4 世界を変える
当然、反対の嵐に襲われた
マスメディアもSNSも荒れに荒れた。新聞も動画サイトも
「狂気の沙汰だ!」
財務大臣は会議室のテーブルを叩いた。他の閣僚たちも言葉こそ違えど、同じ反応だった。
「10京円?ゲーム?冗談ではないでしょうね」
経済大臣は冷ややかな目で総理を見つめた。
「冗談ではない。これは単なるゲームではなく、人類の次の進化への投資だ」
総理は落ち着いた声で説明を続けた。
「このプロジェクトは、ゲームという形をとりながらも、実質的には人工知能、神経科学、量子コンピューティング、宇宙工学、そして社会科学の集大成となる。単なる娯楽ではなく、人間存在の意味を再定義するプラットフォームだ」
「それでも、なぜゲームなのですか?」
文部科学大臣が静かに尋ねた。他の閣僚よりも少し興味を示している様子だった。
「人間は遊びを通じて最も効率よく学び、成長する。歴史上のあらゆる技術革新は、最初は『遊び』として受け入れられてきた。このプロジェクトは、人類が直面するあらゆる課題—気候変動、資源枯渇、格差拡大、そして実存的な意味の喪失—に対する解決策を、『遊び』という形で提示する」
会議室は一瞬静まり返った。
「総理、率直に言って、任期中に完成しないプロジェクトにこれほどの国費を投じることは、政治的自殺行為です」
官房長官が忠告した。
「だからこそ、私の名前は必要ない。このプロジェクトは、特定の個人や政党の功績ではなく、人類全体の財産となるべきものだ」
「それでは私が困るんです!!」
「・・・」
部屋の中は静まり返った。
言った本人は困惑した顔をしている
「あっ、いや、そうじゃなくて、国民は納得しませんよ・・・」
「本音が漏れた。そういうことだろう。君は他国と内通している。主にハニートラップにはまったそうだね。」
「はっ、はあ!何を!」
「総理、いったい何を言っているんですか!」
財務大臣が声を荒げた。その怒声は、部屋の空気をさらに凍りつかせた。
「私が言っているのは、単なる推測ではない。」
総理は静かに立ち上がり、目を鋭く鋭く向けた。
「君の動きには、私たちの知らない外部の力が働いている。もし、この計画が実行されれば、全世界が注目することになる。そして、その結果として国際的な利益を得る者も現れるだろう。それが君の背後にいる者たちだ。」
官房長官が総理に近づき、手を軽く挙げた。
「少し待ってください、総理。少しだけ冷静になりましょう。」
その声には緊張がにじみ出ていた。総理がどれほどの確信を持っているかはわかる。しかし、ここまでの事態にまで進んだ今、この対話の続きはもはや理性では制御できなくなっているようだ。
「彼が何を言いたいのか、私にも分かります。」
文部科学大臣が口を開いた。その表情は依然として冷ややかだが、興味を示していた。
「確かに、ゲームという形式が提案されているのは奇異に思える。しかし、その背後にある可能性は、否定できない。」
「その通りだ。」
総理は微かにうなずいた。
「だが、そんなことをしている暇はない!」
経済大臣が声を荒げた。
「いくら何でも、10京円の資金を注ぎ込むなんて…。それにゲームの形を取る?現実の問題を解決するには、もっと現実的な手段があるだろう!」
「ゲームだからこそ、人々は本気になって関わり、学び、気づくのだ。」
総理は再び冷静に言い放った。
「ただの遊びではない。これは未来を見据えた、現代社会の枠組みを超える試みだ。失敗すれば確かに政治的自殺だ。しかし、成功すれば、それは全人類の未来を変える。」
その言葉が響く。官房長官は、無言で部屋の端に立っていた。彼の心の中では、総理の意図とその実行に対する恐れと希望が混ざり合っている。しかし、何よりも、今、目の前にいる人物がどれほどの確信を持っているかが重要だった。
「だが、もし君が本当に外部の影響を受けているなら、私たちはただの操り人形になってしまう。」
財務大臣が再び言葉を続ける。
「人々はそんなことを許さない。君が言う未来を描くのは、我々だ。」
その言葉に対して、総理はついに顔を向けた。
「君たちが恐れているのは、変化だ。変わらないことこそが安全だと思っている。しかし、このまま何もしなければ、我々は進化を逃す。」
その言葉に、全員が言葉を失った」
総理は深くため息をついた
・
・
・
・
・
・
深夜、総理官邸の地下会議室。総理の前には5人の人物が座っていた。世界的なゲームデザイナー、ノーベル賞受賞の脳科学者、量子コンピューティングの権威、社会システム設計の専門家、そして哲学者。彼らは「プロジェクトΩ」の核となる頭脳だった。
「政府内での反対は予想通りです。しかし、計画は予定通り進めます」
総理は5人に向かって言った。
「25年という時間枠で、どこまで実現可能でしょうか?」
「技術的には、思考インターフェースの完全統合は15年以内に可能です」
脳科学者が答えた。
「量子ネットワークの地球規模展開は20年、宇宙拡張は22年で実現可能です」
量子コンピューティングの専門家が続けた。
「問題は技術ではありません」
哲学者がゆっくりと口を開いた。
「人間の精神の準備です。このゲームは、実質的に新しい現実を創造することになる。プラトンの洞窟の比喩のように、人々は今の『現実』が影に過ぎないことを受け入れられるでしょうか?」
総理はうなずいた。
「だからこそ、段階的に導入する。まずは医療目的で。認知症患者の記憶回復、PTSDの治療、身体障害者への新たな体験提供から始める。そして教育、社会参加、最後に完全な『遊び』へと展開していく」
「しかし、これだけの資金を25年間、秘密裏に運用することは可能なのですか?」
社会システム設計者が懸念を表明した。
「秘密にはしない。むしろ、公開で進める。ただし、全容を明かさずに」
総理は微笑んだ。
「人々は『10京円のゲーム』という表面的な部分だけを見て批判するだろう。それで構わない。我々は淡々と未来を築く」
第三章:最初の一歩
「医療革命か、それとも巨額無駄遣いか—総理の謎のプロジェクトに批判殺到」
主要メディアの見出しはそんな調子だった。しかし、総理は動じなかった。最初の成果が出始めていたからだ。
重度の認知症患者が、神経インターフェースを通じて失われた記憶にアクセスする映像がSNSで拡散された。事故で下半身麻痺となった子どもが、仮想空間で自由に走り回る姿に、多くの人が涙した。
「これがゲームですか?」
野党党首が国会で挑発的に質問した。
「はい、ゲームです」
総理は静かに答えた。
「『遊び』とは何でしょうか?それは制約から解放され、可能性を探求することです。身体的制約、記憶の制約、時間と空間の制約から解放されること。このプロジェクトの第一段階は、最も深刻な制約に直面している人々を解放することから始まります」
メディアの論調は少しずつ変わり始めた。
第四章:抵抗と転換
プロジェクト開始から5年。総理はすでに退任していたが、後継者たちも計画を継続していた。国際的な協力体制も築かれ、「ゲーム」の第二段階が始まっていた。
教育システムが変わり始めた。子どもたちは量子物理学の原理を、実際に素粒子となって体験することで学んだ。歴史の授業では、古代ローマを実際に歩き、カエサルの演説を聞いた。
しかし、抵抗勢力も強まっていた。
「現実逃避を国策とするな」「新しいアヘンだ」「人間性の喪失につながる」
様々な批判が渦巻いた。宗教団体からの反発も強かった。
元総理は静かに観察していた。混乱は予想通りだった。新しいパラダイムへの移行は、常に抵抗を伴う。
転機は予期せぬところからやってきた。気候変動による大規模災害が世界を襲い、従来の社会システムが機能不全に陥ったのだ。
「プロジェクトΩ」は急速に社会システムの代替として機能し始めた。物理的なインフラが崩壊した地域でも、ニューラルネットワークを通じた教育、医療、行政サービスが継続した。
「これは単なるゲームではない」
多くの人々がようやく理解し始めた。
第五章:新しい地平
プロジェクト開始から20年。元総理は老いていたが、まだ計画の進行を見守っていた。
世界は大きく変わっていた。物理的現実と仮想空間の境界は曖昧になり、人々は意識のレベルで両方の世界を自由に行き来していた。経済システムも変容し、物理的資源の制約から部分的に解放された人類は、新たな創造性と協力の形を見出していた。
「プロジェクトΩ」は最終段階に入っていた。完全な思考インターフェース、量子ネットワーク、地球と宇宙を結ぶインフラが完成に近づいていた。
元総理は静かに微笑んだ。当初の目標は達成されつつあった。このシステムはもはや「ゲーム」とは呼ばれていなかった。人々はそれを「新しい現実」と呼んでいた。
エピローグ:2050年
霞が関の古いビルの一室。元総理の遺品整理が行われていた。遺言により、その素性は死後も公表されないことになっていた。
係官が埃をかぶった赤いフォルダを見つけた。表紙には「プロジェクトΩ:未来ゲーム構想」と記されている。中を開くと、最初のページにはたった一行だけ書かれていた。
「本当のゲームは、これから始まる」
その日、人類史上初めて、地球外知性体からの交信が確認された。彼らは「ゲーム」に参加する準備ができているという。
【完】