宮廷の若き主様
宮廷での給仕も終えて、さて帰るかというころ。
弥亜よりも少し早く仕事を終えて待ちかまえていた友人・韓那に思いっきり捕まってしまった。
彼は乙女のなかの乙女といった感じを演じているらしく、手に持った書物もなにやら少女感あふれる絵が表紙に描かれている。が、その本の中身はどうせ毒草の話である。
「今日紹介したいのはこの本で──」
こうなってしまうと韓那は止まらない。
今日は官舎へとすでに歩き始めてくれているからいいものの、ここで止まって話をされていたら大変だった。
(早く帰りたいんだけど)
興奮している彼の話をまとめると、色々な人に踏みつけられるかわいそうな雑草がある高位貴族の男性に発見されて毒へと変化するお話……らしい。そんなこと語られてもまったく心は動かないし、そもそも見せられているページはただの草の絵しか載っていない。どこにそんなものが書いてあるのか。
「ふぅ~ん。そうなんだ」
「弥亜って、いつも話聞いてくれないよね」
「聞いてはいるけど……分からないよ」
そらそうである。こんな話、とてもじゃないけれど理解ができない。
弥亜は、突出した記憶力を引き換えに、共感だとか協調性だとかを失っている。
そんな弥亜にまずまず共感しにくい話題を出されたところで「ふぅ~ん」としかならないのは火を見るよりも明らかなのだが。
「弥亜って本当に不思議だね」
けれど、韓那も弥亜にそんなこと言えないくらいにはなかなか個性的である。
「ハハ、そうかも」
考えていたことなどおくびにも出さず、にこりと笑って見せる。なぜか、韓那はなぜかむぅと下唇を突き出した。
そのまま数秒逡巡する様子を見せた巴那だったが、何かを思い出したのか口を開いた。
「これなら興味持つんじゃない?原因不明の病が流行ってる話。それもなんと、石楠花川付近で生活している村だけらしいって噂」
(石楠花、ねぇ……あそこは名前通り石楠花が咲いているけれど、毒の話なら韓那がもっと興奮するし……)
韓那は乙女趣味を演じている割には、そのイメージを一気に崩壊させてしまうようなサイコ的思考とグロ耐性があり、急患時には軍医の助手をしている。どうやら、その噂も医務室で軍医から手に入れたようだ。
「にしても、こういう話最近増えてきたね」
その言葉に、弥亜も頷く。
最近この国は西洋の国からの技術のおかげで発展してきた。けれど、そのぶん原因不明の事態も増えた。
弥亜は、そういうのが好きだ。
と言っても、原因と政の乖離をせせら笑うのが趣味なんて言うなかなかな癖なのだが。
でも、進言すると手目立ってしまうといけない。
いつ侍女たちにバレるのかわかったものではないし、こんな血筋の者の本業があれなんて、絶対に隠さなくてはならない。
無駄に高貴な血というのも考え物だ。
(でもそれは韓那もか。)
そう思いながら弥亜よりも背の高い彼のその端正な横顔を眺めていると、韓那がこちらを見た。
「なに?なんかついてる?」
「別に」
「あ、そう。──そういえば、亥の刻に宮廷東門前な」
少しかがんで耳にそう囁いてきた韓那に、一瞬ビンタを食らわせそうになった。
急に色気を出してきたからではない。
ただ、伝達が遅すぎるからである。
「少し連携崩れるだけで命取りって言ってるでしょ」
そうやって冷たくあしらう弥亜は、傍から見るとツンデレな女の子に見える。──見えるだけだが。
「ごめんて。忘れてた」
「もういい。いつものとこで集合。わかった?」
「うん。じゃあ、また」
韓那はまるで落とし物でもしたかのように自然に引き返して、弥亜のもとから去っていった。
(このまま官舎までついてこられたら韓那を殺さなきゃいけないところだった)
弥亜も弥亜で、物騒なことを考えながらさも用事を思い出したかのように官舎から離れていく。
◇◆◇
その様子を大門の上からくつくつと笑ってみている者がいた。
|星明りの君・紫遥である。
口を見るだけで分かるほど無駄に端正な顔に、顎下で切りそろえられた髪。
頬に刻まれる不思議な紋は、黒い布で隠れていた。
(弥亜は私よりは格下だが確かに高貴な家の唯一の女子。韓那は平民より少し上といったところか?男だが家の命令で女装……か。)
紫空は頭の中の情報を整理する。
「こりゃまた厄介なことで」
そう呟くとまたくくくと笑みを浮かべる。
「……興味がわいてきた」
この国の主の息子。それでいて若き宮廷の主である紫空は、地上に降りることなく門の上を走って東門へと向かう。
弥亜と韓那は。宮廷の若き主様に買われることになる暗殺者組の誕生まであと少し。




