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アバスの記憶

 アバス視点


 我の目の前でパートナーであった男が無惨に死をとげた。

 長く旅を共にしていた我が主──ライアン、強く優しい男だ。

 だが、そんなライアンが目の前で無惨にも下級にして小物の魔物にやられるなど想像すらしていなかった……何故、こんな馬鹿げた事になった?


 我とライアンは遺跡で出会ったあの日から、強さを求め、時に笑い、時に口論しながらも、ずっとこんな日々が続くと思っていたのに……


 過ちがあったとするなら、商業の街(カムロ)に来てしまった事だろうか……なんで我らは、この街に来てしまったんだ。


 砂漠の国なんぞに来なければ……


────

───

──


「アバス、お前は砂漠の国って知ってるか?」

「ふん、我は物知り図鑑ではないのだぞ! 貴様のマジックバックなんだからな!」

「あはは、喋るマジックバックと旅してるんだから、俺も物好きだよな」

「ふん、ライアンは本当に変わりモンだよ! 見てみろ、お前を見る目は一人で喋る可哀想な奴に見えてるはずだぞ!」


 間違いなく、街の皆が我らを訝しげな目で見ている。それは間違いない!


「かっかっかっ! そんな目線気にしてたら冒険者なんてやってらんねぇよ。それに俺はお前と喋るのが好きだからな、気にすんな!」


「我が気にするわ!」


 いつも、あっけらかんとしていて、物怖じせず、ただ真っ直ぐな馬鹿、それがライアンだ。


「さて、アバス。とりあえず、ついたら飯に酒に女遊びと久々に羽が伸ばせるな」


「羽を伸ばすのは貴様だけだろうが! 我からすれば、食事も酒も必要無いし、女など更にいらん!」


「お、ヤキモチか、モテる男は辛いな? はっはっはっ!」


「このクソバカダメ男が!」


 そんな道中のやり取りが日常茶飯事で、本当によく喧嘩もしたが、最後は笑えていた。


 今回も《砂の国=サンワール王国》で目的の鍛冶屋に武器の依頼をして、出来るまで軽くクエストをこなす予定だった。


 ドラゴンの牙と言う店に辿り着き、我らは“黒鋼”を武器に加工する依頼を出してきた。

 この“黒鋼”は蛇龍の変異体であるベノムバジリスクの逆鱗と呼ばれる部分の鱗だ。


 ライアンは偶然にも、ベノムバジリスクが脱皮した直後の個体を発見し討伐に成功してた。


 悪運だけは本当に凄いんだよ、コイツは、そんなベノムバジリスクの逆鱗を加工出来る男がこの商業の街(カムロ)にいると聞いて、わざわざ、縁もゆかりも無い《砂の国=サンワール王国》まで来たのだから、酔狂な話だと思う。


 そこら辺のドワーフだと、削りだしなんかの加工が余り上手くないらしい……まぁそれは建前で本当は死を与えると言われる黒鋼に余り関わりたくないのだろう、ドワーフと言った亜人種は迷信深く信心深い、それ言えに、今回の加工は断られてばかりだったからな。


 結局、人間の職人で加工出来る人物が居ると聞いて、こんな砂漠の国まで来てしまったのだ。

 職人の名前をガダと言ったか、変わり者で偏屈な厳つい職人らしいと言うんだから、普通は行かないだろうに……困ったやつだ。


 そんな流れで、依頼を無事に出せたのだが、ガダからは「十日前後は欲しい」と言われた。

 早いので、胡散臭さを感じたが、話を聞いてみれば少し違った。


「寝ずに加工すれば、何とかなるだろう。だが、それだと甘さがでる。三日徹夜で一日休む形で仕上げる、まぁ待ってくれ」


 ライアンも相当だが、この職人も同類だな。


「十日前後も何もしないのは退屈だ」と言い出したライアンは女と酒が集まる街、鉱山都市ラフジュアルに向かうと言い出した。


 ──この時、我が止めていたら、ライアンは今も生きていたのかも知れない。


 鉱山都市ラフジュアルについて、酒場をまわり、女遊びに商館へと出向いて楽しそうな姿が懐かしいな。

 風変わりな魔導具屋で女店主と意気投合してアイテムについて語る姿は子供の様にも見えた。


 ライアンは見た目はいいんだが、残念な性格なのでなんとも言えない。

 真夏でもフルプレートの鎧姿なのだから、こだわりが強すぎると言うべきだろう。


 そんな日々が続いていたが、鉱山都市ラフジュアルについて、一週間が過ぎた頃、未開拓地の話を聞いたライアンが「未開拓地とか、ロマンだろ?」と訳の分からない事を言い出した。


 我に手があれば「ロマンなど知るか」と頭を叩いてやりたいくらいだった。


「アバス、お前はわかってないねぇ、ロマンを忘れた男なんて、ただのオッサンなんだよ。ロマンがあるから男なんだぜ?」


「ドヤ顔で意味がわからん!」


 そこからロマンについて長々と語られたが、結局は好きな物を好きでいる事や探究心だと理解した。


 ──そして、ライアンは未開拓地に向かって行く……我とライアンの別れの始まりの場所へと……


 未開拓地の入口から眺める景色は素晴らしかった。その時は再度来ても良いかもしれないと我も感じるくらいには素晴らしかったんだ。


「なぁ、アバス? 渓谷の底には何があるんだろうな?」


「知らん、川かなんかじゃないのか?」


「そうだな? 確かに川はありそうだな、あっちの端から川が見えるしな……」


「馬鹿な事を考えてないだろうな!」


「いやいや、至ってまともな冒険者の思考だ」


「それがダメだと言っているんだ!」


 やはりと言うべきか、ライアンは未開拓地の底を見たいと動き出した。


 Bランク冒険者からすれば、岩肌を飛び越えながら、落下したり道を駆け下りるなど、なんら問題ない事だった。

 魔物もランクが低く、あっという間に谷底まで降りていく。


 未開拓地の底は、木々が生い茂る不思議な場所だった。

 不思議なと言うのは、陽の光が僅かにしか届かない筈なのに、これだけの植物が生き生きと生い茂っているからだ。


「こいつは当たりかもしれないぞ?」

「お前の当たりは悪い方にだろ!」

「かっかっかっ! こんだけ植物が生えてんだ。何かから生命力が与えられてるって事だっ!」


 ライアンは直ぐに探索を開始し始めた。


 探してるのは、巨大な魔力溜まりと言うやつだ。


 魔力溜まりは竜種など強い魔力を持つ種族の死骸やその魔石などが放置されて生まれる場所に出来る。

 植物が生き生きとしてる事から、瘴気がない事を理解していたのだろう。


「間違いなく、レアな魔石が放置されてる筈だぜ。アバス、もしかしたら、古代種が眠ってたかも知れないな」


「そんなんがいたら、今頃は街など出来ていないだろうが?」


「まったく、ロマンの無いやつだな?」


 しかし、魔石だったら良かった……ライアンが見つけたのは未発見のダンジョンだった。


 ──今の我なら間違いなく止めた、むしろ、止めなければならなかった。


「おいおい! マジか、こいつはダンジョンじゃないか、周囲にネームはないな、つまり未発見だ……」


 そして、ライアンは装備を再確認して内部の探索に向かっていく。


 ダンジョン内は暗く、ヒカリゴケが無いことから、そこそこのランクのダンジョンだろうとライアンは話していた。


「推測、Cランク~Eランクって所か、魔物のランクも低いし余裕そうだな」


 一階層の探索は順調に進んでいった。

 魔物もゴブリンやウルフと初心者冒険者が経験を積むのにもってこいな場所にすら感じる。


 変わらぬ安定した探索、最初の宝箱を発見する。


「まぁ、やっぱりたいした物は出ないな、ボスドロップに期待だな。初回だからな、かなりおいしいはずだ」

「大興奮だな?」

「当たり前だろ、宝箱にボスの討伐と、冒険者ってのは命懸けだから今を全力で生きるんだよ。その方が楽しいからな」

「はいはい、わかったわかった」


 ──ライアン、だめだ、頼む……引き返してくれ、我は、我は……


「此処もさっきと同じ宝箱を開こうとするとウルフが飛び出してくる罠らしいな?」

「なんだ、ライアン、数が多いみたいだしやめとくのか?」


 魔物の檻が8つ、中身はウルフだから、ライアンなら余裕だろう。


──ダメだ、ライアン! 開けるな……頼むから、頼むから! 開けるなぁぁぁ!


「楽勝だな、さて、何が入ってるかな。ワクワクするな」


 ライアンは宝箱を開いた。その瞬間、最悪なトラップが発動したのがわかった。


「くそ、呪具だ……呪具の罠なんて、最悪だな……装備にマイナス効果付与でもされたか?」

「いや、装備よりもライアンは大丈夫なのか?」


「俺は問題無さそうだな、手足も動くし、痛みや頭痛みたいなのもないな……やっぱり、装備へのマイナス効果付与の可能性が濃厚だ、はぁ、ボスが良いもん出さないと稼ぎがないからマイナスになっちまうな」


「日々の行いだな、だが、一度引き返すか?」


「いや、帰還石の持ち合わせもないし、何より鉱山都市ラフジュアルで呪具の解呪アイテムは見なかったしな、教会なんかは商業の街(カムロ)にしか無さそうだからな。とりあえずボスをクリアしてから考えよう」


 ボス部屋の前に辿り着き、安全エリアで軽く休憩を挟んでいく。


「ボスはどんな奴かな、見た感じ、ゴブリンの上位種とかウルフ系か、このダンジョンのネームが分からないからなんとも言えないが」


「なんでも良いさ、それよりも、さっきの呪具からの効果はやはり分からないのか?」

「ああ、今んとこは、武器にも何ら問題ないし、スピードも筋力もなんも無いな。多分、脅しが目的のなんちゃって呪具だったのかもな、まぁ一階層の罠だしな」


「そんな楽観的だと、身を滅ぼすぞ! いつも、言ってるが危機感が足りんのだ」


「わかってるって、アバスは心配性過ぎんだよ。まぁ、どちらにしても一階層のボスを倒して、入口に帰還したら、一度、解呪が必要か確かめよう。今は大丈夫でも、後が怖いからな」


 我らはそんな会話を終えると、ボス部屋の前に移動する。


 ライアンが一歩足を踏み入れ、全身がボス部屋の中に入る。我らの前には数十体の鎧が並ぶ不気味な空間が広がっており、室内の奥に置かれた巨大な台座の上に更に巨大な砂の彫像が確認できた。

 不気味な顔をした砂の彫像が意志を持ったように動き出すとライアンは身構えた。


「ライアンどうしたのだ?」

 我は咄嗟に異変に気づき、声を出していた。

 ライアンは先程まで余裕に振舞っていた筈なのに、ボス部屋に入ってからは一言も喋らず、身構えた素振りもぎこちなく感じる。


「はは……アバス、あの呪具の効果がわかった、あれはソロ殺しの呪具だわ……」

「どう言う事だライアン!」


 ライアンの声が震えて聞こえる、必死に耐えながら、絞り出しているような声に我は今まで旅をしてきて感じた事のない危機感を感じていた。


「あの呪具、ステータス半減の呪具だわ……強ければ強い程、効果が強くなるのか、鎧が重くて仕方ないな……参ったなぁ」


「何を呑気な事を! お前、帰還石がないのだろ、どうするつもりだ!」


「あはは、アバス、忘れんなよ……腐っても俺はBランクなんだぜ、やるだけやるさ」


 ──この時、ライアンは鎧が重く感じると言っていた……本来、軽々使いこなせる鎧が重く感じると言う事は、武器すら上手く扱えなかったんだろう、バカ者が……


 次々に襲い来る鎧兵をライアンは普段使わないロングソードで相手していく。

 ライアンの持ち味である豪快な大剣を使った一撃なら、軽々蹴散らせるような相手に次第に追い詰められて行く。


「ハァハァ、やっぱり、武器が違うと上手くいかないな……はは、ヤバいかもな」

「何を悠長な、ライアン……」

「そんな声出すなよ、大丈夫だってアバス」


 ライアンは何かを確認するように自身の位置を確認して動き出す。普段の俊敏な動きはなく、重そうな動きには鎧兵達が一斉に剣を構えて駆け出してくるのがわかった。


 鎧兵の剣が振り下ろされ、ライアンの腕に無慈悲に次々と切りつけられていく。

 鎧の装甲が次第に削り取られ、繋ぎ目からは赤く血が滲み出していく。


「ライアン……」

「ハハ……こりゃ、使いもんにならないな……だけどさ、目的のポイントには来れた……」


 表情は見えないが、ライアンは笑っているように見えた。

 そして、普段、大剣で行っている構えを取ると砂の魔物をしっかりと見つめ、一気に切り払う。


「ぐっ……はは、今の俺の全力だ、くたばってくれよ」


 斬撃が空気を切り、神速の事く砂の魔物へと襲い掛かる。

 その斬撃を防ぐように鎧兵達が一斉に移動すると砂の魔物が声を高らかに笑い出す。


 それは勝利を確信したような嫌なものだ、だが、それは正しかったのだろう……ライアンは、最後の一振りを放った直後に吐血したのが我には、わかった。


「ダメか、悪ぃ、アバス……お別れみたいだわ」


「ライアン……何を、何を言っておる! お主が諦めるなど!」

「最後にありがとうな……あばよ、アバス」


 ──それが我の聞いた最後の言葉だった、何がありがとうだ、馬鹿者が……死ぬなら我も連れて行かぬか……ライアン……


 我はライアンの腰から紐をちぎるように外されると、入口に向けて投げ放たれた。


 投げられると同時に、ライアンに向けて、無数の鎧兵が体を貫こうと剣を手に走り出していく。

 ライアンはそんな剣を躱す事なく、鎧兵の先にいる砂の魔物へロングソードを向けていた。


 冒険者、ライアンは最後まで戦い続けたんだ。その事実は我だけが知っているのだ。


 それから、我は長い間を一人で過ごす事になる。


 誰も来ない絶望と僅かな期待、どれ程の月日が流れたのか、どれだけ年が過ぎたのか、意識すら失うことの出来ない悲痛な現実、それは突如終わりを告げた。


 ダンジョンに輝きが照らし出された。


「ダレだ、誰かいるのか?」僅かな光に向けて声を掛けていた。


 予想外だったのは、同じ言葉が返ってきた事だろうか、相手からも「誰だ、誰かいるのか!」と返された。


 小さな光の先にいたのは、ボロボロの弱々しい子供だった、いや、我らが来たこの国では12歳という若さで成人とされるはずだ……ならば、成人した冒険者だろうか?


 そんな事より、この少年は、いきなり大声を出して魔物を呼び寄せる形になってしまった。


 我は咄嗟に声を上げていた「バカヤロウ、早く安全エリアに入れ! 魔物が集まっちまうぞ」


 慌てると口調がライアンみたいになるのは良くない癖だな……


 そんな少年は名をカシームと名乗り、我は少年に懇願した、我が相棒であるライアンの最後をもう一度見たいと……


 話を聞けば、駆け出しの冒険者だと言うじゃないか、我は無謀な頼みをしているのだろうが、出来る全てのサポートをしてやる事に決めた。


 ライアンが、荷運びのクエストなどに使っていた装備を全て出して、装備させる事にした。

 砂の魔物は魔玉の力で鎧兵を操っているのは理解している。長い間、もしもをずっと考えて来たのだから、カシーム少年には悪いが、我に付き合って貰おう、仮に我の作戦が成功したなら、この生涯を捧げても構わない……我はライアンの仇を討ちたいのだ。


 そう考える我は最低な存在なのかもしれない。


 カシーム少年は、我の話を聞いて、最初は断られた、再度の絶望を感じたが、説得して協力を取り付けた。


 近くても入れなかったボス部屋へと連れられた瞬間、あの日と変わらぬ奴がいた。

 あろう事か、ライアンの装備を操り、我とカシーム少年に向けて来たのだ。(はらわた)は無いが、(はらわた)が煮えくり返る思いだった。


 そして、カシーム少年はやってくれたのだ、憎き砂の魔物から、魔玉を奪い取ってくれた。


 我はカシーム少年の物となろう……ライアンの仇を討つチャンスをくれたのだから、後悔など無い。


 魔玉に意識を移す為に我はカシーム少年に忠義を誓った、それはライアンから主を変えるという事に他ならない……ライアンならば、許してくれるだろう。


 我は誓おう、カシームの刃となり、決して見捨てないと、決して裏切る事は無いと!


 カシームの腹部に矛が叩きつけられた瞬間は本当に焦った。入口付近の壁まで吹き飛ばされたのだから。


しかし、カシーム少年はまだ諦めてなかった。


「ガハッ、ゲホッゲホッ……」

 叩きつけられて意識を失いそうになっているカシーム少年を見て、我は焦りを感じていた。


 だが、カシーム少年は起き上がったんだ。


「大丈夫か、カシーム!」


 咄嗟に名前を叫ぶと「……あぁ、まだまだ、いける……ゲホッ……」とカシーム少年は辛そうに言ってくれた。その瞬間、我にライアンが乗り移ったかのように感じ、口を開いていた。


「すまねぇな、だが、準備が整った! 今からが本番だぜ、カシーム!」


 似合わない言葉使いだと思う、だが、自然と出たのだ。


 我は先程、カシーム少年が収納した魔玉を吐き出し、カシーム少年へと再度、声をあげた。


「契約する!」っと心からの叫びだった。


 カシーム少年は我の言葉に悩まずに返答してくれた。


「オレはアバスと契約する……契約物は()()……」


 契約を口にされた瞬間、ライアンが笑っている姿が見えた気がした。


 ライアン、我はカシーム少年と共にお前の仇を取ろう、だから安らぎの中で静かに眠ってくれ。


 魔玉の力を奪い、ライアンの鎧を取り返した我はライアンの大剣と大盾を握っている。


 砂の魔物よ、長かったな……だが、終わりにしよう、我が名はアバス、契約者カシームの刃なりっ!


 我は、勝利した。

 長かった呪縛が終わりを告げたのだ、この瞬間から、新たな主と共に生きていく。


 

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