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俺は今ひっそりと息を潜めて茂みの影に身を潜ませていた。”街の人間は全部石にされちゃったんだもの”メフィの言葉が頭をよぎる。
どうやら大規模な魔術攻撃によって街全体に石化の魔法がかけられたらしい、そのせいで城の外にいた護衛騎士団は全員石化してしまったそうだ。
他の人間には頼れない。まあ今までもそんな状況はいくらだってあったが他人の命がかかるのはこれが初めてだった。
リーシャ・・・無事なんだろうか・・・そう考えるたびに無駄だと分かっていても体が動きそうになる。
それを必死で抑えてメフィが戻ってくるのを待っている。
カサカサ、、、、視界の端で何かが蠢いた。やぶを突っ切る時の植物が折れ曲がる音。何か・・・きてる。
より一層息を殺して俺は意識を研ぎ澄ました。1、、、2、、、3いやもっと。すぐそこにまで迫ってきてる。誰だ、、、賊かそれとも他の生き残り?どっちにしろ先に気づかれるわけにはいかない。
ベットの下で男たちが通り過ぎるのを待った先ほどの感覚が蘇ってくる。全身の血管が広がり能力の全てを使って自分の存在を押し殺す感覚。生存本能が湧き上がってくる感覚。
カサカサ・・・ガサ。
少し先のひらけた更地に影が姿を現した。
その影は人間ではなかった。四つの足を交互に動かしながら仕切りにその鼻を引くつかせる。茶色の毛がツヤツヤと光るそれは5匹の犬だ。
それぞれが一定の距離を取って散開し、辺りの茂みを探っている。そしてその後ろから次は人間が出てきた。ボロボロの服を着た薄汚い爺さんだ。
「おぉおぉ、何か見つけたか、、」
歪な笑みを浮かべる口の中にはボロボロの黄色い歯が2、3本ぶら下がっている。細々とした枯れ枝のような指で薄い白髪をぽりぽり描いて、まるで下水道から出てきたかのような格好だ。
剥がれかかったボロボロのラベルが巻かれた一升瓶に口をつけながら小枝のような足で自分を運んでいる。
1匹の犬がこちらに向かって歩いてきている。一層耳をぴくつかせ神経質そうに目を細めながら、、、、、そして俺の潜む茂みの前でぴたりとその歩みは止まった。
「しまっ」
ワォォンン
大きな鳴き声が寂し気な暗さの中に響き渡る。
「そこにいるなっ!やレェっ!」
爺さんの金切り声と一緒に犬は茂みに飛びかかった。一番槍になったのは最初に俺の匂いに気がついた犬だ。バキ、バキ、ゴキっと嫌な音が響く。
「おぉおぉ仕留めたか、ほらおいでクソ野郎の亡骸を見せておくれ」
自らの手勢の勝利を感じた爺さんは焦点の定まり切らない目を茂みの方へと向けて優しい声で獲物を討ち取った自分の猟犬の功績を褒め称えた。
だがその歪な笑みはすぐ崩れる。バサっと茂みの方から投げ出されたのは犬の骸だ。口の端から泡を吹き白目を剥いて無防備に自分の体を晒している。絶命しているのだ。
爺さんの顔が崩れる。紅潮する。唾が飛んだ。
「オンギャラあ、うちの犬ころ殺りやがったなクソコテやろう。いけっ!全部いけっ!やつを数で食い殺しちまえ!」
次は数でかかって確実に仕留めようとそう言う腹だった、ただその腹の中身が実行されるよりも前に爺さんは意識を失った。
「ンゴっ」
林から出てきた黒い影は一瞬で間合いを詰めて彼の顎を思い切り揺らす。激しく脳を揺さぶられた爺さんはその揺れを十分に認識する間もなく一瞬で意識が吹き飛ばされた。
ゆらりと硬さを取り除いた動作で犬たちの方へと視線を向ける。まだ殺り合うか?言葉以外の言葉でそう語りかけた。
犬たちはそれをくまない。くまずに一斉に自分の主人に危害を加えた目の前の男に殺意をぶつけた。
ドサッ。ドサッ。ドサッ。ドサッ。1分後犬の死体が4つ増えた。
「・・・・ふっ」
戦いの後に残る少しの間を済ませて他の脅威がいないことを確認すると急激に体を固めていた戦闘の空気が溶け崩れる。
移動しなくては。さっき犬が吠えた。もし他にも城の中を洗ってるやつがいるのならば気づいてこっちにきてもおかしくない・・・・・もし今あの雷男。ウバールにあったら今度こそやばい。
俺はそう思った。俺のそう言う考えには今回の場合ほんとにその状況を呼び寄せてしまうフラグのような力があったのかもしれない。
俺の予想した最悪の登場、つまり現時点でのウバールとの再戦という事態は俺の意思と行動に反してあっさりと実現されてしまったのだ。
小走りで中庭を抜けて石造りの建物と建物をつなぐ渡り廊下に入り建物の中へと鉄でまとめられた木材の扉を押し開こうとした時・・・・・その声が耳を掠めた。
「よお。また会ったな」
「ウバール」
「さっきの女はいねぇ見たいだな。どちらにしろ次は逃さねぇ」
一歩踏み出したウバールの顔が城の輪郭の隙間から差し込んだ月光に照らされる。年相応に使い古された表情筋が窪みとなって影を生み出していた。
月の光がニッタリとした彼の笑顔に張り付いてその残虐性をさらに補強する。
身構えた。相手の瞬き一つでさえ見逃さないように全神経をまた戦闘のための空気感の中に沈める。今度も間は短かった。
最初に動いたのはウバールだ。大柄の巨体の前に先ほどの雷の膜が展開された後。体勢を低くして地面に手をつけスタートダッシュのポーズを決めた。
ギュッ、音が耳を掠めた。彼の動きよりわずかに先行するその現象は俺にとって彼の行動を予感する手段の一つだ。
ウバールの体が雷膜を潜った瞬間、 それは金色の電気をまとい超加速の一撃の形を完成させる・・・だが当たらない。
まるで槍の先端のように尖った体勢で矢尻の役割をする奴のつま先と俺の眉間の間の距離が僅かあり1匹分に満たない程度まで縮まった。
瞬間。体が躍動する。上半身を大きく後ろに捻りやつの攻撃の射線から俺の全身を外す。
もちろん与えるべき相手を逃したやつの攻撃力はそのまま勢いとなって渡り廊下の反対側。先ほど俺が開けようとしたドアに衝突し破片を散らしながらしばらくの間、地面を転がった。
(今のうちに!!)
そう考えて俺は渡り廊下から道を逸らしさっきの茂みの方向へと逃げる。雷膜と戦うのならば狭く閉じられた空間ではなく広く動きやすい場所の方がこちらに有利になる。
その上どうせ戦うのならば元々いた場所でやった方がメフィが戻ってきた時に素早く武器を受け取れるだろう。
できる限りの力を両足にこめる。これであいつが俺を見失うという希望的観測もしないではなかったが、それが到底あり得ない話であることは分かっていたので常に意識の大半を自分の背後に向けた。
そして、その行動が俺の命を救った。ビュッ何かが迫る音。それより一瞬前に感じた気配、身をよじる頭のスレスレを光る何かが通り過ぎる。
「待てよぉ、、、、意外といい反射神経してるじゃねぇか驚いたぜ。あれを避けるなんて」
(サブマジック!)
あれが魔法以外の何者でもないことはすぐに分かった。頬に一筋の傷跡が浮かぶ。次が来る。
「ははは、また避ける気か?。残念だがそれは無理だぜなんせ”雷膜”と合わせれば速度は今の比じゃねんだからよぉ」
言った途端に合掌したやつの拳の前に雷膜が展開される。すぐ分かった。魔法を”加速”させるのだとその時とっさに手が伸びた。そこにあるのはさっき倒した爺さん・・・・のすぐ隣に転がる一升瓶。
中身はまだ残っている。それを確認するとすぐ俺は瓶を粉々に砕いた。
雷魔法の基本的な性質の一つ。水への伝播。うまく使えば範囲攻撃などに応用できるがうまく”使われれば”魔法の威力を削がれることにつながる。
放たれた雷の矢は雷膜に加速され人の目では捉えきれないほどの速度で・・・・・飛び散った液体に接触した。
その瞬間。魔法に加えられたベクトルが分散する。飛び散った液体の触れた部分それぞれの”向き”へと進路が修正された。
ピチッシュー。あたりの木々に幾つかの焦げ跡が浮かぶ。
「おお、防いだ」
ウバールは驚いた顔をした。
俺は頭を巡らせた。
手がピクピクと痙攣している。液体が分散しきれなかった雷が俺の手首を焦がした。だが予想よりもその火傷の度合いは低い。腕どころか全身にダーメジを追うことを覚悟していたのに。
これは液体の量が俺が思っていたよりも多かったとか、魔法の軌道が少しづれていたとかそうゆうことではない。
魔法自体の威力が中途半端だったのだ。
これが意味することは一つ。このサブマジックが術者の容量の少し余った部分に無理やり詰め込まれた代物であるということ。
ということはやつは今まで見た3つ以外の魔法は使えないと思っていいだろう。考えることが少し減った。だがそれでも俺に与えられた戦いの中での思考時間には未だ余裕はない。
すぐに追撃が俺を襲ってくる。
再びやつの前に展開された雷膜、俺が瞬時に連想したのが最初の加速キック。そして俺の行動はその予想に沿って展開される。
やつが雷膜に触れた瞬間、いやその少し前に体を思い切り横にダイブさせる。直線的にしか動けないであろうやつの技に対する最も正しい対応法をとった・・・・がそれは間違いだった。
止まったのだ。ウバールは先ほどのようなただ突っ込むだけの攻撃はしてこなかった。俺の”失念”それは雷膜は加速だけでなく”減速”も行えるという事実。
ウバールは俺のそばでもう1枚の雷膜を展開し加速を殺して静止したのだ。そしてやつの横にあるのはダイブした直後で無防備な俺の体、、、、、まずい。
ウバールの拳にだくだくとした雷が流れる。そしてその二つの拳を重ね合わせハンマーのようにして地面に投げ出された俺の体目掛けて振り下ろした。
ダッ
間一髪でその攻撃を交わす。・・・・・が、すぐに次が飛んでくる。丸太のような太い足の全力の蹴り。拳と同じように雷を纏ったその攻撃まで交わすことはできなかった。
ボキッ
左の脇腹にウバールの足が食い込むボキボキと何かがへし折れる音がした。その痛みを自覚する前に体に加えられた衝撃によって城の壁を貫通しその内部に押し込まれる。
ゴロゴロと真っ赤な絨毯を転がりながら遅れてやってくる激痛に小さな悲鳴が口から漏れた。
「ガハッ、ゴホッ、、、、、ハァハァ」
「今のはきいたみたいだな・・・なんだその生意気な目」
口の端から血が出て胸の骨が何本か折れたがそれでも闘志は絶やさない、絶やしてしまったらそれは死を意味するから。
それだけ追い詰められても死の一歩手間にいようとも諦めてはいけない心を支える炎を燃え尽きさせてはいけない。
・・・・・そうする限り戦い続けられるから、勝利の希望に手を伸ばせるから。
「?」
ウバールが手を高らかに上げた。何かの魔法か?一瞬そう思ったがそれが間違った予想だということはすぐに分かった。
ウバールは何かをキャッチしようとしている。後ろから自分に向かって飛んでくる何かをキャッチしようとしてパーの形で手のひらを掲げているのだ。
その正体はミサイルだった。後方に白い光を吐き出しながら相当なスピードでウバール目掛けて飛んできている。
「ふんっ2度も同じ手にかかるかよ」
そう言ってやつは構えた左手を握り込んでやつに着弾する直前のミサイルを叩き落とした。黄色い爆炎がやつを包み込む。
バリーン。それと同時に俺の横の窓を割って人影が一つ城の中に入ってきた。
「メフィ!」