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「お・・・い、おい起きろ!」
頭の中に響くかすれた声がだんだんとはっきりとしてくる。
それに刺激された俺の脳みそは少しずつ覚醒していく。
どこだ・・・ここは?
開ききらない瞼で周りを見渡すとそこは見知らぬ部屋だった
(・・・・・なんだ?)
体が動かない。これは怪我をした時の感覚ではない、縄で縛られているのだ。腰のあたりを見てみるとやっぱり縄が巻かれていた。
そして俺は目の前の男に目を向ける。最初に目を開いたときに人の気配は感じていたが頭が混乱していたせいで反応するのが遅れてしまった。
その姿を見て俺は絶句する。
なんで、こいつが
俺の目の前で肩肘をついて座っているのは、さっきリーシャといっしょにいたあの男だった。
そいつは金色の瞳に胡乱な目線を乗せて俺の顔を凝視している。
心なしか、いや心ありにその眉を顰めながら。
しばらくの沈黙が続く。この沈黙の重たさに先に根を上げたのは俺の方だった。
「何で俺は縛られてるんだ」
「なぜって君、容疑者を拘束せずに取り調べする刑事がいるかね」
以外に鼻につく喋り方をする男である。
「犯罪を犯した記憶はないんだが」
「ふん、犯罪者はいつもそうゆう言い訳をするものだよ」
「犯罪者って、あのな」
「君はリーシャ・フィーロを知っているかね」
「な、それは今関係・・・」
「いいから答えたまえ」
「・・・・・し、知ってる。それがどうしたんだ」
今度は俺のほうが眉を顰めた。この男の口から彼女の名前を出されるのは今の俺には刺激的すぎる。
「そうだよな知らないわけがない、リーシャ・フィーロ俺の妹だ」
「・・・・ん?ちょっと待て」
「いや、またないよ君の相槌にいちいち合わせていたら話が進まない」
「本当に待ってくれ・・・・・だって髪の色が違うじゃないか、あいつは赤でお前は黒だ」
「ばかだな、俺は父親に似たんだよ・・・そんなことより・・・」
一瞬頭が真っ白になった。何事かを喋り続けている男の声が遠くなる。妹?その一言に俺の意識の全てが持っていかれた。いや待て、今の一言で今まで俺が考えていたあらゆることの前提がひっくり返る。彼女はリーシャは浮気していたわけではないのか?
じゃあリーシャは別に俺を捨てたわけじゃない?、でもこの半年間あいつは家に帰ってきてないはずだ。だったらただ単に俺に愛想を尽かして出ていっただけなのか?じゃあ何であの時、俺をあんなに心配したんだ?フった男をあんなに心配できるものなのか?
もしかして俺はとんでもない思い違いをしているんじゃないだろうか?
考えれば考えるほど頭の中に言葉が溢れかっていく。もしこのまま放置して考える時間を与えられたのなら丸一日考え込んでしまいそうなくらいその思考にのめり込んでいた。がそれは唐突に中断されることになった。
一発の殴打によって。
食らったのは腹だった男の腰に刺していた剣の鞘で一発。
どうやら若干の身体強化を行なっているらしく腹にあったった鞘はかなり深くまで押し込まれた。その一撃で腹に加えられた衝撃で口からつばが溢れるのと同時に俺の意識は再び男へと引き戻された。
「質問に答えろと言ってるだろ」
「痛ってぇ、何だよ」
「だからお前はリーシャのどこが好きなんだ」
「何で・・・そんなこと」
「いいから言ってみろ、顔か?それとも胸か?」
「何で答えなきゃいけないんだ」
「俺があいつのお兄ちゃんだからだよ兄には妹を守る義務があるんだ分かったら、いいたまえ」
「・・・・・・どこって・・・」
「好きなところはないと?」
「待て、それは違う」
随分と悪意のある話の飲み込み方に俺は思わず待ったをかけた。だがその言葉もこの会話の流れを断ち切ることはできない。
「お前はリーシャは不細工で、まな板で何の取り柄もない女だと思っているということか」
「待て、おか・・・」
「やはりお前は信用できんな、ここで処しておくか」
そう呟いて男はその腰に控えさせている鞘を握り剣のつかをゆっくりと引いて剣身を露出させた。そしてそれをゆっくりと構え上げ斬撃の軌道のあたりをつける。
言っていることは脈絡も正当性もない無茶苦茶な論理だがこの場の支配者は彼だ。俺に抗う術はない。
「・・・・ちょ、ま」
「じゃあな、さようなら」
そう言って男は腕を振り下ろした。がその剣が俺に触れることはなかった。
途中で起動がずれたのだ。反射的に目を閉じてしまったせいではっきりと捉えることはできなかったが横合いの方から何かが飛んできたようだ。そしてそれが当たったのは剣ではなくそれを振る人間の方だった。俺を見下ろしていた男は今は地面にひっくり返っている。
そして男の横に転がる飛んできた何かは丸椅子だった。
「な、何で」
「こっちのセリフ」
聞き覚えのある声が響いた。声の方向に顔を向けるとそこにはリーシャが立っていた。
一瞬だけ目が合う。お互いにはっとしてすぐにその繋がりは解けて残ったのはしばらくの沈黙だった。
その空気を取り直してくれたのはひっくり帰ってピクピクしていた男だ。
「いきなりものを投げるなんて酷いじゃないか」
「仕事さえこなせば干渉しないって約束でしょ」
「待て、リーシャこの男はろくでもないやつなんだ。だから俺はお前の兄として」
「黙って外行って・・・これ以上ポートに関わるならあなたをもう家族とは思わない」
「いや、待てちゃんと俺の話を」
「いいから!」
さっきまで一方的に話を進めた男の話力は彼女の前ではびっくりするほど無力だった。
すっかり気押された男は少し肩を落として部屋から出ていった。
部屋には俺と彼女の二人だけが残る。
流れるのはぎこちない雰囲気だ。何かしらを発しようと開こうとした口が声を生み出すという段階に至ることはなく。ひたすらにこの状況をうまく切り抜けようと打算する脳が作り出す言葉たちはどれも説得力に欠けていた。
肺でこねられた空気はその形を定められることなく口の中に溢れ。
溜め込んだ曖昧な言葉を外の空気に触れさせまいと喉仏が上下する。そんなことの繰り返しがしばらく続いた。
状況は動く。
「さっきはごめん、助けてくれたのにお礼言えなくて」
「え、いや、別に、全然、大丈夫」
「えっと、最近はどう、もう仕事は落ち着いた?」
「ああ、っと仕事は今ちょっと免許停止されてて、ミスしちゃってさ」
「そう、なんだ・・・」
また部屋が静まった。半年ぶりに2人きりになったのだ、自然な会話など望むべくもない。
だが、この場でこの状況でこの流れで言っておこなければいけないことが一つあった。
この機を逃してしまえばもう2度とこんなチャンスはおとずれないかもしれない。
多少の言いづらさはある。だが彼女との今後のことを真剣に考えるのであれば、絶対に逃げるわけにはいけない。
「ごめん、俺、リーシャのこと疑ってた」
「え・・?」
「俺、リーシャが出てく時、あいつと一緒にいるところみてリーシャが浮気したんじゃないかって、それで俺を捨てて出ていったんだと思ってた。」
「そっか・・・」
「ごめん」
「本当に話聞いてなかったんだね」
俺の謝罪を聞いて彼女の表情が動くその顔は少しだけ怒ったようなほんのり安心したようなそんな不思議な面持ちだった。