうよ。

2年目なのになんだこの成績は!って。

「…お疲れ。」

頬に冷たい感触を感じた。

「遠藤!サンキュ!」

俺に冷たい缶コーヒーを差し出したのは俺と同期の遠藤だった。…俺と違い毎月きちんとノルマをこなす優秀な営業マンだ。


「その…元気出せよ。お前は見た目が良いんだからさ、あとちょっと押しが強くなれば俺なんかよりずっといい成績出せるから。」

遠藤は隣に座ると遠慮がちに励ます。

「…ありがとな。」

その押しが出せないんだよ、というボヤキはコーヒーと一緒に飲みこんだ。

……俺が営業に向いていないのはよく分かっている。

そもそも営業課に来るつもりなんて全く無かった。

入社式でたまたま営業課の社員とトイレでぶつかってしまい、丁寧に謝る俺の顔を見て、押しの強いその社員は君は営業向きだと営業課に推薦したのが始まりだった。

…押しの弱い俺は、企画部に行きたいとは言えなかった―。


「ああ…俺何やってるんだろ。」

俺を推薦した社員とは毎日顔を合わせるがきっと推薦失敗したと悔やんでる事だろう。

ざまあみろ。俺は所詮顔だけの人間だ。

「…あ!そういえば今年も花見するからな!」

なんとか俺を元気づけようとする遠藤は俺の背中を叩きながら言う。

「花見…。今年も営業課だけでだよな?」

「当たり前だ。他の課も合わせたら凄い事になっちゃうよ。」

毎年、俺の会社は課ごとに花見をする。

……また、あの子と話せるかな。

俺は淡い期待を胸に去年の花見を思い出していた。



********

―最悪だ。何故俺はよりによって営業課に入ってしまったんだ。

会社に入ってすぐの花見。

社交的な営業課らしく皆すぐ打ち明けていた。


「…皆若いな。」

いや、俺も若いんだけどさ。特にあの遠藤とかいうやつ。俺と同じ新入社員のくせに先輩社員と肩組みながら歌なんか歌ってる。

俺には絶対出来ない。俺は紙コップに入ったビールをひたすらちびちび飲んでいた。

「早く終わらないかな。」

やる事の無い俺は頭上の桜を見る。

ああ、綺麗だな。落ちる桜の花びらを目で追うと、1人の女性が目に入ってきた。


その小柄な女性は俺と同じく1人でお酒を飲んでいた。

酔っているのか化粧のせいなのか、頬を桜色に染めた彼女から何故か目が離せなかった。

ふ、と彼女が俺の視線に気付いたのか顔を上げた。

俺は慌てて目を逸らす。

ずっと見てたのバレたかな…気持ち悪いと思われたらどうしよう。俺は焦っているのがバレないように目の前のサンドイッチにかぶりついた。


ああ…早く帰りたい。

もうお腹いっぱいだし。理由をつけて帰りたかったけどそんな事出来るわけも無く。

「…あの。」

そんな事を考えていると横からか細い声が聞こえてきた。

「え!?あっ!」

驚いて横を向くと先程の女性が座っていた。

なんだ?気持ち悪いというクレームか。

俺が焦っていると女性は遠慮がちに話し始めた。

「…私、話す人が居なくて…。山崎さんでしたよね?その…隣に座ってても良いでしょうか?」

え、もちろんと俺は慌て返事をした。

営業課は女性も社交的だもんな。大きい口を開けて楽しそうに笑う彼女達を見て俺とは違うな、と感じていた。

「俺の名前知ってたんだね…?」

「営業課の皆さんの名前覚えてます!」

彼女は少し自慢げに言う。偉いな。俺は全く…えっと、そもそも彼女の名前は…。

困った俺の顔を見て彼女は察したのだろう。

あ、私は水沢です、と名乗ってくれた。

「あ…すみません…。まだ名前全員覚えてなくて…。」

「いえ、いいんです。まだ入社して間もないですからね。特に私は皆さんに比べて地味ですから。」

彼女はふふ、と笑いながら言う。

あ、笑うとえくぼが出来るんだ。可愛いな。って何考えているんだ俺。

「地味なんかじゃないですよ。…周りが派手なだけです。」

俺が呟くと彼女は一瞬目を丸くすると笑った。

「…私、人見知りで引っ込み思案で。だからハキハキしてる女性に憧れてるんです。」

騒いでいる他の女性社員をキラキラした目で見る彼女。

「そうなんだ。だから営業課に入ったんだね。…だけど人見知りで引っ込み思案だと怖くないの?」

勝手に彼女に親近感を持った俺は少し裏切らた気持ちになった。

「本音を言うと怖いです。…だけど、変わりたいという気持ちもありまして。勇気を出したらどんな未来が待ってるのかな、って。」

「勇気…勇気か。」

俺も勇気を出して企画部に行きたいと言ったらどんな未来があるのかな。

「あ、すみません、私ばっかり喋ってしまいまして…。山崎さん、〇〇キャラ好きなんですね?」

「え、何で知ってるの。」

「だってカバンにキーホルダー付けてるじゃないですか。」

あ…と俺は自分のキーホルダーを見る。

「私も好きなんです。ほら、今持ってるタオルもそうなんです。」


それから俺と彼女は他愛もない会話を続けた。

特に内容の無い会話だったけど、一人暮らしで彼女の居ない俺には久しぶりに感じた温かさだった―。


*******

「また、話したいな。」

同じ課だから話そうと思えば話せるけど…。

いや、意気地無しの俺は話しかける勇気が出なかったのだ。

「え?何か言った?」

「別に。」

俺はそろそろ戻ろう、と言うとソファから立ち上がった。




*********

「ついに花見だ。」

花見の日。去年は億劫で仕方なかった花見がこんなに楽しみになるなんて。

「さ、山崎も遠慮しないで飲め。」

遠藤が俺の紙コップにビールを注いでくれる。


チラッと水沢さんを見る。

ビールを差し出された彼女は笑顔で受け取っていた。

花見の席で初めて会ったからか、頬が桜色のせいか分からないが、水沢さんは桜のイメージが強い。

「あ、去年もこんな感じでしたよね。」

水沢さんが俺に話しかけてくれた。

「うん。去年と変わらないよね。…君は去年よりずっと成長してるけど。」

水沢さんは営業課に慣れたのか今では毎日楽しそうに働いていた。

「いえ、そんな事無いです!初めて行くアポイント先とかあると前日からお腹痛くなったり…。」

「そうなの!?」

情けないですよね、と水沢さんは困ったように笑う。

「いや、全然そんなふうに見えなかったからさ。もう慣れたかと思って。」

「全然そんな事無いです!…毎日勇気を出して、なんとか頑張っているので…。」

そうか。俺も彼女を見習わないとな。…勇気か。

「あ、そういえば山崎さん、映画も好きと言ってましたよね?」

また他愛もない会話が続く。

だけどとても居心地の良い時間だった。



「あっという間でしたね。」

気づいた時には辺りは暗くなっていた。

「さぁ、お開きにしましょうか!」

先輩社員の声で解散になる。

今年も良い花見だった。…何度も辞めたくなったけど、水沢さんとの花見があるから続けられるんだ。

「…また来年もお花見しようね。」

俺は水沢さんにそう告げると背中を向けた。

「あ…あの!!」

声に振り向くと真っ赤になった水沢さんが紙を渡してきた。

「え?」

俺が受け取ると水沢さんは慌てて走り去ってしまった。

メモを開いてみると、可愛らしい文字で

【今度は2人だけで行きたいです。】

と書かれていた。


「!?」

自分の顔が赤くなるのがわかった。

水沢さんも真っ赤だったな。…あれはお酒のせいでは無いはずだ。勇気を出したから…。

「勇気…勇気か。」

俺も勇気を出してみようかな…。

夜桜を眺めながら歩き出す。


”勇気を出したらどんな未来が待ってるのかな、って。”

去年水沢さんが言っていた言葉が頭に浮かぶ。

俺も、勇気を出してみようか。

明日、企画部に行きたいと部長に言ってみよう。

…明日、水沢さんをお花見に誘ってみよう。


桜吹雪を浴びながら。

まっさらな気持ちに桜色が染まる。

俺は思い描く未来に胸を弾ませ明日へと歩き出したのだった―。


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