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それは俺が曲がりなりにも5年間戦士としての役割に身を置いたおかげなのか。脳は反応しきれなくても体がそれを補ってくれた。
金髪の男は大柄で身長が170cm程ある俺のそれよりも3まわりをほど大きい。その様子を形容するならば大熊という言葉さえ当てはめることが可能だろう。
俺が視線を気づかせる一歩前にすでに戦闘のためのモーションを始めていた男は両手を組んで振り下ろしの体制を整えていた。
男の肩から伸びる丸太のような2本の腕の先にある肌色の球体は人間の両手を組み合わせたものだ。普通、本物の鉄で打たれたような武器に比べたら威力には劣るはずだが男のそれからは誇張を差し引いてもまるで鉄でできているかのような重厚感と殺人性を感じられた。
「なっ・・・・」
「ニヒィw」
どゴォぉォォォっォォォ
かろうじてかわした俺の体が一瞬前まで存在していた場所に拳が振り下ろさせる。
勢いよく肌色の凶器を叩きつけられた木製の床はそこに敷かれた高そうなカーペットごと粉々に砕かれて破片を撒き散らした。
明らかに男は身体強化を使っている。だから本来の人間の能力では起こすことのできないここまでの破壊を実行することができるのだろう。
だがそれだけではない。それだけでは説明のつかない事象が一つ起きている。それは俺の鼻腔をくすぐる焦げついた煙の匂いと目の前でしおれている焼かれたカーペットの黒い焦げ跡。
男は魔術師だった。
地面にその拳が触れる直前に閃光が走ったのだ。金ピカの光を纏ったその衝撃はだくだくとした流れで拳に纏わりついてその破壊の原動力の一助となった。
これは・・・・・まずい。今この状況で俺がこの男と対峙することはそのまま俺の生命の危機に直結する。
もちろん命の取り合いである以上どんな場合にも、それこそ先ほどの三人の男と対峙した時だってそのリスクを犯していた。
ただ今回の場合は可能性と危険のバランスが随分と確実に危険性の方に傾く。
おそらく魔術の規模感から言ってこれはサブマジック。正直言ってこれだけならばまだマシ。十分な勝利の可能性を見通すことができただろう。
男が魔術式をその身に刻む魔術師である以上彼はサブマジックのもう一つ二つとそして・・・・・・メインマジックを持っているはず。
魔剣を持っているのならまだしも、手ぶらで手負いでそれとは戦えない。だとすれば取れる行動はたった一つだけだろう。
俺は踵を返して逃走を開始した。
「おい、おい、いきなりガチ逃げかよ普通少しぐらいは応戦するもんだろ」
後ろから男の叫び声のような独り言が聞こえてきたがそれに構っている余裕などもちろんない。複雑に 曲がりくねる廊下を右へ左へと曲がって距離を取るために全力で走った。
そしてその行動の甲斐あってか1分程で俺はあの男から完全に逃れられた・・・・・・はずだった。
今俺の目の前に広がる光景はかなりの絶望を孕んでいる。あれだけの速度を出して、身体強化を使って全力の逃走を試みたのにも関わらずあの男はまたもや俺の前に立っていた。
様子は先ほどと何ら変わらない短い金髪を悠々と靡かせてニタニタ笑みを顔に貼り付けている。どうやら最悪の予想が現実となってしまったらしい。
「まあ、見ての通り俺から逃げるのは不可能なんだけど」
奴のメインマジックは速度強化系・・・・・雷系統のサブマジックを使った時点でその可能性は大いにあったが。
これでは逃走を試みるなどもう不可能だろう。あの余裕そうな感じを見ても俺の全力の逃走は彼にとっては取るに足らない程度の速度でしかなかったのだ。
・・・・・もう背中は見せられない
次は背中を抉られる。
「そうかよっ・・・・・」
ジリジリと俺の履いている革靴が地面を鳴らした。インパクトは一瞬。行動は唐突。そして威力は一級品。
超高速の不意打ちを相手の顔面に向かって叩き込もうと足を踏み出す。男にとってもその行動はやはり意外だったようだ。
悠々と自分の姿を表し、それを見た相手が思惑通りに絶望する。彼の描いたバトルのシナリオは一瞬の逡巡も巡らない不意の一撃など織り込んでいなかった。
だから俺の唯一の切り札であり勝ち筋であったこの戦法は攻撃を届かせることができた。男の顔面の一歩手前まで・・・・。
その顔を覗き込んだ一撃はしかしその顔の一歩手前で急激に速度を失ってしまったのだ。
「俺の魔法”雷膜”は内側から入ったものには速度を与え・・・・外側から入ったものの速度を・・・奪う!」
発声の区切りとともに俺の手首あたりに展開された薄い雷の膜が前方に動き出す。その黄色は俺の腕を肩をそして頭までも飲み込んだ。
動け・・・・ない。
雷に飲み込まれた場所から順番に俺の体の自由は奪われた。完全な静止ではない、脳からの命令は健全に体に行き渡り実行されている。
それでも動くことができないのは俺の速度が極端に遅くなっているから・・・速度が奪われたのだ。
「はい、おしまい」
ドスッ
男は笑って俺の首筋に白刃を突き立てた。