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外に見える白塗りの建物とその足元を通り過ぎていくたくさんの人々。顔を確認する余裕もないほどに早く彼らと俺の人生が繋がり、離れていく。
そんな光景をぼーっと眺めながら俺はこれからどうしようか熟考する。
この旅は一応は傷心旅行と銘打たれている。半年前に恋人に浮気されたことの心の傷を癒すための旅行だ。だから何か心の傷が癒されるようなことをしなければならないのだが特段趣味も持っていない俺は手持ち無沙汰になっていた。
これでは家にいるのと同じじゃないか。そんなことを考えながらぼーっとしていると、いつのまにか半年前の記憶が頭の中によみがえってきた。
「え?」
冒険者の仕事を終えて家に帰ってみるとリビングの椅子に彼女と知らない男が並んで座っていた。
その状況にあっけにとられていた俺を見て彼女は一言言う。
「ポート話があるの」
彼女のまっすぐな視線とこちらを見る男の不適な笑みだけで俺は全てを察した。
そのショックと仕事の疲れで彼女が何を話したのかは覚えていないが少し怒った顔をした彼女が立ち上がって男と一緒に部屋から出て行ったあの光景だけは目に焼き付いていた。
何を怒っていたんだろうか。
浮気という事実から目をそらすためか、はたまた記憶の整理を脳が無意識に行おうとしたせいかは分からないが、その後しばらくその言葉ばかりが頭の中をいったりきたりする日々が続き気が付いたら半年がたっていた。
頭の方は使い物にならなくても体が動くおかげで仕事をこなすことは出来たし、またそれが心の傷が広がる余裕を奪ってくれていたが、今度はその仕事も失ってしまったのだ。
それは一瞬のミスだった。護衛対象だった大商人の娘を盗賊と誤認して投げナイフで怪我をさせてしまった。
幸い致命的な傷にはならなかったが。そのせいで俺は結構な額の賠償金と3カ月間の免許停止を食らうことになってしまったのだ。
仕事がなくなってしまうとその代わりになって心の隙間をうめてくれるものが必要だった。それでたまたま本で見た傷心旅行というものを試してみることにしたのだ。
温泉でも行ってみるかな。この町に来る前に読んだ旅行本に町の中心には景色の楽しめる公共浴場があると書いていた。公共浴場なんていつも入っているが場所が変われば入った時の気分も変わるのかどうか確かめてみよう。
決めてからは素早く行動した。着替えを袋に詰めて。温泉タオルを持ち。部屋の鍵を握って。宿屋の廊下に出る。
その後は町の真っ白な大通りを夏の暑い日差しを受けながら突っ切り丘の上にある真っ白な建物を目指して急な坂道を上っていった。
グレッカ宮。そういう名前の真っ白な建築物はまるで東方の宮殿の様な見た目をしていてこの町の雰囲気とは一線を隔した存在感を放っている
そして俺が向かっている風呂屋はその頂上に設置されている金色の構造物の中にあるらしい。それは花の形になっていて金色の花びらの上にはガラス張りの空間が宝石のように取り付けられているらしいが下からでは花びらの金色しか見えなかった。
建物の右側にある入口をくぐって中の踏込みで靴を脱ぎ番頭に金を渡すと風呂屋錠を受け取って更衣室へと向かった。
まだ昼だからなのか。すっかりがらんどうになってしまっている70畳ぐらいの更衣室でさっさと衣服を脱ぎ捨てた後。引き戸を開けて風呂場に入る。
案の定ほとんど人はいない。あんまり人が多すぎても息が苦しくなるから丁度いいが。
どっぷりと温泉につかる。少し湯の温度が高いがそれ以外はお湯にはいつも入っている浴場のものとなんの違いも見つからなかった。