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ベッドに横になりながら俺は数時間前の彼女との会話を思い出していた。あの後。彼女の急用でたいいして話す間もなく俺達は別れてしまった。
結局それから彼女が俺の病室に戻ってくることはなかった。
自分の勘違いで勝手に彼女を疑っていた罪悪感が胸にジワリと滞在している。一度誤ったぐらいでは拭い切れないほど深い、深い後悔。思い違いで酷いことを言ってしまった。
彼女は俺のことを心配していてくれたのに最低だ。さっきからそんな言葉が脳の中で反芻されている。
「ほんと悪いことしちゃったよな」
「はーーー」
「……………」
「寝れない」
思うように眠ることができず。さっきから何度も寝返りを打っていた。頭の中で同じ言葉がぐるぐると浮かんでくる。
タッタッタッタッタッ
そんなときだった。病室の外の廊下から足音が聞こえて来たのは。
数は三人ほど反響音からして真っ直ぐこの部屋に向かってきている。看護師だろうか?一瞬そんな言葉が頭を掠めたがそれを俺の聴覚にがすぐさま否定する。
足音にはジャラリという鉄と鉄が擦れる音が混ざっていた。こんな音が聞こえるのは相手が武器を携帯しているからだろう。
身が硬直する。全身の神経をその音に集中させたせいだ。
1歩、1歩、、、足音は不安定なリズムを刻んだ後一瞬聞こえなくなる。そしてその間に挟まるように聞こえてくるキィーというドアが開かれる音。
部屋を一つ一つ確認するというのはもし動作の主が看護師や医者だった場合夜の見回りと飲み込めるがそいつが武器を持っているとなれば話は変わってくる。
俺はゆっくりと体を起こした。
ギィぃぃぃ
少しづつこちらの方へと近づいてきていた足音はやはり部屋の前のドアでピタリと止まりその少し後に一際大きい音を立ててドアを開け放った。
入ってきたのは3人の男たちだ。みな武器を携帯していて注意深く部屋の中を見渡している様子をベットの下から確認する。
「この部屋にも誰もいねぇな」
「この城、人が少ないっすねぇ、使用人も5人しかいなかったし」
「ああ、いつも使われてる城じゃねえようだからな、今日は宴会で特別に会場が開かれて料理人や使用人なんかは町長の家のやつを引っ張ってきたらしい」
「護衛の騎士たちもほとんどは城の外を警備してるっすからねぇ殺すのは10人ぐらいで済む。。。第3王子を狙うならこれ以上に打ってつけの場所はねぇや」
「無駄口叩くな。さっさと次の部屋に行くぞ、はやく戻らねえと俺がドヤされるんだから」
男たちのいかにもという感じのやりとりを聞いてベットに下に這いつくばっている体に緊張感が張り付いた。
もしかすると俺は厄介ごとに巻き込まれてしまったかもしれない。
要人を狙った建造物の占拠、そして出てくる第3王子というとてつもなく大きな名前。
これは少なくともこの男たち3人だけでやっていることではなさそうだ。
後にあるのは何か大きな組織だろうか、この絶対帝政の帝国でその首領たる帝の名前に触れることの危険さを理解せずにこんなことはしないだろう。
とりあえずこのままここで固まって男たちをやり過ごそう。と
そう思った矢先だった。
「うん?」
扉の前に立つ三人の男たちの中の1人が何かに反応した。
「どうしたんすか?」
「いや、ちょっと怪しくないか」
「どこがっすか?」
「よく見ろよ、このベット他の部屋のに比べて明らかにしわが多いぜ!」
そう言って男はゴツゴツとした右腕をベットシーツの上で滑らせる。
「まだ暖かい、この暖かさはほんの数分、いや数秒前まで人がいたって証拠じゃぁねえか?ヨォォォォォ!!!」
疑問形で何かを確認するような誰かに答えを求めるようなその言葉はしかしそれを待つことなく行動に移された。
ドガッシューン
男は右腕に構えた長槍を思い切りベットに突き立てるそ。れはマットレスを容易に貫通しその下のベットフレームの隙間を抜けて地面の木材に突き立てられた。
タラタラタラ
一瞬の間が置かれた後ベットフレームの下からは真っ赤な鮮血が流れ出す地面にシミを作りながら少しづつ膨張していく血溜まりを見た男は何者かの存在を確信すると同時に脅威の排除の成功を確信して安堵した。
そしてその安心がベットの下をのぞいて血の持ち主の正体を暴こうという行動を生む余裕となった。しかしその行動が彼らにとって事態を最悪のものにすることになる。
「一体、、、誰なんだ」
そんな独り言を呟きながらフレームの下にその急所を露出させた男の顔は次の瞬間、表情を失うことになる。
暗闇から突き出された。肌色の腕、その腕はまっすぐ男の襟元まで伸ばされた。
反応はできない。あまりにも唐突な想定の外側からの干渉に男は身をこわばらせることしかできなかった。
襟元を捕まえた腕が思い切り引かれる、フレームの隙間は狭く腕力と鉄の硬さとの挟み撃ちを受けた男の首の骨が折れるのは簡単な現象だった。
ゴキっ
その程度の音でことは済んだ。
「・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙であった。男たちは困惑のうちに落とされてしばらく身の自由を確保することができない。
それが致命的であった。
「あ、、あにき、、、、あにきを、、、テメェええええ」
「うをおおおおお」
我に帰った男たちはそれぞれの武器に手をかけて自分の兄貴を始末したベットフレームの下の何者かに向かって突進する。
無論正面戦闘など考えていない。相手がベットの下から身を出す前に一方的なポジションで滅多刺しにするつもりだ。
いくら怒りに駆られていてもこうゆう戦法を反射的に思いつけるぐらいには男たちは優秀な戦闘員だった。
まあ意味はなかったのだが。
刺突の構えをとりベットの上へと躍り上がろうとした瞬間。ベットが思い切り男たちの方へと向かってきたのだ。
つまりベットの下の何者かがベットを飛ばしたのだ。
武器を振り上げた2人の男はとんできたベットに包まれる形で後ろの壁に衝突した。
攻撃はまだ止まない。
圧縮された肺が急激に空気を排出したせいで一時的な酸素不足に陥った体が必死に身を痙攣させて空気の排出と同時に吸収を行うという矛盾した行動をとった。
口の角に泡を浮かべた男たちの目はほとんど裏返っている。
俺はそこに容赦なく最初の男の獲物である長槍を突き立てる。ブシャリという音と一緒に左の男の心臓がはじけて血飛沫が宙を舞った。
そこから身体強化をさらに強めて鉄製のベットと男を槍先ごと右へとスライドさせた。
グゲっ
そのまま壁に激突した槍の動きに巻き込まれた右側の男の首は天井に染みを残すほどの高さを打ち上げられた。
「はあはあはあはあはあ」
危なかった。3人の絶命を肌で感じた俺はここで初めて乱れ切った呼吸のリズムを整えることができた。
右腕に開けられた大きな穴からとめどめなく溢れ出す血を止めるためにシーツの切れ端を簡易的な包帯として巻き付ける。
とりあえずここを移動しなければ、
男たちに仲間がいるのであれば帰ってこない彼らを探しにくる可能性が高い。
利き腕が潰された状態でこれ以上戦闘するのはリスクが高すぎる。
俺は傷口を左手で押さえながらフレームから飛び出したガタガタの蝶細工に繋がれているドアを蹴り壊して廊下へ出る。
ぞわりと肌が逆立つ。
最初は青白い月光に当てられた廊下の木の非現実的な感じに戦闘で興奮した神経が逆撫でられたのだと思った。
違う。俺の神経はそんなに細くないはずだ。
原因は別にある。
初めてきづく大きな気配、俺の背後に張り付くように立つそれにすぐに気づけなかったのは戦闘の興奮かはたまた実力の差か。
どちらにしろ大きな男は立っていた。俺の後ろにピッタリと息を殺してひっそりと。
ニタニタの笑みを浮かべて金色の髪を靡かせながら。