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「ャアアアアア」


 その叫び声に一瞬釣られたリューの隙をとって腰を捻りやつに蹴りを喰らわせる


 ガッ


「っ・・・・おお、おおおお」


 タッ


 顎の下にクリーンヒット。リューは目をパチクリさせながらその場で固まったので俺は間髪入れずに身体強化によって強められた力の全てを使って加速する。

 低姿勢からほぼ倒れ込むように体を空中に預けて足の一点に力を集中した。


 バッ


「なっ」


 瞬時に2、3mの間合いを詰めて老婆のすぐ後ろに迫る。

 リーシャと一直線に並んでいるからそのまま蹴りを入れることはできないのでギリギリのところで止まって襟首を掴みんで投げ飛ばす。

 この行動はリーシャから老婆をひっぺがし、追撃してきたリューの足止めを行うという二つの役割をうまくこなした。


「リーシャ、、大丈夫か?」

「・・・あ・・・あ、あ」


 呼びかけるが答えは返ってこない。

 水色の瞳がプルプルと震えている。

 とりあえず、、、距離を取らなければ・・・どこかに隠れて、、せめてリーシャを安全な所へ。といっても敵だらけのこの船の中でリューに追われながらその場所を見つけることはかなり厳しだろう。


 後ろに気配を感じる。

 振り向くとそこには蹴りを構えるリューの姿

 速い。


 ドガッガッガッーーーーー


 リーシャを抱えたまま5、6m転がった。


「!」


 その衝撃自体は身体強化によってほとんど無傷で吸収できたが問題はそれによって起こった副次的な動作。

 手がリーシャの胸に開かれた光の渦の中に・・・入ってしまった。

 まずい

 短刀を構えたリューの特攻が迫ってくる。

 反射的に左腕で頭を庇う。


 グシャァ


 左腕が宙をまった。

 焼けるような痛みが走っても隙を生む暇はない。

 もうすでにリューは2撃目を放とうとしている。


 クッ


 考えている暇などなかった。魔法陣の中に肘まで使った右腕を思い切り引き抜き、ほんの少しの差でリューの速度を上回って短刀を握ったその拳の首根っこを捕まえる。


「・・・意外とやるな・・・・ん?」


 リューの表情が固まった、その視線の先には俺の手の甲に刻まれた水色の魔法陣とそこから漏れ出す水色の光。輝きを増した光はやがて白へと変色し、それと同時に掴まれていたリューの手首にうっすらと霜が降りた。


「うお、うおうおうお。」


 やがて臨界点を迎えた光は一気に爆発して凍えるような冷気を辺りに撒き散らす。真っ白な氷の霧に周りを囲まれて視界は一寸先も捉えることができなくなった。しばらくして霧が離れると目の前にいるはずのリューの姿は消えている。やつは爆発の直前に俺の拘束を解いて後ろに飛び退いていたのだ。


「危ない、危ない」


 自分の手首をワシワシと擦りながらリューはそう呟いた。一見かなり余裕がありそうな態度をしているがその目には焦りの色がにじんでいる。だがそんなことに気付けるほど俺は冷静ではなかった。


 ・・・・・なんだこれ。手が冷たい。まるで手だけが極寒の雪山に何時間もさらされた後のようになっている。神経が縮こまり手の動きがぎこちない。手の甲にはった霜は魔法陣の方へ向かって徐々にその輪郭を萎めている。


 赤く腫れた肌からは極度の冷凍による鋭い痛みが伝わってくる。なんなんだこれは・・・・・精霊の傷の能力とかなんとか・・・必死にあの老婆の言葉を回想する。


 ・・・一体あの光はなんだ?俺の能力なのか・・だが俺もダメージを負った・・制御しきれてない?・・・このまま暴走したら・・・・

 色々な思案を脳で巡らすが、俺の心の乱れはおさまらない。


 キューーとそんな音を立ててまた魔法陣が光だす。どうやらあの爆発は1度きりのものではないらしい。魔法陣に向かって俺の体内の魔力が引っ張られていく。このままだとさっきみたいに・・・・・

 どうせダメージを食うならリューを巻き添えにしようと俺の中のなにかがささやいた。また、別のなにかはリューと我慢比べをしても負けてしまうとささやく・・・・・今もだらだらと切られた腕の傷口から鮮血が溢れていた。

 こんな状態では我慢比べどうこう以前にリューに近づいて爆発までやつを釘付けにすること自体が難しいだろう。


・・・・・・それなら。


 高まっていく真っ白な光はついに先ほどの爆発と同じほどまで昂り、そして発散・・・されなかった。魔法陣の張り付く手の甲に力を込めた。

 土壇場の致し方ない状況で挑んだ見込みの低い賭けではあったが俺の潜在的な才能が不足する経験を補ってくれた。

 白い極光を発していた魔法陣は鎮まり漏れ出してきていた鋭い冷気は最初の薄らとした状態まで弱められた。


 これなら・・・・・・薄らと冷気を纏う手のひらで左腕の傷口を覆う。重みとして感じられるほどの真っ赤な鮮血を手の平で受け止めながら魔法陣に意識を集中させる。

 今は自動で栓が開かれる蛇口を無理やり逆回転させ押さえつけているような状態。蛇口を捻る力を緩めればそれだけ水、つまり魔力が漏れ出ていく・・・・・パァと水色と白の中間のような光と霧が右手から放出される、だがその光は先ほどまでとは違い暴発することなく特定の場所、傷口に集められた。

 しばらくしてその光が収まってみると先ほどまで垂れ流されていた血は止まって傷口を氷の膜が防いでいた。


 よし・・・これなら。

 思った通りの結果に思わず頬が緩む。

 これなら戦える。


 後は行動するだけだ。身体強化を施した足を思い切り跳躍させ床、壁、床と3跳びでリューの後ろに回り込む。

 何かを考えているようで何も考えていなさそうな顔で立ち尽くしていたやつは俺が急接近してきたことでようやく戦闘モードに戻ったのか素早く動きに反応した。


 だが・・・。

 今度は先ほどよりも少しだけ多く蛇口を緩める。漏れ出る魔力の方向を一点へと絞るために全神経を注ぎ込んだ。その結果、雪崩のような冷気は思惑通り一方向に噴射され、そしてリューの体を包み込・・・まなかった。


 噴射する、つまり魔力の量を制御し動きを操ることまでは成功したのだ。だがその後、霧状の魔力がはけた後そこに人の姿はなかった。リューが避けたのだと直感する。


 どこに行った?前方には先ほどの投げで伸びた老婆とその奥で気を失っているリーシャの姿、リューはいない。

 普通に考えれば未知の能力で攻撃を受けたのだから一旦下がって様子を見るというのが一番ありそうだが少なくとも前方にはその姿は見当たらなかった。

 ただ引くだけならば素直にそちらの方向に飛び退けばいいはず。それともやつの魔法を使って壁ごしに部屋の中に入ったか?

 確かにそれなら矛盾はない・・・・・だがこの状況で一番まずいのはやつが引くのではなく俺に対して攻撃を仕掛けてくること。

 ならばそれに対する予防線を張っておくことには意味があるはずだ。


 これだけの思考を挟み行動の変更を決定、実行する。

 この間コンマ0.1秒。


 蛇口をさらに緩め噴射される魔力の量を増大させて腕を胴体ごと一回転させ俺の周りにドーナツ状の冷気の霧を形成した。

 これで少なくともやつが後ろをとって攻撃してくるというパターンは潰せたはず。


 甘かった。

 1秒後。俺はその行動を後悔する。


 この行動は敵の不意打ちの可能性を潰すという利点以上のデメリットを俺にもたらした。

 それは油断。360度死角なく攻撃をばら撒いたという安心感が俺の神経に油断を生じさせてしまったのだ。

 実のところ死角がないというのは俺の勝手な思い込み。それは確かに存在したのだ。決定的な一打は直上から訪れた。


「しまっ」


 気づいた時にはもう遅かった。上に向けられた俺の視線の中にはもうすでにこちらに飛び込んでくるリューの姿があったのだ。



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