最期の時間
次の日。宮崎ひとみが亡くなるまで、あと二日に迫っていた。
「雄一、今日は、おばあちゃん家に行くから早く起きなさい。」
奥さんの声がした。えまも飛び起きて急いで、支度をした。
そして仁さんが用意してくれた車に仁さん一家と、えまとシャドウが乗り込んだ。
「場所は昔と変わってないよね。」
仁さんがシャドウに確認した。
「はい。駄菓子屋さんの二階に住んでいます。」
仁さんは、少し緊張した顔で運転をしている。
「俺の実家ってこんなに遠かったんだな。」
仁さんはそうつぶやいた。
シャドウは仁さんの顔を見た。その時、仁さんは色々な感情を持ち合わせているような顔をしていた。シャドウはなんだか心が少しきゅっと閉まるような感覚がした。
そして車に二時間ほど乗って、やっと駄菓子屋さんの前に来た。近くのコインパーキングに車を止め、駄菓子屋さんの前に立った。
「それじゃあ、行きますよ」
シャドウがゆっくりと、店の戸を開けた。
「いらっしゃいませ?あれ、昨日来てくれた、えまちゃんと葵くんだっけ?」
「そうです。あばあさん、息子さん連れてきましたよ」
「・・え?」おばあさんは、ゆっくりと扉の所へ歩いて行った。
「あれ、仁?仁かい?」おばあさんの目に涙を浮かべながら、仁さんの肩を揺さぶった。
「お袋、あの時は本当にすまなかった。」仁さんも涙声で謝った。
「謝るのは、私の方だよ。あなたの可能性をつぶそうとしてしまった。本当にごめんなさい。」
おばあさんも深く頭を下げた。仁さんとおばあさんが顔を上げると目が合い、二人とも少し照れながら微笑みあった。
「さあ、家に入りなさい。あれ?後ろにいるのは・・」
「仁さんの妻の百合子です。この子は、息子の雄一です。」
「あれま。」おばあさんは、奥さんと雄一のところまできて、
「よく来てくれたね。会えてうれしいよ。」優しい声でおばあさんは言った。
えまとシャドウは、一安心し、ニコッと笑いあった。
「じゃあ、俺たちはこの辺でお暇します。」
「待ってくれ。お礼がしたいんだ。もう少し、ここにいてくれないかな?」
仁さんは、帰ろうとしていた、えまとシャドウを引き留めた。
「え?でも・・」
えまは、困ったようなしぐさを見せた。
「分かりました。お言葉に甘えて」シャドウは、うなずきお店の中に仁さん一家と入っていこうとしたシャドウの腕をえまは引っ張った。
「私たちのミッションはここで終わりでしょ?ここからは、家族だけの方がいいよ。帰ろうよ。」
「いや、まだ終わってない。家族が望むなら従うのみだよ。」
そう小声でえまに言い、えまは、うなずき、店に入ろうとすると、バタンと大きな音がした。
おばあさんが倒れたのだ。
「お袋!」
仁さんが、おばあさんのもとへ急いで駆け寄った。
「大丈夫かい?お袋」
「ちょっとね、心臓が・・」
「大丈夫ですか?」奥さんたちも駆け寄った。
「お袋、実は心臓が前から弱いんだ。」
仁さんは、おばあさんを抱きかかえながら言った。
「救急車呼びますね。」えまは、焦りながらスマートホンを取り出し連絡した。
救急車で、おばあさんは仁さん付き添いのもと運ばれていった。奥さんと雄一とえま、シャドウも遅れて病院に駆け付けた。
えまたちは、病院について、病室の前に座って、頭を抱えている仁さんを見つけた。
「お義母さんは?」奥さんが心配そうに聞いた。
「もうダメみたい。目を覚ますのかもわからないって・・」
仁さんは、目に涙を浮かべながら言った。奥さんは口元に手で押さえ、
「仁さん、最期はみんなで見送ってあげましょう。」といって、仁さんを支えながら病室へと入っていた。
「雄一君、俺たちも行こうか。」シャドウはそう言い、雄一君の手を引っ張って病室へと入っていった。
ピッピッピ。病室に入ると、医療機器が音を鳴らしていて、そこには、おばあさんが寝ていた。仁さんは、椅子に腰かけ
「お袋、まだ俺、何も親孝行してないんだよ。その前に、死ぬなんて俺は許さないからな。・・俺、馬鹿だよな、こんなにしわくちゃになるまでお袋に迷惑かけて。本当に、俺は最悪な息子だ。ごめんよ。」
仁さんは、おばあさんの手を握りながら、一生懸命おばあさんに話しかけた。すると
「そんなことはないよ。」
おばあさんが目をゆっくりと開け、仁さんを見つめた。「お袋・・」仁さんは、強くおばあさんの手を握り返した。
「私は、あなたがいてくれて、それだけで幸せだった。こんなに立派になった姿を見せてくれて、それだけで満足だよ。」
おばあさんは、力を振り絞って仁さんに言って、仁さんの頬に手を当てた。その翌日の朝、おばあさんは、家族に見守られながら、この世を旅立った。
「これで、良かったんだよね。」
えまは、シャドウに問いかけた。
「人の最期に正解なんてないんだよ。でも、おばあさんの顔、嬉しそうに見えた。」
シャドウがそう言うとえまは、うなずいた。
「そうね。この仕事も悪くないかも。」えまは、ボソと呟いた。
「ふふ、そう思ってくれると嬉しいよ。」シャドウは少し照れたような顔でそう言った。
「私たちも帰りましょう。」
そう言い病院を後にしようとすると「葵くん、えまちゃん。」仁さんが二人を呼び止めた。
「最初は、三日後にお袋が死ぬなんて言われて、ただのいたずらだと思っていたけれど、君たちに出会わなければ、お袋と再び会うことができなかった。君達にはなんてお礼をすればいいのか。」
仁さんは、息を整えながら言った。
「お礼なんていりません、俺たちは最期に幸せを与えることが仕事ですから。」
シャドウは、にっこりとほほ笑んだ。「君たちはいったい何者なんだい?」仁さんは、まっすぐな目で見てシャドウたちを見た。
「それは・・最期を幸せに送れるようにサポートする霊と」「その助手です」
シャドウとえまはそう言った。夕日の光がまぶしく差し掛かり、仁さんが目をつむって、目を開くとそこには、シャドウとえまの姿はそこにはなかった。まるで風と共に消えていったみたいに。
「あれ?葵くんとえまちゃんは?」仁さんが、周りを見渡すとそこには誰もいなかった。
「あなた」後ろから奥さんが声をかけ、
「もう二人ともいなくなっちゃったのね。」
「あの二人は、天使か何かだったのかな。」
「そうかもしれないわね。」奥さんと仁さんは、顔を見あってほほ笑んだ。