27話・墓場の魔物
オークションから数日が過ぎた。
オレ達は鉱山都市から、商業の街に戻って来ていた。
この数日でパステの装備や戦闘スタイルを確かめる為に獣の森で様子見をしている。
パステは学園での生活の中でヒーラーとして目覚めていた為、回復役として、期待していたが、使えるのは軽い擦り傷を治したり、痣を消す程度の威力しか無かった。正直、考えていたヒーラーとは少し違っていた。
最初に本人からも申し訳なさそうに話された時は謙遜かと思っていたが、事実だった。
なので、今回は回復役として使う考えを捨てて、戦力として考える事にした。
「パステ、準備はいいか?」
「あ、あの、ほ、本当に、本当にいいの!」
パステの声が震えているのは、オレとアバス、トトの三人で話し合った結果、獣人の指輪を渡す事にしたからだ。
「構わないから、早く契約してくれ」
オレの顔を一度見つめるとパステは指輪に意識を集中させたように見える。
指輪が輝くと、パステの前に、犬? 狼? どちらか分からない厳つい顔の獣人が姿を現した。
黒い狼顔に黄色い瞳、長めのピンとした耳には金のリング型のピアスが三つ付けられている
着ていた服は執事服というやつだろうか、全身黒づくめで白い手袋、手袋と袖の間からは装飾された金の腕輪を左右につけており、やけに目立っている印象をうけた。
その手には身の丈程もある巨大な戦斧を握っており、長く伸びた柄の部分には髑髏の飾りが付けられている。
そんな獣人はパステに視線を向けると巨大な戦斧を即座に消して見せた。そのまま、パステの前に移動すると挨拶を開始する。
「お初にお目に掛かります……我輩はヌビスと申します。以後お見知りおきを……」
低めの落ち着いた声、予想していたよりも礼儀正しい性格なのだろう、確りとした挨拶にパステも姿勢を正して、頭を下げている。
ヌビスはパステと挨拶を済ませるとオレ達の方へ歩み寄ると直ぐにその場で膝をつき、頭を下げてくる。
「真の主様、ヌビスと申します、主様共々、宜しくお願い致します」
どうやら、オレがパステの主だと見抜いたようで即座に頭を下げてきたのだろう。鋭いやつだと思う。
ヌビスに召喚した経緯を説明し、パステの力になる様に話を進めるとあっさり、承認してくれた。
そこから、パステとアヌビスをペアにして特訓を開始する。
ヌビスの戦斧は豪快にして正確、流石、獣人と言うべきだろうか、魂を形として召喚してコレなのだから、生前は更に強かったのだろうと予想出来た。
なにより、ヌビスはパステの悪い所を的確に指摘し、パステもそれを素直に聞き入れて直していく。
そんな特訓が数日繰り返されている。だいぶ形になってきているのが分かる。
最初は心配したがパステは教えられた事をすごい勢いで吸収していく為、ヌビスも特訓を楽しんでいるようにすら見える。
オレ達はパステとヌビスに特訓を続けるように伝えると二人を残してその場から移動した。
移動先は商業の街のスラムにある墓地だ。
何故、墓地かといいと商業の街に戻ってすぐ、スラムの墓地で、はぐれの魔物を見たと聞いたからだ。
話によると、さまよう鎧、つまりリビングアーマーって奴らしい。
ならば、何故オレ達が魔物退治に向かうのかと言えば、墓の管理をしていた墓守の前任者が婆ちゃんであり、新しい墓守を任された管理者から何とかして欲しいと頼まれたからだ。
鉱山都市から戻って直ぐ、家の扉が数回叩かれ、開くと慌てた墓守の女性が捲し立てるようにオレ達に話をしてきた。
「ギルドに依頼を出したらいいんじゃないか?」
慌てる墓守の女性を落ち着かせながら、そう言うと怒り混じりに返答が返ってくる。
「言いましたよ! 直ぐに討伐してくれって! そしたら、アンデット系の魔物を倒せる聖属性が今はいないって言われて、討伐依頼を出すなら王都から応援を呼ばないとならないからって! 大金吹っかけられたんですよ!」っと、怒りに満ちた表情を浮かばられた。
そこから愚痴が始まり、その流れで墓守の女性がパメラと言う名前なのが分かり、とりあえずパメラを落ち着かせる事からはじめて、渋々、魔物の確認と出来たら討伐すると約束した。
スラム墓地は鬱蒼としており、伐採されなくなった木々の葉が墓地全体を太陽の光から覆うように伸びている。
「うわぁ、ほんまによう、伸びよんなぁ……人が手入れせんとほんまにあかんくなるんやな?」
トトのそんな言葉にアバスが軽く頷くと前方からカタン……カタン……と鎧が擦れるような音が近づいて来ている事に気づく。
「来たようだな、我が相手をしよう、トトとカシームは済まないが、周囲の木々を頼む」
「わかったよ」
「しゃあない、やったるわ!」
アバスが大剣をマジックバックから取り出すと服装を記憶の指輪を使い戦闘用の魔装に変化させる。
「この姿の実戦は初めてだ、我の為にも、簡単に負けてくれるなよ?」
言葉が理解出来たのかは不明だが、リビングアーマーがロングソードと盾を構えるとアバスと相対する。
駆け出したリビングアーマーが剣を力任せに振るうと、アバスが大剣で受け止める。
受け止められた途端に盾をしたから振り上げ、大剣に当てると再度、剣を振りあげ、勢いをつけて振り下ろしている。
アバスはそれを敢えて受ける事で自身の動きを確かめているように見える。
オレから見れば、まるで稽古かなんかにしか見えないが、それでもアバスはリビングアーマーの一撃、一撃を確りと受け流したり、ガードしたりと楽しんでいるのがわかった。
「アハハ、おぬし、我に合わせようとしておるな、良いな! 気に入ったぞ!」
そう言うと、次はアバスから大剣を力強く振るっていく。
大剣が振り下ろすと、リビングアーマーが慌てて盾を前に出し、アバスの一撃に合わせて見せる。
「ほう、合わせるか! だが、力が足りんぞッ!」
大剣を受けた盾が、次の瞬間には、ぐにゃりと曲がり、必死のリビングアーマーが大剣を振り抜かれた後のアバスにロングソードを振り上げる。
一瞬、見ていてヒヤッとしたが、それを上半身の身のこなしのみで、軽々回避する。
回避された瞬間、斜めに伸ばされた鎧の腕をアバスが掴み力任せに引き寄せる。
引き寄せられたリビングアーマーの足が、バランスを崩した瞬間、片手で振り上げられた大剣がリビングアーマーの肩から股下に向けて、縦に振り下ろされる。
肩から片足にかけて、損傷したリビングアーマーがロングソードの剣先を杖のように地面につけて立ち上がると、アバスはその腹部に大剣を振り払う。
「根性もあるようだな、気に入ったぞ。カシーム、済まないが頼みがある」
木々を切るのも忘れて見入っていたオレにアバスが声をかけてきたので、とりあえず、その場に向かう。
「どうしたんだ?」
「済まないが、テイマーゴブリンのドロップ品に指輪があっただろう、あれを使わせて貰えないか?」
予想外の言葉に驚いたが、使うつもりのないアイテムなので構わないと思い、マジックバックから指輪を手渡す。
「感謝する」
「おう、早くしてやんなよ。消えちまったら大変だよ」
「そうだな、おい、我と一緒に来い、新しい鎧をくれてやる。我と力を手にしようではないか」
アバスがそう語った瞬間、鎧から黒い影が現れ、指輪に吸い込まれる。
指輪に刻まれた“テイマー”の文字が変化し“シャドー”と印字される。
「できたのか?」
「分からぬが、試そう」
アバスは指輪からテイムしたリビングアーマーを呼び出すと黒い人型が姿を現す。
目鼻はなく、ただ黒い影のように見える。
アバスはマジックバックから普段使っていた鎧を取り出す。
「今より、お前がこの鎧の主となれ、シャドーよ」
「……」
返事はないが、理解したように、鎧の中へと移動すると、無人だった鎧が動き出す。
手足を確かめるように動かすと、膝をつき、無言で頭を下げる。
「よいよい、今からお前も仲間なのだ宜しく頼むぞシャドーよ」
オレは言葉を失いながらも、トトに任せっぱなしだった作業に戻り、そこから四人で墓場に日が当たるようになるまで作業を続け、墓守のパメラに討伐成功の報告を伝えてから、オレ達はパステとヌビスが待っている獣の森へと戻る事にした。
獣の森に戻ると戦斧を構えたヌビスと全身血だらけで息をきらせたパステの姿があった。
オレ達は慌てたが、パステは近づこうとするオレ達に手で大丈夫と合図を送ってきた。
「パステ、皆様が帰って来られました。休憩致しますか?」
ヌビスが至って冷静な口調でそう質問を問い掛ける。しかし、パステは首を横に振った。
「ボクは、まだ大丈夫……それになんか掴めた気がするから、あと少し」
「分かりました。ならば、この一戦の後に、休憩とします、意義は認めませんよ」
「わかったよ。ヌビス、ならいくよ!」
パステは真っ直ぐにヌビスを見つめると一気に駆け出していく。




