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 体を包む日光の暖かさと両の扉を開いた窓の隙間から吹き込んでくる白いカーテンを揺らすそよ風。暖かさと涼しさと混ざり合った気持ちのいい朝。

 俺はゆっくりと重たい瞼を持ち上げた。

 自らの体を支える柔らかいベット。薄い掛け布団を横にのけて室内用のスリッパを履こうとしたところで気づいた、左腕が繋がっている。


「あれ、治ってる」


 左手の指で頬をつねってみるが痛みはある。夢などではない。確かあの船の中でリューに落とされたはずだが・・・・・

 周りを見渡してみるがこの空間に見覚えなどなかった。リューを倒した直後に吐いて倒れたところまでは記憶があるがあの後どうなった。

 混乱する思考をとりあえず後回しにて白いスリッパに足を入れて立ち上がる。2、3歩歩いてみるが特に違和感はない。

 カチャリ、鉄ではない食器が重なり合う音が横合いから響いてくる。なんだろうと思ってそちらの方を見てみると、リーシャが見えた。

 窓によって繋がれた隣の部屋で長テーブルの上に食器を置いている。いや置いていた。だが俺を見て目が合った瞬間その作業を投げ出して部屋の入り口に小走りする。

 ドアが開かれる音の後そこから出てきた足音が少しづつこちらにに近づいてきて、ドアが開かれる音になった。 


「ポート」

「リーシャ」


 目を覚ました後の初めての会話はお互いの名を呼び合うところから始まった。ただその始まりはこの部屋に流れるゆったりとした空気とは裏腹にかなり乱れた。

 もう一度目があった。そして気づいたリーシャが先ほどまで泣いていたであろうことに。

 彼女の瞼は赤く腫れていて、その表情も痛々しいほどに陰鬱だ。俺の目線を捉えた瞳は一瞬揺らいだ後すぐに伏せられた。


「ポー・・・ト・・・ごめん、なさい」


 リーシャはまた、泣いた。


「なんでリーシャが謝るんだよ」


 言葉ではそう言いつつも俺はもうある程度の確信を得ていた。リーシャはこの件でまったくの被害者ではないということに。

 

「理由、聞かせてくれるか?」

「・・・・・・うん」


 少し間が生まれた。ごくりと唾を飲む。彼女の唇から何かとんでもなく深刻な言葉が顔をのぞかせているような気がして、それでも彼女が俺を思ってくれているだろうという絶対的な信頼は崩さない。

 もう同じような間違いは犯したくないから。


「実は」


 リーシャはことの顛末をかなり詳しく話してくれた。まず、最初の最初、半年前にリーシャが出て行った理由は家の仕事をこなすため。

 リーシャの実家は代々、隠密業を生業として身を立ててきた一族でリーシャも幼い頃からそのための教育を受けてきたのだそうだがそれが嫌になって家を抜け出して、そこで、俺と初めて会った。


 でもその後すぐに家のものに見つかって家へ連れ戻られそうになったのでそれを数回返り討ちにしていたら昨日の兄が現れて条件を提示したのだそう。

 その条件というのが家へ帰ることを強要しないから家の仕事を手伝えというものだった。もしこれが飲めないのであれば俺を殺すと脅しをかけてきたらしい。だからリーシャは仕方なくそれに従った・・・5年間も。


 そして半年前に変化が起きるる。それは連続した仕事の依頼。今までは一年の内、仕事に拘束されるのは1ヶ月程度だったが今回の場合は半年間の長期的な仕事を言い渡された。つまり彼女が家を出て行ったのは浮気などではなくそうせざる負えない都合が彼女にできたから。

 そして彼女が怒っていたのは俺があっさりとそれを受け入れたから。これも今回の計画の一因だった。

 半年間の仕事は今までとは違っていた明らかに作為的にリーシャは”最悪”の仕事を任された、その任務は連続した1つのものではなく。7つほどの仕事を矢継ぎばやにこなさせられたのそうだ。

 それも凄惨で精神的な摩耗を伴うような”最悪”な仕事を・・・・・・劣悪な環境下で常に人の血を見、人を疑い、自分自身を追い詰めるような任務。


 そして半年それをこなしてある事実を知った。それは知らされたのではなくリーシャがたまたま耳にしたことだったのだが・・・・・どうやらこの半年間自らに課せられていた任務は”禊”だったらしいということだ。

 というのもリーシャの家はリーシャを別の一族との血の契りを交わすための役割を与えるつもりだったらしい、だが今のリーシャの状態ではそんなことを受け入れるはずがない、だから今回の”禊”を通じて彼女を普通の人間の暮らしから極力遠ざけると同時にその精神を磨耗させることによって彼女の中の”居場所に対する執着”を塗りつぶそうとしていたのだ。

 それを聞いた彼女はその時はそのたくらみを知っていても反抗しなかったという。つまり一族の考えた”禊”という計画は成功したのだ。

 そしてあの町、あの宴でリーシャはその”向こう側”の一族の”同じ役割”を与えられた人間と会う予定だった。・・・・・だがそこに俺が現れたのだ。

 最初は俺を拒絶した。もうどう足掻いても自分がその一族の呪縛から抜け出して自由で幸せな人生を送ることなどできないだろうと考えていたから、そして俺が自分のことをもう好きではないのだろうとも思ったから。

 だがその前提に綻びが生じた。それは俺がある”勘違い”をしていたことをリーシャが知ったことだ。それで彼女の中に生まれた”俺がまだ自分のことを好きでいてくれているのかもしれない”という希望がリーシャの心の中に将来への可能性を生み出した。


 そして生じた”閉じられた将来”への傷口を広げてくれる事件が起こったのだそれが昨日の襲撃騒動、そしてリーシャを攫いにきた老婆と青年そしてそばにいた唯一協力者たり得るメフィという存在。全てのピースが揃ったのだ。

 リーシャはわざと敵に捕まり、そして自分が捕まったという事実をメフィを通して俺に伝えたのだ。そしてもし俺がそれを聞いてリーシャを助けにきたのなら計画は成功するという考えだ。

 そして彼女にとって幸運なことにその企みは概ねの成功を迎えた。だが唯一の計算違いは彼女があの婆さんの魔法によって操られてしまったことだ。あの魔法が成立するための条件は被術者の精神的な綻び、そのことを察したリーシャは気を張って魔法の侵入を阻止していが俺が現れたことによって一瞬、油断してしまったのだという。

 あとは俺とリューが戦闘を終えたあと目を覚ましたリーシャがメフィに合図を送り気絶していた俺と一緒にこの小屋まで逃れてきたといういきさつだった。


 語り終わってリーシャは押し黙る。そして俺は納得した。彼女が誤った理由を理解することができて、そしてそれと同時に俺の心の中に怒りの感情が湧き上がる。


「・・・・・なんで!」

「・・・・・っ」


 俺の表情に怒りを読み取った彼女は怯えたような悲しいような顔をしてやっぱりまた俯いた。


「言ってくれなかったんだ」

「・・・え?」


 ただその悲痛な面持ちは俺の一言で違ったものへと変わった。それは少しの怯えとそして悲しさの代わりに驚きと困惑とが混ざったようなそんな顔。


「なんでそいつらが俺を殺すってお前を脅した時に俺に言ってくれなかったんだ」

「だってポートには関係ないじゃん、これは私の個人的な事情で・・・」

「それは他人行儀過ぎないか?」

「・・・え?」

「俺はリーシャが好きだ」

「え・・・・あっえっ」

「だから俺を信じて俺を巻き込んでくれたことは嬉しいし別に腕一本落とされたぐらいでそれを恨んだりなんかしない・・・でもリーシャが俺に家族のこと話さずに一人で抱え込んでたことは許せない」

「・・・・・」

「もっと早く話して欲しかったし・・・もっと早く一緒に逃げようって言って欲しかった・・・もっと俺に頼って欲しかった。」

「ごめんなさい」

「別に謝って欲しいんじゃなくて・・・俺が言いたいのは・・・つまり、ええと、もう!・・・とにかく遠慮なんてせずにもっと俺に迷惑をかけろってことだ」

「でも、このまま私と一緒にいたら命を狙われるんだよ、冒険者だって続けられないし、あの街にだってもう帰れない・・・そんなの」

「どうでもいいじゃないか。好きじゃ言葉が足りなかったか?つまり俺はリーシャさえ入れば他の何もいらないってことだ・・・だから俺に対する心配事じゃなくてリーシャの気持ちを聞かせてくれリーシャは俺に一緒に逃げて欲しいと思うか?一緒に居て欲しいと思うか?」


 あまりにもセリフが臭いので言いながら俺の顔は若干熱を帯びた。恥ずかしい、ゴクリ唾を飲み込む音が骨に響いて脳に届く。

 次の沈黙は思ったよりも長く続いた。リーシャはその間ずっと顔を伏せて床の一点に視線を集中させていた。

 何かを注意深く思慮するようなその姿勢が解かれて再び上げられた彼女の顔に不安や悲しみ、迷いなどは一切乗っていないそこにあるのは覚悟を決めた一人の人間の真剣な眼差しだけだ。

 意を決して言葉が開かれた。


「私は!あなたと一緒に居たいです一生一緒に居たいです!」


 目を瞑りながら自分の内側にある思いを思い切り吐き出した彼女の目の端にうっすらと涙が浮かぶ。

 それが後悔によるものなのか、はたまた今まで精神的な葛藤から解放されたことによる安心によるものなのか、それとも嬉しさゆえなのかそんなことはわからない。

 だがその一言が発せられたことによって俺たちのこれからが動き出したことだけは疑いようのない真実だった。


「決まりだ、リーシャ一緒に逃げよう、たとえどれだけかかっても二人で幸せに暮らせる所に」

「うんっ」


 大きく頷いた彼女の顔は今度こそ屈託のない笑顔を浮かべていた。そして二人は抱きしめ合う。互いの愛を証明するため、、、そしてこれから起こるあらゆる困難への挑戦の扉が開け放たれた。

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