1話・ジョブ無しのカシーム、冒険者になる
薄暗い通路を松明の輝きを頼りに進む人影、魔物の微かな息遣いが聞こえる漆黒の通路、ただ道なりに伸びる闇をひたすらに進む一人の少年。
少年の服は酷い臭いと薄紫色をした魔物の返り血で汚れ、至る所に刃物による戦闘の傷が刻まれている。
少年の歩んできた道にはゴブリンだったモノが首を絶たれ地面に転がり、次第に地面へと飲み込まれるように吸収されていく。
そんな事実を気にしないように真っ直ぐに前を向き、不安な気持ちを押し殺すようにただ足を踏み出し歩き続けている。
足元を警戒し、少年は罠が無いかを確かめる。
一歩一歩、確実に足を進めていく、罠にハマれば最悪死ぬのだ、運良く助かったとしても、此処では動けなくなる事は死と変わらない。
少年が今いる場所こそ、ダンジョンであり、冒険者達が命をかける場所であると同時に命を喰われる場所でもあるのだ。
少年は理解していた、誰もこの場所には来ない事を、此処は新たに発見されたばかりの知られざるダンジョンなのだから……
※オセロニアアート 許可を頂きました。
少年の名は カシーム 12才になり成人となったばかりの冒険者である。
紫の髪に褐色の肌、身長の低さのせいか成人している様に見られない事が悩みである。
暗がりのダンジョンを進むにつれて、道幅が広くなり、その先から数匹の魔物であろう、「ぐうぅぅぅぅっ!」と唸るような声が耳に響く。
片手の松明を地面に突き立てると片手に短剣を握り、相手の出方をうかがう、頬を伝う汗が地面に落下する瞬間、それはカシーム目掛けて走り出す。
三匹のウルフであり、鋭い牙からは獲物を見つけた事に喜ぶように唾液が流れ出しており、三匹のウルフは一匹が正面から突撃し二匹が左右に分かれ駆け出していく。
正面のウルフに即座に地面の砂を蹴りあげる、目に砂粒が入り慌てたように失速するのを確認するとカシームは直ぐに右向きに短剣を振り抜くと勢いをそのままに左側のウルフの顔面、目掛けて短剣を突き立てる。
左側のウルフは鞄に噛み付いた為、カシームにダメージはなかったが、正面から走って来ていたウルフが再度、攻撃態勢を取る。
最初の一撃を食らわせたウルフは絶命し、二匹目のウルフは片目を刺された事でその場から逃げ出していく。
互いに向き合うように睨み合うとウルフが先に動き出し、勢いのままにカシームへと飛びかかる、それに合わせて、短剣を前に構え、力一杯に突き立てる。
片手に爪と牙が突き刺さるもウルフは力無く、地面に倒れ込み動かなくなる。
「……流石に、キツすぎるって、出口に急がないと……クエスト選び間違えたなぁ」
カシームの装備は皮の胸当てと額当て、足には皮の靴、腰のベルトには短剣と予備のナイフ、財布であろう袋をぶら下げており、軽装と言って差し支えない姿は他者から見れば未開のダンジョンには似つかわしくないと言う言葉が頭にチラつくだろう。
そんなカシームは成人して直ぐに農夫になるか、冒険者になるかと言う選択肢で《砂の国=サンワール王国》の街の一つ、商業の街にある冒険者ギルドに在籍する事を決めた駆け出しの冒険者だ。
カシームの住む《砂の国=サンワール王国》では12歳で成人となり、成人の儀で神から天職を手に入れる。
しかし、全ての者がジョブを貰える訳ではない、成人の儀で天職が与えられるのは全体のひと握りであり、一人も与えられない年も存在する。
その結果、天職が与えられなかった者は、家の仕事を継ぐか、冒険者になるか、学園などに通い魔術を手に入れる為に人生をかける事になる。
しかし、学園などにいけるのは、裕福な家のひと握りの存在であり、一般人には縁のない話に他ならない。
もうひとつの選択肢である農夫は成人までの間、雇われと言う形で低賃金ながら、12才まで働く事が出来る国が定めた貧困層へと収入を与えるシステムの一つであり、貧困層とはいえ、労働力となる国民を増やさせる目的も存在している。その為、貧困層の少年、少女は、皆、最初に農夫の経験をする事が出来る。
しかし、成人後は自身の農地を二年耕し納税を続ける事で正式に農夫として認められる事になる。
その為、農地のある農夫は自身で働かずに子供達を雇い、低賃金で労働力として使い銭を稼ぐ事になる。
だが、実家が貧乏であり、小さな家に住むカシームには耕す農地などは無く、冒険者になる選択肢しか無かったのだ。
そうなれば、何故、駆け出しの冒険者が未開のダンジョンにいるのかと言う疑問を感じる事だろう……
遡ること3日前……
カシームが冒険者ギルドに登録してから3ヶ月が過ぎた頃、新米として、直ぐに死んでしまうと思われていたカシームは無難に採取クエストや弱い魔物討伐を繰り返していた。
ギルド職員にも顔を覚え始めてもらい、軽く挨拶をして貰えるくらいにはギルドに馴染みはじめていた。
日課としている採取クエストか、角なしウサギの討伐クエストを毎日受けており、その日も夕方の賑わうギルドの報告カウンターにカシームの姿があった。
薬草の入った袋をカウンターに置き、確認する職員からの呼び出しを待ち、名前が呼ばれるとカウンターへとカシームは歩いていく。
「カシーム君、無事に採取クエストの薬草を確認しました。おめでとうございますGランクからFに昇格となります。明日からは採取エリアと討伐エリアが広がりますのでクエストボードをご確認ください」
そう言うと受付嬢がにっこりと笑みを浮かべFランクのギルドカードを手渡す。
「ありがとうございます。ミーネさん、これからも頑張ります」
「はい、ですが、カシームさん。冒険者はFからが本当の始まりなんです……無理だけはしないでくださいね、命は本当に大切にしてくださいね」
ペコリッと頭をさげるミーネに手を振りカシームはギルドを後にする。
ギルドを後にしたカシームはこの数ヶ月で貯めた僅かな稼ぎから買える装備を探して武器屋と武具屋を回っていく。
当然だが、大した装備は期待できない、駆け出しの冒険者は基本装備が皮の胸当てと額当て、冒険者ギルドからの貸し出しが可能な古い剣といった物が当たり前になっている。
だが、貸し出しの武器は借りる度に僅かだが金がかかる、武器が壊れた際は買取りとなる為、カシームはずっとナイフを使い続けている。
カシームは念願の武器屋の前へと辿り着くとドアノブを回し、“カランッ”となる鈴の音を耳にしながら店内に足を踏み入れる。
店内は人気がなく、カウンターには暇そうに座る強面の男性が一人、入口にいるカシームをチラッと見る。
軽く立ち上がると2メートルはあろう巨体でその腕は木の幹と変わらない程太く、初対面の相手ならその場で身動きが取れなくなる事だろう。
「見ない顔だな、新米か?」
ドスの効いた渋い声が聞こえ、ビクッと身を震わせるカシーム。
「はい、以前から店の外から覗いたりしてたんだ」
できる限りの笑みを浮かべる、最初の印象が悪ければ、今後の関係にも色々と影響すると考えたからだ。
「金はあるのか? 言いたかないがウチは安くないぞ、 新人ならもっと安い武器屋が他にあるだろ?」
店主はそう言うとしっかりカシームの顔を見る。
「金はあります! と、いってもそんなにある訳じゃないんだけどさ、あと俺はこの“武器屋&鍛冶屋”で武器を買うって冒険者になる前から決めてたので!」
「ふむ、なら好きに見てくれ、冷やかしなら追い出そうと思ったが、真っ直ぐな目をしやがって」
店主はそう言葉にすると再度、椅子に腰掛けて、腕を組む。
カシームは言われるがままに広くない店内を見て回る。
壁にはランスや斧といった目立つ大きな武器が飾られており普通の人間では扱えないサイズにも見える。
複数の剣や槍が入った樽が並べられており、樽事に値札が貼られている。
そして、更に見て回るカシーム、“試作品”と書かれた複数の武器が無造作に放り込まれた木箱の前で足を止める。
「オッチャン、この試作品って、かなり安いけど、本当にいいの?」
「あ? あぁ、それか……間違いないから安心しろ」
少し面倒くさそうに頭をポリポリと掻きながら返事をする店主。
カシームは木箱の中をじっくりと見ていく。
中には細身の刃が二本ついた剣や束の長すぎる剣や歪な形状の剣といった見慣れない物ばかりが入っている。
そんな木箱から一本の短剣を手にする、普通の短剣よりも刃渡りがあり、短剣と言うには長すぎ、剣と言うには短すぎる、更に言えば、刃が黒光りしていて不吉な印象を握った物に与える短剣であった。
「黒い短剣? これって切れるの?」
「あぁ、間違いなく切れる、だが、誰に勧めても買いやがらねぇ、ウチは一年以上売れない武器なんかもあるから珍しくない話だ」
「えっと、試作品ってのは?」
「気に入った素材を混ぜたり、思いつきで作った武器だ。まぁそれは持ち込みで依頼された武器だったんだがな、十年くらい前の依頼でな、一年前に契約が無効になったから売り出したが……素材も切れ味もいいが売れやしねぇって話だな」
何処か思う所がありそうな含みのある言葉にカシームはゆっくりとうなづいてみせる。
カシームは自身の財布袋の中身を確認する。
普通の武器を見たが手持ちでは到底買えない金額であり、樽に入った武器もギリギリ買えるかどうかという程度には安くない金額であり、木箱から取り出した武器以外に防具まで見ようと考えていたカシームに選択肢はなかった。
「オッチャン、これにするよ」と店主の座るカウンターへ短剣を持っていく。
「……買うのか」
「マズイのか……やっぱり売れない武器なのか?」
「いや、こいつは持ち主を待ちわびてただろう、売るからにはまた来い。メンテナンスなんかはしてやる」
「はい! ありがとうな、オッチャン!」
「オッチャンだが、オッチャンじゃねぇ! オレはガダだ」
「わかったありがとうな、ガダのオッチャン!」
「……はぁ、まぁいい、で、この後はどうすんだ?」
「この後は、防具屋に行く予定だよ」
そんな会話をしながら短剣の代金である8000シルバとして、銀貨八枚を支払う。
「防具屋に行くと言ってたが、予算は幾らあるんだ? 12000シルバの樽の武器に悩んでたみたいだが?」
「……えっと、4500シルバかな?」
「アア! そんな金額で何買うつもりだ? 額当てか、靴しか買えんぞ?」
「えーー!?」
防具の金額を理解していなかったカシームは驚きの声をあげる。
それを見て溜め息を吐き「待ってろ!」と、ガダは店の裏に入ると“不用品”と書かれた大きな木箱を両手に抱えて戻ってくる。カウンターに置かれた箱の中には防具が複数入っており、すべてが初心者向けの装備であった。
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