36話・ダンジョンの襲撃者1
怯えるミネットを軽く落ち着かせるとヌビスとシャドーが周囲の警戒と探索を開始する。
一旦、出発地点まで戻り、テントを張り直すとミネットをテントで休ませる。
その際に何があったかを質問したが、返答はなくうなされているばかりだった。
そんな中、ヌビスとシャドーが戻ってくるとオレはテントの外へと呼び出された。
「どうしたんだ?」
「旦那様、周辺を探索した結果ですが、あまり宜しくない事実が幾つか御座います」
そう言われてヌビスから渡された物は、血に染った手甲と穴のあいたボア皮の胸当てであった。
ボア皮の胸当ては、繋ぎ目が無惨に切断されており、脱いだと言うよりも外れたというべきだろう。
胸当ての傷を見ても持ち主は生きてはいないだろう……その装備にも見覚えがあり、ミネットのパーティーメンバーで槍使いのタタラが使ってた物だろう。
「これは、丘の上で発見しました。我輩が思うに、少なくとも敵は二人、背後から一突きされてから、更に横から一撃をくらったような感じでしょうか……」
オレもその胸当ての不自然な傷を見て、敵は魔物じゃない可能性を考えていたが、正直、信じたくなかった。
仮に冒険者が冒険者を襲ったとして、狙いはなんなんだよ……意味わかんないんだよ……
苛立ちながらも、なるべく冷静になろうと必死に考えを整理する。
何があったんだよ、この前、普通にあって喋って、三人が凄いって思ってた矢先にこれかよ!
ドンッ! っと自分の膝を拳で叩き、自然と出た「意味わかんないんだよ!」と言う自身の言葉、どちらにしてもミネットが起きない事には始まらないと分かってはいる。
「入るぞ。カシーム、娘の様子はどうだ?」
「アバス、まだ起きないみたいだ、それより他に何か気になるものとかはあった?」
「いや、何もない、ただ妙なのは、あれだけの血が出ているのに遺体も戦闘の痕跡も見つからないって事だ」
それは敵がわざわざ、戦闘の痕跡を消し去ったと言う風に聞こえた。
「カシーム、これからどうするつもりだ?」
「とりあえず、ミネットをこのままにはしておけないよ……」
「我はそうは思わない……だが、我もダンジョンでカシームに救われた身だ、一日だけにしてくれ、パーティーとしてはそれ以上は無理だ、すまないがな」
アバスはそう告げて、テントから出ていった。
そこ後も、シャドーやパステ達が二人一組で周囲の探索と手掛かりを探してくれたが見つかる事はなかった。
ダンジョンに入ってから二回目の夜を迎えた。その時には、トトとアバスも探索を中断し、拠点であるテントの防衛に回っていた。
ミネット発見から十数時間が経ち、やっと目覚めた彼女から事情を聞く事が出来た。
やはり、ミネットは魔物ではなく、冒険者に襲われていた事実がわかり、オレ達は更に詳しく話を聞いていく。
ミネットは普段は五人パーティーだったが、仲間の二人が怪我をした為、ダンジョン攻略を諦めようとしていたそうだ。
そんな話を聞いていた他の冒険者から、臨時パーティーを組みたいと申し出があり、一旦は悩んだが、実力もあり、六階層にも足を踏み入れた経験があると言われ、一度だけと言う条件で二人の冒険者、ケルトとメルトと臨時パーティーを組み、今回、ダンジョン攻略に挑んだらしい。
新人の難関となる四階層も問題なく攻略し、臨時とはいえ、二人の冒険者は、かなりの手練であり、ミネット達は寧ろ楽しく攻略を進めていたそうだ。
しかし、五階層に辿り着いて探索をしていた際にそれは起こった。
「なんか、いそうだな……見てくるから、タタラ、ヤハネも来てくれ」とケルトが言い、二人を連れて、先行して行った。
次の瞬間、ヤハネの断末魔が聞こえ、慌ててタタラがミネットの元に走って戻ってきた。その胸には槍で貫かれたような傷があり、ミネットは慌てて駆け寄ろうとした瞬間、メルトがミネットを背後から切ろうと剣を構えており、タタラは最後の力を振り絞り、ミネットを丘から下に向けて突き飛ばしその場から遠ざけた。
ミネットの目に映ったのは、タタラが剣で斬られ、血が飛び散る姿だった。
話を終えたミネットは身を震わせており、オレを見つめてから抱きついてきた。
「お願い、カシーム、私、怖いの……お願いだから、一緒にいて……」
怯えるミネットを一人に出来ず、オレはその場から動けなくなっていた。
ミネットが落ち着き、眠りにつくと、オレ達の中で今後、どうするのかと言う話し合いが行われた。
「オレはミネットに帰還石を渡して脱出させようと思ってる」
オレの発言にメンバー全員が同意した瞬間、テントから目を覚ましたミネットがオレへと抱きついてくる。
「カシーム、私だけを帰すなんて言わないで、私も仲間にしてよ、なんでもするから、お願い、それがダメなら、一緒にダンジョンから出ましょう、一人は怖いの」
その様子に、パステが苛立ちを見せて、掴みかかろうとした瞬間、トトが先にチャクラムをホルダーから抜き、オレの横にいるミネットの眼前スレスレに突き出す。
「えぇ加減にしいや! アンタんとこの都合にウチらのマスターを巻き込むなや! シバき潰して、魔物の腹に詰め込んだろか?」
「トト! 気持ちはわかるが落ち着け……リーダーはカシームなんだ、我等はカシームに従うのが筋であろう」
トトを止めるアバスもやはり良くは思ってないのがわかる。
「ミネット、明日の朝にオレ達は探索を再開する。帰還石を渡すから、それでダンジョンから出るんだいいね」
そう言うとミネットは下を向き、軽く頷いてくれたので、オレはテントに彼女を再度寝かせる事にした。
一度、時間をあけてから、オレは皆に迷惑をかけた事を謝罪した。
当然、トトとパステは怒っていたが、許してくれた。
これで、ダンジョン探索が再開出来るとオレは思っていたが、突然、木々が揺れ出すと、茂みを掻き分けるように大量の魔物が姿を現しオレ達のテント目掛けて駆け出して来たのだ。
「え、皆、武器を構えろッ!」
話し合いで油断していたオレ達は急ぎ武器を構えると戦闘を開始する。
そんな魔物達の先から、二人の人影が姿を現すと、オレ達に向けて、ナイフを投げ放つ。
「カム兄危ないッ!」とシャドーがオレの前に駆け出し、ナイフが盾に弾かれる。
シャドーがいなければ、オレに間違いなくナイフが命中していただろう、オレはナイフが放たれた先を睨みつける。
夜の闇を月明かりが照らした瞬間、不気味に笑う二人の男の顔が見えた。
男達の姿を確認したヌビスが駆け出し、即座に距離を詰めていく。
男達の反応も早かった、片方の男はヌビスに対して、ナイフを次々に投げ放ち、もう片方の男はナイフを防いだヌビスに向けて手から火の玉を打ち出していく。
「このメルト様を脅かしやがって、獣野郎が死ねや!」
メルトと名乗った男は次々に火の玉を連発で放ていく。
しかし、ヌビスは戦斧を高速で回転させると火の玉を次々に防いでいく。
ヌビスが防御している間にもう一人の男、ケルトが移動を開始するがその動きに合わせてトトも動き出し、ケルトとトトが戦闘を開始する。
その間にアバスが鎧兵をマジックバックから出すと数十体の鎧兵が武器と盾を手に魔物達に向かって攻撃を開始した。
魔物達に対して、鎧兵が斬りかかり、魔物の爪を盾で防ぐ、鉄と鉄がぶつかり合うように至る所から戦闘音が鳴り響いていく。
戦闘は激化し、オレも魔物を次々に屠っていく最中、テントからミネットが此方に向けて走ってくる。
「いやぁ、助けてーーー!」
テントは魔物に襲われ、テントの側面が爪で破られているのが分かり、慌てて震えるミネットをオレの後ろに移動させると魔物に対して短剣を構え睨みつける。




