26話・オークション会場2
盛り上がったままに、バリスが次の奴隷部門にうつり、会場から数名が立ち上がり、その場から退室するのがわかった。
どうやら、奴隷になるような者を見たくないという人なんだろうと思う。
オレも一瞬、退室という言葉が頭を過ぎったが、その考えを捨て、パステがどうなるのかを最後まで見届ける事にした。
正直、会話をしなければ、この場にはいなかったと思う、本当になんとも言えない感覚としか言えない。
そんなオレの気持ちを吹き飛ばすようにオークション奴隷部門が開始されると札が次々に上がり白熱していく。
最初の通常奴隷達は、街の飲食店や荷運び屋など、女性は接客業に男性は力仕事や計算が出来るものは商業関係者に買われていく。
命が金貨数十枚から金貨百数十枚で取引されているのだから、人の価値、と、いうより、命は安いのだと思い知らされた。
しかし、不思議と満足そうな表情や喜びに満ちた笑みが奴隷から見え隠れするのが印象的だった。
「なぁ、なんで自分が買われるのにあんなに嬉しそうなんだろう」
オレは二人に問いかけるように声に出していた。
「ふむ、奴隷とは階級が存在する。通常奴隷は奴隷で言えば一般人だな」と、アバスが呟くとトトも軽く頷いた。
そこから更にアバスが仕組みを教えてくれた。
「戦闘奴隷や性奴隷等は、通常奴隷として売れなかった売れ残りだ、まぁ、自ら戦闘奴隷を選ぶような戦闘狂もおるがな、問題は犯罪奴隷と借金奴隷だろうな、奴らはオークションに出られるのは、せいぜい……一、二回程度で、買い手がつかなければ、鉱山で死ぬまで奴隷になるからな」
「え、死ぬまで?」
「ああ、奴隷を買う際に通常奴隷は自身の買われた金額分の労働を終えたら解放される。労働の際も賃金が発生する、だが、そこから下は中々そうはいかないだろう、自身が買われた時よりも高い金額を払わねばならず、身請けを受け入れたなら、それは生涯奴隷となる誓いだからだ、鉱山主と契約されれば、人生終了って訳だな、まぁ鉱山主などは、オークションに普通に参加は出来ぬから、大量に奴隷が鉱山送りにはならないだろうがな」
そして会話が終わる頃、通常奴隷部門が終わりを迎え、戦闘奴隷や性奴隷の部門が開始される。
戦闘奴隷は傭兵風な男達が競り合い、次々に落札されていく。
性奴隷とされた女性達は男達が必死に落札しようとするもオレ達の横に座っていた風俗街の女主人であろう、恰幅の良い女性が金額を気にしない素振りに全員を落札していった、正直、びっくりしたが、これもオークションならではなのだろうと思う。
落札者にギルド職員が落札証明を渡しに何回も往復していく、そんな様子を見ていると隣の女主人と目が合った。
「あら? 見ない顔ね、騒がせて悪いわね。私は鉱山都市の風俗街で商売してるフワルよ、マダムフワルと呼ばれてるわ。よろしくね、ボウヤ」
「あ、親切にありがとう、オレはカシームっていうんだ。ボウヤじゃなく、冒険者だよ!」
「そうなのね、改めてよろしくね、あと、さっきのスクロールの時は空気を壊さずに上手くやったわね、驚いたわ」
スクロールの落札、本来売れ残りや盛り上がりにかけるような内容はオークションではやはり宜しくない、その為、スクロールを落札した行動が最高のタイミングであり、その結果、下火にならずに済んだと説明された。
「良かったら、一度いらっしゃい。安くしてあげるし、可愛い娘も沢山居るから、と、言っても、カシーム、貴方は来れなそうね。フフっ」
マダムフワルはそう言うとオレの背後を見て笑みを浮かべていた。
恐る恐る後ろを振り向くと、不機嫌そうなトトと冷ややかな目でオレを見つめるアバスの姿があった。
マダムフワルは会話を終えると、オレ達三人に軽く頭をさげて席についた。
その後、30分程の休憩が挟まれ、奴隷を手に入れた落札者や、他の品を手に入れた落札者達が個室へと案内されて行った。どうやら、一度、奴隷契約や商品の受け渡しなどを行うらしく、オレもギルド職員の案内で別室に案内される。
最初に手に入れた落札品の金貨とスクロール部門で手に入れた落札品の金貨15枚を渡し無事に“武器復元のスクロール”二本セットを手に入れた。
落札した物を素早くマジックバックに収納してから、トトとアバスに先程の事を質問しようとしたが、なんとも質問しづらいので保留にした……触らぬ神に祟りなしと言う古い言葉を思い出したからだ。
奴隷達の契約が終わった人達が次々に会場を後にしていく。
不安そうな顔の者から、満足そうな顔の物まで色々な表情の人達がオレ達の横を通り過ぎていく。
どちらにしても、彼等は新たな人生がスタートするのだろう、何故、奴隷になったのかは分からないが、パステと話をしたからか、少し気になってしまったのは言うまでもない、知らなければ興味すらわかなかった事なのだから、考えても仕方ないのだろうが……
結局、最後の犯罪奴隷と借金奴隷部門は余り人が居ない状況で開始された。
残ってる人達も買う気があると言うよりは、珍しい者、見たさの者や犯罪奴隷の被害者やその身内といった感じに見える。
余りいい雰囲気ではないが、バリスはそれでも確りと司会を進めていく。
最初の犯罪奴隷が紹介される、大柄の男性で髭面に鋭い目付きをしている。やはりと言うべきか、誰も札をあげなかった。
犯罪内容は殺人、物取り、恐喝だった。
当然ながら、鉱山行きが決定する。
次々に犯罪奴隷が紹介され鉱山行きが決定する度に安堵の声や涙が聞こえてくる。
この最後の犯罪奴隷と借金奴隷部門はある意味、関係者に対する配慮とガス抜きのようなものだと分かって、気分が悪くなった。
犯罪奴隷が全て紹介され、次に借金奴隷達が紹介される。
借金奴隷達も同様に落札者は現れず、融資をした金貸し達はシラケた面を並べながら舌打ちをしていた。
何故、労働で回収しないのか不思議だったが、借金奴隷は落札されれば、借金が全額返金される為、金貸しからすれば、回収出来ない債務者を金に買える錬金術のような物なのだと、アバスが説明してくれた。
そして、借金奴隷が最後の一人となった瞬間、会場がざわめいた。
ステージで下を向き、口を噤む少女はパステだった。
「えぇ、最後は獣人の少女となります。歳は14歳で成人済み、こちらは生娘であり、獣人としては珍しく、読み書きも出来ます……僅かですが回復などの魔法を使える回復者のジョブ持ちとなります。最低出品価格は金貨180枚となります……どなたか、いらっしゃいませんでしょうか……」
バリスの雰囲気が明らかに変わっているのが分かり、オレは何故だろうと考えてしまった。
少なくとも、他の借金奴隷達の際も確りと自信に満ちた紹介を読み上げていたからだ。
そんなオレの横からマダムフワルが軽く溜め息をついたのがわかった。
「すみません、フワルさん、なんでこんなに雰囲気が違うんですか?」
「あら、マダムフワルでいいわよ。獣人ってだけで、商売人からすれば、雇いづらいのよ、しかも借金奴隷だもの、私も悩むけど、客商売で獣人は無理ね、否定的な輩もいるからね」
なんとも複雑な表情でそう答えるマダムフワルは、本当に悩んでるように見えた。
「えー、どなたか、いらっしゃいませんか、いらしたら、札を……」と、言いながら、バリスはオレに視線を向けてくる。
いや、オークションで司会が買ってくれませんかアピールとか、有り得ないだろって言いたくなるが、司会だからこそ、借金奴隷の経歴や理由なども理解しているからだろう、オレは二人に視線を向けた。
トトとアバスは仕方ないと言わんばかりに軽く頷いた。
「マスター、男なら悩んだら、突き進むもんやで、なぁ?」
「うむ、我もカシームのしたいようにするのが一番だと思うぞ」
二人の言葉にオレは即座に札を高くあげた。
「おぉー! 札が上がりました! 他に落札希望の御客様はいらっしゃいませんか、いらっしゃいませんね? 若き紳士の御客様、落札でございますッ!」
バリスがいきなり、上機嫌に声を張り上げて落札を告げた瞬間、マダムフワルの他にもう一人前側からの拍手が聞こえた。
そんな拍手の方に視線を向けようとした時、ギルド職員がオレの元にやってくる。
「御客様、奴隷の受け渡しを行いますので、此方へどうぞ」
言われるままに、オレは個室へと移動する。
個室に入ると既にパステが室内に置かれた長椅子の後ろ側で立って待っており、長椅子には老婆が腰掛けている。
オレは反対側に座り、オレの後ろにはアバスとトトが立って流れを見つめているのがわかる。
オレと老婆がテーブルを挟んで向かい合うと、ギルド職員が声を掛けてきた。
「今より、奴隷譲渡を行わせて頂きます。奴隷本人には今回は権利は一切なく、所有者と請負人の御二人でその権利を商品として、契約を交わして頂き、同意語に所有者が変更となります。ご質問や問題はございませんか?」
老婆は無言で頷く、オレは手をあげて質問をする。
「奴隷契約って所有者が変わった場合はどうなるんだ?」
「はい、奴隷契約は、人権の所有者が切り替わると同時に一度、奴隷本人は商業ギルドに所有が仮で移ります。そこから、肉体に奴隷印を刻み直し、本契約となります。一度、奴隷の肉体が商業ギルドに移るのは出品時に逃げ出さない為、肉体のみ、先にギルドで契約をしているからであり、他の理由は御座いません。寧ろ、ギルドから出れないようにする為であり、今もこの部屋から出ない事、暴れない事等を先に命じてあります。他にご質問はございますか?」
説明を聞いた後、老婆と契約を交わしていく。
老婆の名前はサマラ、金貸しをしているらしい、パステを他の金貸しから買い取った事実を教えてくれた。
「話を聞いて、変に情が生まれちまってね……だが、アタシの商売は生憎だが、人手が足りててね、良い主人にめぐり会えればと、オークションに出したんだよ、ダメそうなら買い戻すつもりだったが、良かったよ」
そう語るサマラは何処か優しい目で契約書を見ていた。
「本当は売りたくないのか?」っと、聞いてみる。
「バカお言いじゃないよ、アタシは金貸しだよ、パステはいい子だ、短い時間だが、話したら分かるさ、だから、大切にしてやっておくれ」
「うん、わかったよ。約束するぜ。婆ちゃん。あと、パステは奴隷にしないから、奴隷契約はいらない。自由にしてやってくれ」
その言葉に室内がざわめいた。ギルド職員もサマラも驚いていたが、何より驚いていたのはパステ本人であった。
ギルド職員に数回確認されたが、オレが問題ないと答えると契約書が解除されパステは奴隷から解放された。
「な、なんでよ、ボクは、キミに酷いことしかして無いし、迷惑しかかけてないじゃない……意味わからないよ」
怒りながら泣く姿にオレは言葉が見つからず、数分、泣きじゃくるパステにギルド職員はサマラと部屋を退室してしまった。
残されたオレ達も困ってしまったが、とりあえず、パステにオレはマジックバックからある物を取り出して渡す。
「あのさ、違ってたら悪いんだけど、コレ」っと手渡したのは小さな青い石がついた首飾りだ。
「え、なんで、コレを……」
「実は、さっきのオークションで出品されててさ、獣人を人にするなんて内容だったから、もしかしてって思ってさ、パステを買うかどうかは決めてなかったけど、後で渡そうと思ってさ」
「本当にキミは馬鹿みたいだよ、なんでこんなに優しいのさ、ボクは獣人なんだよ……」
「うーん、オレからしたら、獣人だからとか人だからとか、どうでもいいんだよな? だってパステってそんなに悪いヤツに見えないし、泣き虫だし、謝ってばかりだしな」
「それはキミが! ううん、ボクは決めたよ」と言うとパステは首飾りをオレに向けて手渡した。
「ボクは奴隷として、キミとずっといたいだから、この首飾りは忠義の証としてキミに持ってて欲しいんだ」
「はぁ! なんでそうなるんだよ!」
オレがそこから何を言ってもパステは微動だにせず、膝をついたまま、オレの前にいる。
「堪忍しいよ? 獣人は一度、主人を決めたら絶対に裏切らんし、寧ろ、諦めさせるんは無理やで」
「うむ、獣人とは忠義を重んじるからな、カシーム、諦めよ」
二人に説得され、オレはパステを受け入れる事にしたその際、再度奴隷契約をするか悩んだが、あるアイテムの存在を思い出し、マジックバックから奴隷の首輪を取り出した。
「これは奴隷の首輪ってアイテムだ。同意がないと自然とロストするから、本当にいいなら──」
カシャ……話途中でニコニコしながら、パステが奴隷の首輪を付ける。
「これでボクはキミの奴隷だね。ヨロシクねご主人様」と嬉しそうに笑った。
その後、オレはパステに改めて形見の首飾りを首にかけてやる事にした。
不服そうな表情を浮かべていたが、「信頼してるから逆に渡すんだよ」と言うとあっさりと受け入れてくれた。その際に尻尾が嬉しそうに動いてるのが分かり、可愛く見えた。
すべてが丸く収まるとパステにフード付きのマントを纏わせ、オレ達は商業ギルドの職員さん達に頭を下げながら、オークション会場に使われた倉庫を後にした。




