新しい転校生の正体
次の日。
「みんな、注目してくれ!」
先生が教室へ入ってきた。その後ろに一人の男の子がついてきている。
「転校生?」教室中がざわついた。そんな様子をえまは興味がなさそうに見ていた。
「みんな、静かに!紹介する。影山葵くんだ。」
先生は黒板に男の子の名前を書いた。「影山葵です。よろしくお願いします。」葵はぺこりとお辞儀をした。「席は、本郷の隣だ。」葵は席に座り「よろしくね。」そうえまに笑顔で放った。「よ、よろしく。」えまは戸惑いながらも返事を返した。
「影山君ってどこから来たの?」
休み時間、クラスの人たちは葵に興味深々に駆け寄ってきていた。「うーん、北の方から来た。」「北?じゃあ、北海道とか?!」「そう!北海道から来た!」葵たちは楽しそうに話している。
“顔も整ってるし、絶対クラスの人気者に昇格していくんだろうな、この子。私とは、住んでる世界が違うわね。”えまはその様子をこっそり見てそう思った。
そして、うんざりしていたえまが、その場から離れようとすると
「本郷さんだっけ?」
葵はえまを引き留めた。
「どこ行くの?」
「えっ、と、図書館に行こうと思って。」えまはいきなり話しかけられて動揺しながら答えた。
「俺も一緒に行っていい?」
「え?いいけど。」えまは少し考えた後そう答えた。
「ありがとう。」そう言い二人は図書館へと向かっていった。
廊下を二人で歩いていると「ねえ、まだ気づかないの?」葵はえまに言った。
「え?何が?」えまは振り向いた。
「シャドウだよ。俺、シャドウ!」
「へ?嘘。どういうこと?全然黒くない!」えまは驚いたように言った。
「俺、人間にもなれるんだよね。」
「そうなの?」
えまはずっと驚いている。えまはシャドウの手を取って確かめた。
「冷たい。」
シャドウは苦笑いしながら手を引っ込めると
「えまが友達出来るまで、人間になってサポートするから、よろしく。」シャドウはえまの目を見てそう言った。
「作戦があるんだ。いったん屋上に行こう。」シャドウがそういうと、えまは首をぶんぶん振って頷いた。
「もう、びっくりさせないでよ。」屋上に着くと、えまはシャドウに注意する。
「ごめん、ごめん。」
シャドウは笑いながらそう言った。シャドウの容姿を見ると身長は周りと比べ小さいが大きな瞳を持っていて、子供っぽさの残るきれいな顔立ちをしている。えまはまじまじとシャドウの顔を見た。
「何?どうしたの?」
「いや、何でもない。」えまはシャドウの顔から視線を急いでそらした。
「良いことが判明したよ!昨日放送部に偵察に行ってきたんだけど、なんと同じクラスのリコとゆずきが放送部に入っていたんだよ!」
「それがなんでいいことなの?」えまは首を傾げた。
「だから、俺とえまが二人に放送部に入りたいって言って二人に放送部に紹介してもらうんだよ。そうすれば話すきっかけができるわけ!」
えまは、ハッと顔を上げ「なるほど・・。やってみる価値はありそうね!」と嬉しそうな顔をした。
「じゃあ、今から一緒に話かけてみよう!」
「うん!」えまとシャドウは走って教室まで行った。教室へ戻ると、リコとゆずきがいつものように二人で話していた。
「リコちゃんとゆずきちゃんだね。」シャドウが二人のもとへ駆けよった。えまもその後ろについていく。
「二人とも、放送部なんだって?俺たちも放送部に入りたいんだよね。紹介してもらえるかな?」
シャドウは無邪気に笑って言った。
「え?本郷さんも入りたかったの?意外―!」リコが驚いたように言う。
「いいよ!今日の昼、ちょうど私たちの当番だから一緒においでよ!」
「ありがとう。」シャドウはえまのほうを向いてにっこりと笑った。えまは少しうれしくなった。
昼休みが来た。リコとゆずきに二人もついていき放送室へ案内され中に入った。
「ここが放送室よ。」放送室は放送機材がおいてある部屋と椅子と机がある部屋とで分かれていた。「今日はここでお昼の放送をするの。」
「二人もやってみる?」ゆずきが放送機材の電源を入れた。
「いいの?」
「今日は二人とも仮入部ってかたちだから大丈夫、大丈夫!」
「なんだか緊張するな。」えまの顔が少しこわばっていた。
「大丈夫よ、本郷さんならできるわ!」リコが応援した。
「じゃあ、ここに台本があるからその通りにお願いね!」オーケーとシャドウが言った。
「そろそろ時間よ。」リコが時計を見た。
「機材は私たちが操作するから、台本読んでね。」
「分かった!」えまはてんぱった様子だ。
「大丈夫、リラックス、リラックス!」ゆずきはえまの肩を押して、マイクのもとへ移動させた。そしてお昼の放送の音楽が流れた。リコが手で合図を出す。
「み、皆さんこんにちは。放送部がお送りするお昼の放送です。今日はリクエストされた音楽をお送りします。」なんとか言い終わり、えまはマイクから離れ、大きく深呼吸した。
「本郷さん、上手じゃない!見直しちゃった!」「すっごい声好み!」リコとゆずきが絶賛する。
「そうだ、良かったら一緒に、ここでご飯食べてかない?」リコがニコリと笑う。
「え?いいの?」えまが顔を上げた。
「名案!私、本郷さんとゆっくりしゃべってみたい!」ゆずきが後を押す。
「良かったじゃん。」シャドウが嬉しそうにほほ笑んだ。
「影山君もよ!まだ放送も体験してないじゃない!」
「俺もいいの?」
「当たり前よ。」リコが笑顔で言った。
「あっもうすぐ出番よ、影山君!」リコはフェイドアートして音楽を止めた。
「オーケー!」シャドウは得意げに首を回した。
「ここの台本を読んでね。」「はい。」シャドウは背筋を伸ばした。
「ただいまお送りした曲は、“ビウルッシュで“ない”でした。」音声のフェイドアウトすると
「男子の声も新鮮ね!」「この部活男子部員いないからね!」リコとゆずきが感激したように言う。
えまは、親身になって接してくれる、ゆずきとリコをみて、“二人と仲良くなってみたいな。”とひそかに思った。そしてお昼の放送が無事に終わり、楽しくご飯を一緒に食べた。
「どう?二人も入ってみない?」リコは絶対戦力になるわ、と二人を後押しした。
「じゃあ、入ってみようかな。」えまが口を開く。
「俺も!」
「やったー!」
「本郷さん、何て呼べばいい?」
「私たちのことは、リコとゆずきって呼んで!」リコはほほ笑んでそう言った。
「じゃあ、私はえまでいいよ!」
「えま、よろしくね!」えまは、なんだかこれまで体験したことのない嬉しさがこみあげてきた。えまは、二人に笑顔を向けた。そんな三人が仲睦まじく話しているところを、シャドウはほほえましく眺めていた。放課後、
「えまも一緒に帰ろ!」リコとゆずきがえまの席へ駆け寄った。
「もちろん!」えまは嬉しそうな顔をしている。
「影山君も一緒にどう?」
「俺は、まだ学校でやることがあるから先に帰ってて。」「分かった行こう!」えまは嬉しそうに笑っている。そんな姿をシャドウは満足したように笑顔で見送った。
放課後、シャドウは元の黒い影の姿で屋上にいると、誰かが階段を駆け上がる音がした。振り向くと、それは、えまだった。
「どうしたの?二人と一緒に帰ったんじゃないの?」シャドウが不思議そうに言う。
「家からまた来た。シャドウにお礼を言いたくて。」えまは乱れている呼吸を整えながら言った。
「そんなの明日でいいのに。」
「ありがとう、シャドウ、きっかけを作ってくれて。」シャドウはえまの所にゆっくりと駆け寄って
「約束は守るって言ったじゃん。」
と言いながらも、シャドウは少し照れくさそうにしていた。
「で、助手って何すればいいの?」
えまは少し間を開けて聞いた。
シャドウは、ポンと手を叩いた。
「仕事は簡単さ。死期が近い人に最期を全うしてもらうためにサポートするの。えまには人間代表として一緒に全うする手伝いをしてもらうよ。」えまは覚悟を決めた顔で「願い事も叶えてもらったし、分かった助手になるよ。」と言った。
そしてシャドウはえまに「よろしくね。」と手を差し伸べた。「うん。よろしく。」えまもシャドウの手を握って、二人は握手を交わした。
「早速なんだけど。」シャドウは一つの本を取り出した。
「それはなに?」えまは不思議そうに見た。
「ここに死期が近い人のリストがのっているんだよ。」ふーんと言いながらえまはその本をじっと見つめた。
「まず最初の仕事は、柴咲リコ、16歳、死亡理由は交通事故。」
「リコ?待って、私のクラスにいるリコ?」
「そう。」シャドウは本から顔を上げた。
「交通事故って、いつに起こるの?」
「三日後だよ」えまは頭の中が真っ白になった。えまは、シャドウが持っている本を取り、もう一度そのリストを見直した。しかしそれは何度見ても柴咲リコだった。
「それって、止めることって出来ないの?」
「出来ないよ。それは定めを壊すことになる。一番やってはいけないこと。」
シャドウは厳しい顔をした。
「嫌よ。やっと友達になれたのに、今度は死ぬための手伝いをするなんて・・。」えまは本を手から落とした。
「えまにしか出来ない仕事もあるんだ。頼む。」シャドウは頭を下げた。えまは乗り気ではなかったが、それでも、リコを救う方法を見つけることができるかもしれないと思い、話に乗ることにした。
「分かった。」えまはそう返事をするとともにリコを救おうと心に決めた。
「じゃあ、えまはこれから三日間、柴咲リコの人生を全うできるようにサポートしてね。」そのほかのことは俺に任せてとシャドウは言った。
その晩、リコは寝る準備をしていた。
鏡を見ながらくしで髪をとかしていると、鏡から黒い影が見えた。
はっとして、後ろを振り返ってみたが誰もいない。
「気のせいよね。」そう言い、また髪をとかしていると、トントンと肩を叩かれた。
また後ろを振り返ってみると、黒い人の影が立っていた。
「え?」リコは驚いた。
「初めまして。俺はシャドウ。君は三日後に交通事故で死ぬよ。」
「え?死神ですか?」リコは、手に持っていたくしを落とした。
「死神とはちょっと違うな。俺は死期が近い人に人生を全うしてもらうためにサポートする幽霊さ。」シャドウは両手を広げて見せた。
リコは椅子から立ち上がって
「死ぬって、冗談言わないでよ。」と少し笑いながら半信半疑で言った。
「冗談じゃない。」
「嘘よ。」
「嘘じゃない。」シャドウはリコに冷酷に言った。
「もうカウントダウンは始まっているんだ。俺はこれから二日間できるだけサポートするから。何か最期までにやりたいこととかある?」シャドウは、ペンと紙を出した。
「うーん、もし私が近いうち死ぬなら、友達といっぱい遊んでおきたいかな。」
「分かりました。仰せのままに。」シャドウは一礼した。
「でもそれって、私をちゃかすために言っているんでしょ?」
リコはシャドウから目をそらし、鏡で自分の顔を見ながら言った。
「ねえ、何とか言ってよ」リコは振り向くとそこにはもうシャドウはいなかった。