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 あれからしばらくつかってから俺は湯から上がりこれまたがらんどうな更衣室で着替えたあとそこに設置されているラタンチェアに腰かけてコーヒー牛乳を飲んでいた。

 結構うまいな。コーヒー牛乳はいつもの浴場には置かれていないものだった。


「やめてください」


 入った風呂が案外いいものだったおかげか上向いた気分で飲みなれないジュースを味わっていると外から聞いたことのある、、、そして特に今は聞きたくない声が聞こえてきた。

 この声は・・・そんな偶然があるはずないとは思いながらも自然と俺の足は浴室の外へと向かっていた。


「いいじゃねえかよ、ちょっとだけ俺に付き合ってくれれば気持ちのいい思いさせてやるっていってるんだぜ?」


「そういうの、興味ないですから」


「チッ乗りの悪い女だな、いいからこっちこい!」


パチン


「触らないで」


「や、やりやがったぜこのクソアマ、、、ぶっ殺してやる」


「っ!!」


 男が引き抜こうとした短剣がその姿を完全に表す前に俺はその手を掴む。目の前に現れた彼女の存在に動揺してしばらく見るだけになっていたが男が刃傷沙汰を起こそうとするのが分かってやっと動くことができた。


「な、なんだてめぇ」


 直立した金色の髪の毛にバンダナを巻き付けている。よく見たら変な髪型の男は突如現れた俺の姿に明らかに動揺していた。

 なんだ素人か。自分の武器を塞がれたというのに棒立ちになって相手を威嚇するなんてまともな使い手のやることではない。やけに自信満々に柄に手を伸ばしたから多少の心得があるかと思ったが大したことはないらしい。


「ぐああ」


 俺はそのまま握力にまかせて男の腕をねじりこみ地面に屈服させた。男は残った左腕で抵抗することもなくただ自分の右腕に加えられた激痛に悶えている。


「お、覚えてろよ」


 随分小物臭いセリフを吐いて男は風呂屋の玄関から退散していった。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 騒がしい男がさった後しばらくの間、俺と彼女の間に気まずい沈黙が流れる。


「ひ、久しぶりだな」

「ええ」


 とりあえず当たり障りのない声かけをしてみるが彼女の方は目も合わせようとしない。まあ当たり前だろう自分が振った男に助けられるなんて誰だって対応に困るはずだ。


「最近は元気にやってるか?」

「まあそれなりに」

「そうか・・よかった・・・」

「・・・ごめん私仕事あるから」


 行ってしまった。ありがとうぐらい言ってくれもいいだろうに。まあ無理な注文か。

 半年ぶりに見た彼女に俺は相変わらず美人だというくらいの感想しか浮かばなかった、自分でも不思議だもっと切なくなったり、もしかしたら彼女に怒りの感情を抱くかもしれないと思ったがそんなことはなかった。


 ここまで割り切った、とゆうよりはしょうがないという気持ちになるのはやはり俺が彼女に対して罪悪感を持っているからだろうか。

 ここ1,2年間は魔物の異常発生やそれに畑を荒らされた農民などの盗賊化が深刻でただでさえ冒険者ギルドの中で回ってくる依頼の多い立場である俺の仕事量は異常なものだった。


 1つの依頼をこなして普段なら自分のホームタウンで2,3日休養を取るのをすぐに別の依頼主の所へ出向き仕事をするようなことが続いて長い時では3か月以上帰らないことさえあった。

 帰ったら帰ったで道具の手入れや新調、体の疲れを取ることに時間を使って彼女とはまともに関わっていなかった。


・・・だから、彼女は俺に愛想をつかして他の男を作ったんだろう。


 それならまあ仕方ないのかもしれない。いくら俺が忙しいからといって彼女との最低限のコミュニケーションを怠っていい理由にはならないのだろうから。

 でも、やっぱり彼女のいない生活は寂しいものだ。空っぽの家ひとりぼっちの食事。仕事を失くして初めてきずいた彼女の存在のありがたさと俺の生活の貧しさは傷心旅行なんてものを計画するくらいには辛いものだった。


 できることなら・・・もう一度なんて無理な話なのは分かっててもついつい妄想してしまう。


「俺には無理な話だな」


 とひとり言をつぶやいてみる。


 まああんまりうじうじしててもしょうがないか。もっと楽しいことを考えよう。そういえば確か今日は祭りがあるらしいな。


 ベッガー祭、この町の昔の市長の名前を取ってつけられた祭りだ。市長という優しめの言葉で形容されているがこの町の特性を考えるとその役職名は軍事司令官としての意味も内包していることは確かである。

 実際この祭りの名前がベッカーの名にちなんだのも彼の100万の軍勢を前にこの都市を3年間守り切ったという功績によるものらしい。

 町は華やかに飾り付けられその中心部の賑わいかたは王都のそれと比べてみても遜色ないほどに活気がある。

 特に今年は第3王女がこの祭りの出席するということで例年以上に人が集まってきているらしかった。


 人がごった返す大きな道の両脇には露店が並んで客を呼び込んでいる。だがこんなにも楽しい雰囲気に包まれているにも関わらず俺の気分は再び陰鬱になっていた。確かに彼女がいるのならば予想はできたことだけど、まさか実際に見てしまうとは。


 俺の目に再び映った彼女はさっきとは違って笑っていた。かつて俺に向けられていたあの穏やかな笑み。そして今はその笑みは彼女の隣を歩くあの男に向けられている。

 華やかな道の中心を肩を並べて歩く二人の男女の姿。その光景は俺の治りかけていた心の傷に塩を塗りたくった。


 その光景から目をそらしたくて思わず近くの路地裏に駆け込んだ。若干の吐き気を和らげるために壁に手をついて荒い呼吸を繰り返す。

 分かっていたし。予想もしていた。彼女があの男と一緒にこの町に来ていることは予想できていた。ただ希望的観測も確かにあったあの風呂屋にあの男が来てなかったからだ。


 もしかしたら二人の関係はもう終わっていて彼女は今一人でここにきているのかもしれないと。だから予想はしていても実際にこの目で見ることに対する覚悟が間に合わなかった。俺の心の中でそれが出来る前にあの光景を目に移してしまった。


 落ち着いた吐き気に入れ替わりで襲ってくる脱力感、無力感、喪失感。思わず足の筋肉を緩めて路地裏のレンガに背中を預けた。


「おい、そこの兄ちゃん」


 そんな時だ。彼らが俺に声をかけたのは。

 真っ赤な羽織をつけたその男は黒い瞳を鋭く尖らせてその視線を俺に注いでいる。その後ろには若干の笑みを浮かべた男が7人と先ほど風呂屋であった男がくっついていた。


「・・・なんだよ」


 あいつの連れか。その連中の中に特徴的な金髪を見つけてすぐに俺は彼らの要件を察したがあえて気づかない風を装って言葉を返した。

 正直俺の精神は今満身創痍なのでこういう煽り文句に正面から張り合えるだけの余裕がないのだ。


「おい、こいつがそうなんだよな」

「はい、間違いないです。こいつが風呂屋で俺に恥をかかせやがった」

「・・・分かった」


 黒髪のおそらくリーダー格であろう男は後ろの金髪に何事かを確認すると。俺の正面に立った。俺の体は壁と地面にへばりつくような恰好なので上から見下ろされている。そのせいでただでさえ威圧的な男の目線がさらに圧迫的に感じられる。

 まあこれくらいの威圧はまったく何ともないのだが。確かにさっきの男に比べればそれらしさは出ているがやはり嘘っぽさの方が勝る。


「お前、俺の子分に手出したんだってな・・・」

「・・・・・」

「チッ」


 そんな俺の内心が態度にも表れていたのか、男はさらに表情を険しく、語気を強めて詰めかけてくる。


「あいつは俺の子分なんでね。子分に手出されてはいそうですかって言っちまったら俺の(かしら)としての格が落ちまう」

「フッ」


 つい鼻を鳴らした。親分だ子分だという言葉の使い方が今の俺にはとても滑稽に感じられたのだ。


「てめ、やっぱなめんてんだろ」


 それが彼の心の最後の防波堤を突き破ってしまったらしい。彼はついに言葉だけでの攻撃をやめて物理的な行動に出た。

 腰を低くして腕を伸ばし俺の襟元を強くつかむ。そしてそのまま力任せに上に引っ張り上げた。直立している男の目線と俺の目線がきれいに重なる。意外と力持ちだ。


「もういいよ。体で分からせてやる。」


 そう吐き捨てるように言って男は残った腕を思い切り構えて俺の顔面に殴りかかった。

 体が動いたのはほぼ反射だ。だらけていた足に力を込めて踏ん張りをつけ両の腕で相手の襟元をしっかりつかむ。ほぼ一瞬の動きだっただろう。男はそれにほとんど反応できない。


ダンッ


 俺は思い切り男の顔面に頭突きをくらわせたのだった。

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