29話・新しい家にお引越し
家探しと意気込んでいたオレ達、しかし……何処の不動産屋もオレ達に家を売る気も貸す気もないと言う態度で門前払いを受けていた。
「なかなか、家って見つからないんだな……」
当然と言えば当然なんだろうな、オレ達を見た途端、厄介事をみるような、冷やかな目線を向けられ、何件かは話を聞いてくれるが、何処も良い返事は得られなかったしな。
「ご主人様、ごめんよ。多分ボクがいるから、獣人は家を借りたりするの大変だから、ごめんだよ」
自分のせいだと気を落とすパステは耳をしゅんと下に向けて、俯いている。
パステの頭を軽く撫でたのはトトだった。
「気にしたらアカンって、それによう考えてみ? まだ見つからんって事は、ウチらに合う物件がまだあるっちゅう事やんか! そやろ、マスター?」
「おうよ! それに街中がダメなら他にいい場所を探せばいいしな」
オレの言う他の場所とは日々、パステの特訓をしているG級冒険者が使う【獣の森】を指している。
この【獣の森】は、自由解放された土地であり、魔物の出没もあり、住む者は、ほぼ居ない。僅かに住もうとする者もいなくはないが、どれも変わり者と呼ばれる部類の者達に過ぎない。
普通は選ばないし、住もうと思っても四六時中、魔物を気にしていては気が滅入ってしまうだろう、つまり、まともな生活など望めないのだ。
しかし、オレ達は少し違っている。
睡眠時間を必要としないアバスとシャドー、更に気配に敏感な獣人のパステと獣魂のヌビス、オレとトト以外は皆、何処でもやって行ける強者だ。
不動産屋を諦めて、オレ達は【獣の森】へと向かう、門番のおっちゃんも慣れた様子に顔パスで通してくれる。
因みに出入りの際は、パステは以前の登録したGランクのギルドカードが残っていた為問題ないが、シャドーとヌビスの二人は指輪に戻ってもらっている。
理由はギルド登録をまだしてない為、身分証がないからだ。
だいぶ、ギルドには行ってないから、そのうち顔を出さないとな……
そして、オレ達はトトと出会ったウサギの洞穴へと辿り着いた。
入口はただの洞穴に見えるが中は人工の階段がつくられており、無数の横穴も上手く使えば部屋のように出来る為、新たな家としては最適だろう。
「ただ、このままだと、暗いし……住みにくいな」
オレの呟きに、アバスが顎に手を当てて軽く悩むと何かを閃いたのか、マジックバックからスクロールを数本、更に瓶に入った光る植物を幾つか、取り出した。
「カシーム、此処を拠点とするので良いんだな?」
不意のアバスの言葉にオレは他のメンバーを確認する。皆が構わないと頷き、笑みを浮かべている。
「おう、此処をオレ達の家にしよう」
「わかった、ならば、我に任せよ。シャドーとヌビスも出てきてくれ」
そう言うとヌビスとシャドーが姿を現したのを確認してから、スクロールを人数分あるか確認して、各自に手渡していく。
「あの、アバスさま、これは?」とパステが不思議そうに質問をする。
「これは改築のスクロールだ。部屋の模様替えなんかに使われる一般的な物だ」
人工的に作られた横穴は無数に存在しており、その奥は広い空間になっている。以前使われていた際の名残と言うやつだ。
そのままでは使えない為、スクロールで自分好みの壁や床、更に扉が作れるらしい。
そうして、オレ達は自分達の部屋を決めていく。
入口からの通路はそのまま倉庫等にする事になり、追加のスクロールをアバスに出してもらった。
奥にあった祠の部屋をリビングにして、その先に各自が部屋として使う事になる。
オレ達が部屋を決め終わるまでに、アバスは光る植物の入った瓶を移動しながら次々に開けていく。
ラビットクイーンを討伐成功した部屋までのすべての通路に光る植物が巻かれると、最初は壁などに僅かに輝いて植物が一気に広がりだし、洞穴が光り輝くように植物に覆われていく。
暗闇に支配されていた洞穴に陽の光が差し込んだような明るさが広がっていく。
「すげぇ、なにこれ……」
「これはヒカリゴケの一種だ、本来は地下の通路などに使う物でダンジョン等に生える雑草のようなものだ」
アバスは安全エリアにも僅かな明かりがあるのもヒカリゴケが理由だと教えてくれた。
ダンジョンにヒカリゴケが群生しないのは、魔力の強いダンジョン内部でしか見つからないにも関わらず、魔力が弱い場所でしか光る事が出来ない為らしい。
しかもダンジョンから持ち出した後は一度生やした場所から移動させる事が出来ず、無理に採取しても採取した部分から枯れてしまうそうだ。
つまり、ヒカリゴケも一度限りのアイテムと変わらないのだ。
だから、アバスはマジックバックの中に入れていたヒカリゴケを次々に瓶から出して、移動していたのだ。
こうして、オレ達の新たな家の形が完成した。しかし、まだ色々と問題も存在している。
水周りやトイレなど、排水にしても元が洞穴の為、やる事はまだまだあるのだ。
オレ達は話し合って、スライムを捕まえるか、浄化の魔法陣を買うかの二択まで話を進めていた。
スライムは、汚水や残飯を食べて成長する為、ある程度のサイズになったら可愛そうだが処分が必要になる。
浄化の魔法陣は金貨十枚程で売られている永続型の魔導具でトイレや洗い場と決めた場所に貼ることで、中に入ってきた汚物や汚れを浄化して消し去る事が出来る。
金がないならば、スライムが一般的となり、金があるならば、浄化の魔法陣が一般的となる。
スラム街では、共同トイレが一般的で、スライムは月一程度で交換されていたので、人数的にはスライムでも問題ないように見えたが、女性の事も考えると浄化の魔法陣一択だな。
「よし、浄化の魔法陣を幾つか買おう、洗濯なんかは、近くの川を使うことになるけど大丈夫かな?」
「は、はい! 任せてください。ご主人様、ボクがしっかりやるよ!」
ずっと家事はアバスに頼んでたから、アバスに言ったつもりだったが、パステが全力で手をあげたので任せる事にした。
話が決まったので、浄化の魔法陣を買う為、商業の街の魔導具店に向かう。
全員で行くのはあれなので、アバスとパステは水周りの改善を頼み、シャドーとヌビスには周囲の魔物狩りと、縄張りとしての威嚇をお願いした。良くも悪くも【獣の森】の魔物達は縄張り意識が強く、強者の縄張りには絶対に近づかないからだ。
オレとトトは買い出しに向かい、魔導具屋【笑うサ・メーノ】にやってきていた。
日常雑貨から魔導具まで色々と扱う大型の魔導具屋で魔法陣等の取り扱いも手厚い。
目的の浄化の魔法陣を見つけ、店員に声をかけるとすぐに対応してくれた。
そんな店内でオレは巨大な丸型の木の桶が目に入る。
洗濯場に置かれる巨大桶まであるんだから、無いものはないんだろうな。
そこでオレはある事を思い出し、店員に質問をする。
「あの、湯沸かしの魔法陣ってありますか?」
「湯沸かしですが? ありますが、どのくらいの水を沸かすのかにより、内容が変わりますよ?」
そこから、オレは巨大な桶を指さし、それより大きな物があればそれが欲しいと話をした。
すると、少し困った顔をした店員が別の人を連れて戻ってきた。
連れて来られたのは、身なりのいい、小さなオジサンだった。
そのまま、オレとトトは商談室へと案内される。高価な品や大金が動く商談の際に使われる部屋らしい。
「お話はお伺いしました。私はこの【笑うサ・メーノ】のカムロ店の店長をしております、サムーノです。本題ですが、アレよりも巨大なサイズになりますと、かなり、お高くなりますが? 御予算は大丈夫でしょうか」
「大丈夫だよ。ちゃんとある、それより、デカくなると水漏れなんかはしないのか?」
「水漏れ等は起こらないように、うちの職人がしっかりと付与魔法が掛けられておりますので、問題ありませんよ。更に欠損補助の付与もしてあり、完全に壊れない限りは、傷や掛けてしまっても自動修復と言う素晴らしい芸術品となっております!」
話を聞いていくと、商品の説明と自慢が少し続き、オレは途中で話を遮る事にした。
「凄いのはわかったよ。で、幾らくらいするんだ?」
オレの質問に少し、残念そうな顔をしたサムーノは金額を教えてくれた。
「えぇ、商品自体は金貨500枚となりまして、更に付与魔法が各金貨50、二つ付与で金貨100枚、他にあのサイズを沸騰させる為の魔法陣と適正位置に設置ですが、設置はサービスで可能ですが、魔法陣自体があのサイズですと金貨800枚とかなり高額になりますね。もし買われるのでしたら、今なら水の魔法陣も良い物があり、金貨600枚でございますが、お付けしますか?」
早い話が金貨2000枚の買い物をするかどうかと言う話だった。
しかし、悪い話じゃないのだ、むしろ、これを手に入れたら、大浴場に行かなくても風呂が手に入るからだ。
「わかったよ。代わりに浄化の魔法陣を十枚サービスでつけてくれないかな?」
「浄化の魔法陣でございますか? 構いませんならば、換気用の魔導具もお付けしましょう。ですが、支払いの際には、契約書をかいて頂き、全額が払えない場合は回収となりますがよろしいのですか?」
「大丈夫だよ。なら頼むよ」っとトトに言ったつもりが、サムーノも同時に書類を指さした。
「かしこまりました。では、契約書に名前を書いて頂きまして」と説明するサムーノの横からトトが白銀貨を一枚テーブルに置く。
「オッチャン、釣り頼むわ、あと、他のモンも買いたいねん、早めで頼むわな」
「は、はい!」とサムーノは直ぐに人を呼び、白銀貨の鑑定をさせる。
そこから、慌ただしく金貨1000枚が入った袋が8つ用意される。
トトは中身も確認しないまま、それをマジックバックにしまっていく。
「あ、あの、中身のか、確認はよろしいので?」
驚きながら、口にしたサムーノにトトにニッコリと笑みを浮かべる。
「大金を騙すようなら、潰せば済む話や、商売は信頼やしな、裏切る際は命かけるんが商人やろ、ちゃうか?」
「おっしゃる通りです。無粋な質問を致しました。本日はお買い上げ、誠にありがとうございました」
オレ達は購入した巨大な桶と魔法陣をマジックバックにしまう、そこで帰ろうとしたが、トトはマジックバックに入る分だけ、店の酒を買いしめており、サムーノさんを含む店員さん総出で見送られる事になってしまった。
無事に新たな家に戻ると、洞穴の入の先に新しい扉が出来ており、その前にはシャドーが見張りをしていた。
「カム兄、トト姉、おかえりなさい。無事に戻ってよかったよ」
シャドーはすぐに扉を開けると、明るい室内は洞穴だったとは思えない程、綺麗に様変わりしていた。
感動する最中、オレは急ぎ、風呂場を作る事にする。居住スペースとは別に以前ラビットクイーンがいた部屋にオレが使うはずだったスクロールを発動させる。
イメージを膨らませ巨大な桶を地面に埋めて入浴出来るようにし、身体を清めるスペースや床と、想像力を高め、風呂が完成する。
浄化の魔法陣と換気用の魔導具も配備すると、早速風呂を沸かしてみる。
浴槽の底から次第に湯気をあげて湯が溜まり始め、あっという間に風呂が出来上がる。
因みにただ入る為に作った訳じゃない、溜まった湯をマジックバックにすべて入るかを確かめる。
問題なく全てのお湯が入る事を確認するとそれを浄化の魔法陣を貼り付けた大きめの壺に入れていく。
壺もついでに買った物で安物だが、デカくて使い勝手がいい。
浄化の壺となったそれに湯をいれるとしっかりと消えていくのが分かる。
同じような壺をトイレを作る際に設置し、水周りやトイレに風呂が一日で完成する事となった。
新たな家の広いリビングの食事はとても賑やかだった。なんだか、信じられないが、オレは今、間違いなく最高に楽しい。
オレはその日は、部屋が完成しなかったのでアバスの部屋に泊めてもらう事にした。
何故か、トトとパステから反対されたが、アバスがそれを止め、その場はお開きとなった。




