思い出したくないこと。
えまが目を開けると、そこはいつもの学校の屋上の風景だった。
「お疲れさん。」
シャドウは、えまの肩をポンと叩いた。「うん」えまはいつも以上にそっけない返事をした。
「どうしたの?そんなに浮かない顔をして。もしかして疲れた?」
シャドウは冗談をいう顔でえまに問いかけた。「ううん。違うの。」えまは、口もごるように言った。
“聞くなら今しかない“えまはそう思って、シャドウの目をまっすぐ見た。
「何?何かあった?」
シャドウは首をかしげた。
「あのさ、シャドウは、どうして死んでしまったの?」
えまは、ゆっくりと落ち着いた口調で放った。ずっと聞いてはいけないことだと考えていたけれど、自分はシャドウの事はまだ何も知らない。だからこそ聞いてみようと思った。
シャドウは、一瞬えまから目をそらしたように見えた。そして、ゆっくりと顔を上げ、
「そんなこと聞かないでよ。」
シャドウは、どこか悲しそうなしぐさを見た。えまは、空気が重くなったのを感じた。しばらく沈黙が続くと
「あ、ちょっと用事思い出した。じゃあね。」
といって、シャドウは、えまの前から消えた。
「あっ、ちょっと待って!」
えまが声をかけたときには、もう遅かった。
「私、変なこと聞いちゃったかな。」
えまは少し自分の言動に反省した。よく考えてみれば、自分の死んだ理由なんて思い出したくないに決まってる。シャドウは幽霊だけれど、もとは人間で人間と同じ心を持っていることが助手になって分かっていた。
えまはカバンを拾い上げ家へかえろうとしたその瞬間、あたりが光に包まれた。
「なにこれ!」
まぶしくて目をつむったえまが目を開けると、あたりは雲のようなものに包まれ、そこには大きな門がそびえ立っていた。
「え?ここどこ?なんだか前と雰囲気は似てるけど・・」
えまは周りをきょろきょろと見渡した。そして、大きな門の所へゆっくりと歩いて行った。
「こんにちは・・あの・・誰かいますか」
そういい、ドアの取っ手に手を伸ばして戸を押すと、ドアの中から光が飛び出した。目を開けると、
「やあ、よくきたね。」
目の前には、老人が豪華な椅子に深く腰掛けていた。
「君が、本郷えまさんだね、坊主には話を聞いているよ。」
えまは自分の名前を口にしている老人を不思議そうに見て、
「あなたは、誰なんですか?」と聞いた。
「私は、天のしきたりを整えている、現代で言う神様だよ。急に呼び出しちゃってごめんね。びっくりしちゃったよね。」
「神様?本当に?」
えまは、動揺しながらも疑った。「本当だよ。」老人は大きくうなづいた。
「確かに神様みたいな恰好してるっぽいけど。」
えまは老人を見上げた。
「じゃあ、証拠に魂の花の間へ案内してあげよう。」
そう老人は言い、えまを円形の階段へ案内した。
「あの、魂の花の間ってどんなところなのですか?」えまは階段をのぼりながら自称神様の老人に聞いた。
「魂の花の間は、今を生きている人の寿命を表す花が管理されてあるところだよ。私は、今生きている人と死んだ人の魂のバランスをそこで整えているのも仕事なんだ。さあ、ここの門を開ければ魂の花の間だよ。」
えまと老人は、古びた門の前に立った。そして老人が門を開けると、そこは薄暗い所に、数えられないくらいの光輝く花が咲いていた。
「うわ、きれい。」えまは思わずぽろっと言葉を吐いた。
「そうだろう。私は、この場所が好きでね。この景色もきれいだが、はかなく散っていく花も見ごろだよ。ほら、この花を見てごらん。」
えまは老人に言われた通り、その花のもとへ駆けよった。
「ほら、もうすぐこの花は、朽ちるよ。」
その一輪の花は、花から光っている光も今でも消えそうになっていた。そしてしばらくすると、光は消え、花は崩れ落ちるように枯れていった。
「これって・・人が一人亡くなったっていうことですか?」
そうえまは聞いた。
「そうだね。お疲れさま。」老人がそう言いその花の前にしゃがんで、手を合わせた。するとその花は、光と共に消えていった。
「これでこの人も成仏できた。」
そういいえまたちは、光が消えるのをそっと見守った。
「本当に神様なのですね。疑って、すいませんでした。」
えまは、神様に深々と謝罪の念を込めて頭を下げた。
「いいのだよ。神様の存在なんか生きている者には絶対に分からないものだから。」神様は、そう言って優しく笑った。
「さっき、坊主と言っていらっしゃいましたけど、それってシャドウの事ですか?」
えまはさっきから気になっていたことを聞いた。
「そうだよ。そのことで、君を呼び出したんだ。ゆっくり話したいから、少し来てくれるかね。」
えまは、ひょっとした顔をして「分かりました。」そう返事をすると神様はパンパンと二回手を鳴らした。
えまは、気が付くとそこは、まるでどこかの豪邸なような場所に移動されていた。
「わあ、凄い家。」えまは思わず感嘆した。「さあ、ここにお座り。」そう神様に言われて、えまはフカフカのソファーに座った。
「君たちのことは、最初から見てるんだよ。シャドウの助手として、動いてくれてありがとう。」
神様は深々と頭を下げた。
「いっいえ、私もシャドウには救ってもらっていますから。」えまは、背筋を伸ばして首を振った。「そんなに緊張しないで。えまさんに今回は頼みがあるんだ。」神様は、前のめりになってえまの顔をまじまじと見た。
「頼みですか?」
えまは、首を傾げた。神様からのお願いってなんだろう、そう思って耳を傾けた。
「シャドウを成仏させてあげて欲しいのだよ。」
「成仏ですか?」
えまは、膝の上に置いてあった手をぎゅっと握った。
「君にこんな話をするのは、シャドウは望まないと思うのだがね。シャドウは、実は本当は地獄に送られるはずだったのだよ。」
「地獄?何か悪いことをしたんですか?」
「シャドウはね、自分を自分で殺したんだ。いわゆる自殺だよ。本当は、死んで、もう二度と人間界には足を踏み入れることは出来ないはずだったのだが、私の弟、閻魔は、坊主にシャドウとしての仕事を与えた。もう彼は、59年間、閻魔に言われたように仕事をなしている。」
神様は、一枚の契約書を机に置いた。そこには、“花村葵”とサインも共に添えられていた。
「花村・・葵」
えままじまじとその契約書を見た。葵、、この名前に心当たりを感じた。
「そうだったんですね。」えまは視線を落とした。もしかしたら、シャドウが生きていた時代の名前って、花村葵だったのかもしれない、葵っていう名前は本当だったんだ。そうえまは思った。
「私も最初は、閻魔に地獄に送られるような魂に、そのような役目を与えるべきではないと言ったのだよ。半信半疑で、シャドウのことを見守っていたが、彼はきちんと仕事をこなしていて、私は、どんどん地獄に送られる魂ではないかもしれないと思うようになった。そこで閻魔と相談して、60年仕事をこなしたら、地獄ではなく坊主を天国へ行けるようにすることが決まったんだ。」
「それなら、シャドウは天国へ行けるんですね。良かった。」
えまは、肩をなでおろした。
「しかしだがね、シャドウは、それを拒むんだ。この機会を逃せば、シャドウは本当にこの与えられた仕事をこの世が終わるまでし続けなければならないのに。」
「もう時間がないってことですか?」
えまは神様にそう聞いた。
「単刀直入に言うとそうだね。」
「でも、シャドウは前、こう言っていました。この仕事は嫌いじゃないって。」
「そう、シャドウが思っているのは十分承知だよ。しかし、約六十年間見守ってきた私からすると、成仏させてあげた方がシャドウにとって、シャドウの未来にとって一番良い方法なのだと思うのだよ。そうとは思わないのかね?」
神様は、えまに、賛同を求めた。「えっと・・」えまは、口ごもった。
「タイムリミットは一か月だ。それまでにシャドウを説得させてくれるかね。」
神様は、えまに手をさし伸ばした。えまは、少し戸惑いながらも、神様の手を取り、
「・・はい。分かりました。」と返事をした。えまは気が付くと、屋上に一人立っていた。
「シャドウが死んじゃった理由って、自殺だったんだ。私、思い出したくないことを聞いてしまったな。」
えまは、そう思いながらも、シャドウが安心して成仏できるようにまずは話を聞こうと心に誓った。