20話・四階層の厄介者2
四階層の恐ろしさを別の意味で感じながら、オレ達はやっと四階層の安全エリアを発見した。
今までの階層も確かに厄介な魔物はいたが、それでも楽だったのだろうと改めて考えてしまった……
この数時間の戦闘を振り返ればこそ、そう感じてしまう。
──数時間前
最初の戦闘に勝利して、探索を再開してすぐだった、ずっと通路のような道だったダンジョンの奥に日光の光が差し込む出口が現れ、その出口から先が森林のような場所に変化していたからだ。
「うわあ、なんだよ、これまるで森の中みたいだよな?」
森の入口と通路の出口を交互に見ながら、オレはただ、その不思議な光景を再確認していた。
ダンジョンが不思議な場所だとは理解していたが、太陽と空があり、作り物だという事実を理解していてもやはり不思議で仕方なかったからだ。
「森林か、ゴブリンの事を考えると厄介な場所だな」
そう言い、アバスは周囲を警戒するように視線を木々に向けている。
オレは逆にゴブリンは洞穴など狭い場所で戦うからこそ厄介だと思っていた為、アバスの異様なまでの警戒が不思議だった
「でも、明るくなったなら、魔物も見つけやすくなるし、ラッキーなんじゃないのか?」
そんな呑気なオレにトトが厳しめに声をかける。
「あんなぁ、マスター? ゴブリンちゅうんは、本来は森とかで狩りをする魔物なんよ、更にいえば、罠や毒草も使うちゅうんも理由にあってなぁ……せやから、アバスは木々や周囲の草木に注意を向けてるんや、この意味わかるやろ?」
「うん、言いたいことはわかったよ」
「わかったなら、えぇねん。 だから、今までと違って、ここからは曲がりなりに悪知恵を働く奴らが相手ちゅうことや」
悪知恵と言うには悪意しかないだろう。相手はこちらを殺す事を狩りとして考えている魔物なのだ。
子供が虫や爬虫類を遊び半分に狙い、石を投げて殺してしまうように、オレ達を遊びで殺しにくるのだから、他の魔物の殺戮衝動とは似て非なる純粋な悪意を考えれば、厄介と言う言葉で済ませられる存在ではないのだから。
警戒しながらダンジョンを進むオレ達、木々を避けながら開けた場所に出た瞬間、数匹のゴブリンと遭遇した。
こちらに気づいた瞬間、今までと違う姿のゴブリンが突然、木の筒を口に加えた途端、針を発射する。
「カシーム、危ないッ!」
手を伸ばし、オレの前に伸ばされた手に針が弾かれる。直後、トトもアバスの背後へと移動する。
「毒針やね! 気いつけや、ゴブリンの毒針には複数の毒が使われてる可能性があるんよ。ダンジョンのゴブリンやから、毒の種類はわからんけど、当たったらアウトって考えるんが妥当やな」
トトはそう言うとすぐにチャクラムを構える。
「行くでぇ、アバスッ! マスター、無理しやんでな!」
「わかってる! 我も前に出る」
「無理はしないよ! ハァァァッ!」
アバスが盾を構え駆け出し、棍棒を手にしたゴブリンに突撃すると左右に他のゴブリンが回避する。
そこにトトが駆け出し、両手を伸ばし回転しながら二体のゴブリンを討伐する。
その後ろからクナイを投げ放ち、アバスに襲撃しようとしていたゴブリン二体の首と額に命中させる。
後方のゴブリンが慌てて逃げようとするが、アバスの大剣が振り下ろされる。
背中を見せたゴブリン達にクナイを投げ、背中に命中した瞬間、ワイヤーを操り、一気に引っ張り引きづるようにこちらへと引っ張る。足をバタつかせたゴブリンが奇声をあげる。
奇声を聞いたゴブリン達が一歩後ろに後退するのがわかる。
しかし、そんなゴブリン達の背後から木々を掻き分けるように普通のゴブリン達よりも巨大なゴブリンが姿を現す。
逃げようとしていたゴブリンの頭をその大きな掌で掴むと、悩む事なく力任せに握り潰す。
その光景に言葉を失ったが、それはゴブリン達も同様だった……巨大なゴブリンが他のゴブリン達を睨みつけた瞬間、逃げるのを諦めたのか、もしくは諦めたのかは分からないが、こちらに向き直り、再度武器を向けた。
「あれは、ゴブリンタイタンか……」 アバスはそう口にして、すぐに盾を構える。
聞きなれないネームにオレはすぐに聞き返す。
「ゴブリンタイタンってなんなんだ」
「ゴブリンタイタンはゴブリンの上位種の中でもジェネラルクラスの力がある魔物だ、ランクは中級上位種だが、力は間違いなく高級上位種とかわらん……」
ゴブリンにも階級がある。
最高上位種──ゴブリンロード、ゴブリンエンペラー、ゴブリンキング、ゴブリンクイーン。
高級上位種──ゴブリンジェネラル、ゴブリンガーディアン、ゴブリンソード、ゴブリンウォーリア、ゴブリンパラディン、ゴブリンウィザード……
中級上位種──ゴブリンナイト、ゴブリンシールド、ゴブリン狩人、ゴブリンシーフ、ゴブリンマジック、ゴブリンランサー、ゴブリンテイマー……
他にもゴブリンは多くの種類がいる、そんな中でも高級に近い中級上位種と聞かされ、オレは全身から汗が吹き出していた。
会話が終わった瞬間、既にゴブリン達はこちらに向かって走り出し、ナイフを持ったゴブリンが三体オレ目掛けて襲い掛かる。
それと同時にゴブリンタイタンが先程握り殺したゴブリンをトトに向けて投げつけるとアバス目掛けて突撃する。
「な! 投げよった!」
トトが慌てて回避した瞬間、アバス側から凄まじい衝突音がなる。
ゴブリンタイタンは、アバスの大剣と同格の巨大な鉈のような大剣を片手に握っているにも関わらず、それを感じさせない速度でアバスの目の前に移動すると、力任せに横薙ぎを打ち出していく。
「来るのか! ヌゥッ!」
アバスが盾を横に傾け、最初の一撃を打ち払うと大剣を下から上に振り上げ、ゴブリンタイタンがその振り上げに身体を逸らすことで回避する。
アバスとトトを心配するも、オレ自身に向かってくるゴブリンが容赦なくナイフを握り飛び掛ってくる。
一瞬、鼻先ギリギリに刃が空振りした瞬間、オレは自分に死が掠ったような恐怖を感じた。
心臓が激しく脈打ち、目の前に口を開き必死の奇声をあげるゴブリンから視線が離せなくなる。
次の瞬間脇腹に焼けるような激しい痛みが走り、視線を向けると、別のゴブリンが欠けたナイフを脇腹に突き立てていた。
「ぐぁ、うわ!」
短剣をゴブリンの顳かみに突き刺し、そのまま、上に振り上げる。ゴブリンの頭部が縦に切断されると脇腹に向けられていた力が抜け、残り二体のゴブリンが慌ててオレから距離を置く。
「ハァハァ──くそ、痛ぇ……」
ゴブリンが距離をあけた瞬間にトトが此方へ向かって移動し、二体のゴブリンのうち、一体を切り払いオレの前に立つ、その視線はオレの腹部に向けられる。
「大丈夫かぁ! あぁ、マスター傷が、すぐに解毒ポーションを飲むんや!」
言われるままにマジックバックを開き、ダンジョンの宝箱から手に入れた解毒ポーションを一気に飲み干していく。
初めて飲む解毒ポーションは酷く苦く、えぐみと鼻から抜ける嫌な青臭さがオレの意識を痛みから現実に引き戻していく。
それと同時に回復ポーションも一気にあおるとオレは痛みがひいていくのを理解した。
「ハァ、ありがとう、トト」
「かまへん、それより、戦えるんか?」
「問題ないよ、早くアイツらを倒してアバスのサポートをしないと!」
「やる気満々やなッ! よしゃ、なら雑魚を蹴散らしてくでぇッ!」
トトは目の前のゴブリンに斬りかかり、オレはそのサポートを行うようにナイフに異能を纏わせ投げ放ち、ゴブリンが絶命した。
アバスの元へと向かうと、両者は激しい斬撃をぶつけ合い、一歩も譲らない……。
見ているだけで精一杯であり、オレが下手なサポートを入れれば、逆にアバスの不利に繋がる可能性すらある事を即座に理解した。
戦闘を楽しむようにして、乱暴に刃を叩きつけるタイタンと盾を上手く使いながら、大剣で打ち返すアバス、暴力ですべてを片付けてきたのだろう、ゴブリンタイタンの斬撃は次第に異能で強化されている筈のアバスが操る大盾を変形させていく。
ゴブリンタイタンがニヤリと笑ったように見える瞬間、巨大な鉈がアバスの盾を弾き飛ばし、アバスが後ろによろめく。
「ア、アバスッ!」慌てて走り出そうとするオレに向けてアバスが声を発する。
「来るなッ! カシーム!」
その声にゴブリンタイタンが一瞬、コチラに視線を向けるが、嫌な笑みを軽く浮かべただけでアバスへと再度視線を向ける。
勝利を確信したようなゴブリンタイタンはアバスにその鉈を振り上げる。
「トト、力を貸してくれ!」
悩まず、真っ直ぐに駆け出す。 手に握り締めた黒い短剣、片手にワイヤー付きのクナイを握り、先にクナイをゴブリンタイタンへと投げ放つ。
クナイが軽々と回避された直後、「未だッ! 短剣を!」と声を放つ。
トトが異能を発動した瞬間、風のリングと韋駄天のピアスを発動させる。
突風の如く駆け出したオレの手には巨大化した黒の短剣がロングソードと変わらぬサイズへと変化している。
一瞬だった、無我夢中でゴブリンタイタンへ振り払った一撃、しかし、ゴブリンタイタンはその一撃に鉈を即座に振り下ろし、黒の短剣に合わせてくる。
ゴブリンタイタンが再度、嫌らしい笑みを浮かべた瞬間、アバスがゴブリンタイタンの片足を掴むと力いっぱいに引っ張り、鉈から力が僅かに抜けたのだ。
「いけっ!」
オレは叫んだ、声が枯れるんじゃないかと思う程、肺から声を上げ、全身の力を黒の短剣を握りしめた手に集中する。
ゴブリンタイタンの鉈が滑るように黒の短剣から地面に向かっていくと同時にオレの力いっぱいの刃がゴブリンタイタンの斜めに傾いた胸部から肩にかけて振り抜かれる。
「ぐぁあああッ!」と雄叫びをあげるとゴブリンタイタンがはじめて後退する。
既に鉈を握っていた腕が宙ぶらりんになり、胸部から肩を振り抜かれたことにより、緑色の肌が紫の血液により体半分を紫に染めている。
「ハァハァ、勝負ありだな!」そう勝利を確信した瞬間だった
「ぐぁあああぁぁぁーーーッ!」
「まだだッ! カシーム!」と言うアバスの声が聞こえた時には、ゴブリンタイタンは既に使えなくなった腕から鉈を片手に持ち替え、オレ目掛けて突進してきていたのだ。




